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16_図書館



 雨模様な日々が続く今日この頃。

 わたしはグレアムを連れて、学園内の図書館にやってきた。

 なんでかって? そりゃあ、試験前だからですよ。

 あとたまには気分転換にね。環境を変えて勉強することは大事だと思う。

 ちなみに以前は、グレアムの手を借りずに一人で籠もって勉強していたけど、グレアムがずっとわたしの部屋の扉の前に待機していたことが発覚してからそれもやめた。

 ていうか芸術祭後あたりから、グレアムが拒否した。寝るとき以外、わたしが一人になることを。まあ、グレアムがいいならわたしはいいけどね。グレアムならずっと一緒にいても疲れないし。


「お嬢様、こちらへどうぞ」


 図書館にはいくつも閲覧用の座席が配置されている。

 少し奥まった、人目につきにくい席にグレアムが案内してくれた。


「ありがとう、グレアム」


 椅子を引いてくれたグレアムに小声で礼を言い、着席する。

 図書館に来るのは初めてだけど、広い割に蔵書数が多いわけでもなさそうだね。

 本棚の数が少なくて、図書館に来たって感じがあんまりしない。

 まあ、今日は本を読むために来たってわけじゃないからいいけどね。

 さて、勉強しますか。


 静かな図書館に、雨の音とわたしが紙をめくる音だけが響く。

 そんな時間が体感一時間ぐらい続いたところで、わたしは顔を上げる。

 ちょっと勉強に飽きてきたから休憩だ。伸びをする。

 大きな窓から外の様子が見えた。

 さっきよりも雨脚が強くなっている気がする。


「ねぇ、グレアム。この時期は雨が多いの?」


 入学した時期が四月だとしたら、今は六月終わりぐらいだろうか。少し前から雨の日が多くなっていた。この世界っていうか、この国にも梅雨ってあるのかな?


「ええ、そうですね。ですが、雨がやんだら今度は暑くなりますよ」


「そっかー」


 それ、梅雨だね。

 この国は日本の四季に準じた気候なのかな。

 まあでもそんなにじめっと感はないから、まだ過ごしやすいけど。


「雨はお嫌いですか」


「んーどちらかというとね」


 雨ってだけで憂鬱になることはないけど、どうしても雨の日は行動しづらいからね。まあ、小さい頃はちゃぷちゃぷ水たまりで遊んでずぶ濡れになって怒られてたけどね。そんで風邪引いてたね。一日で治ってケロッとしてたけど。


「あなたには晴れた空がよく似合いますからね」


「脳天気ってこと?」


「いいえ。変に捻くれた意味ではなくそのままの意味ですよ」


「えっ、それはありがとう」


「何故意外そうな顔をするんです?」


「いやー、グレアムには散々ばかにされてきたから。ちょっと疑い深くなってたみたい」


「ばかにしたことなどありましたか……?」


「全く心当たりがないって顔! 言われた方は忘れないんだからねっ」


 グレアムは小さく笑みを浮かべ、口元に人差し指を立てる。


「お嬢様。図書館ではお静かに」


「う……はい」


 いけない、いけない。

 いつもの調子で騒がしくしちゃうところだった。グレアムとは何も気にせず気軽に話せるからついついね。

 とはいえ、声量には気をつけていたし、この辺りに人はほとんどいないので、誰かの迷惑にはなってない、と思う。

 試験前に図書館で勉強するっていう習慣はないらしく、館内はもともと人が少なかったけどね。

 会話が途切れてしまったので、仕方なく勉強を再開しようとしたところで、慌ただしい足音が近付いてきた。


「――ヘレナ嬢! 良いところに」


「お――殿下」


 珍しく焦った表情で現れたのは、チャールズ王子だった。

 そんなに慌てて何の用だろうかとグレアムと顔を見合わせる。

 とりあえずさっきのグレアムの真似をしてわたしは人差し指を口元に当てる。今の王子の声は館内に響いたと思うよ。


「あ、ごめん」


 王子はわたしのジェスチャーの意味を理解し、声を潜めた。


「ヘレナ嬢、少しで良いから助けて欲しいんだ。ここ、座っても?」


 助けると言っても何をどうすれば。

 とりあえず、空いている席はご自由にどうぞ。公共スペースだからね。

 わたしが着席を促すと、王子はわたしの正面に座った。ちなみにグレアムは従者らしくわたしの斜め後ろに立っている。


「わたくしに一体何をさせようと言うのかしら?」


 王子の慌てようからして緊急性が高いのだろうか。ていうか、汗かいてない? ちょっと息も切らしているし、走ってきたの?


「ええと、今、ちょっと――」


「――チャールズ様!」


 扉が開く音と共に、先程の王子よりももっと大きな声が図書館に響いた。

 びくっと王子の肩が跳ねた。チャールズって王子の名前だもんね。呼ぶ人全然いないけど。

 聞き覚えはないけど、女の子の声だ。


図書館ここにいるのは分かってるんです! どこですか? どうして逃げるんですか!?」


 いや、声量あるね。そんなにうるさくして大丈夫? 摘まみ出されない?

 口振りから王子を探しているみたいだね。

 王子の用件と関係……うん、ありそうだね。王子が頭を抱えているから。

 王子はゆっくり顔を上げ、わたしに請うような視線を向けた。


「ごめん。助けて欲しいんだ」


 王子は同じ言葉を繰り返しただけだったけど、わたしは理解した。


「つまりこの騒がしい令嬢から、逃げている、と?」


 わたしの確認に、王子はこくこく頷いた。必死だ。

 女の子からそんな風に逃げるなんて、基本いい人の王子らしくない気がする。

 よっぽど苦手なのか、他に何かあるのか。

 わたしが返事をする前にその令嬢は王子を発見した。


「チャールズ様! こんなところにいらしたのですね!」


 遠慮のない声量で駆け寄ってきた令嬢は、座っている王子の腕をやはり遠慮なく、ぐいと引く。

 どうやらわたしのことなど視界に入っていないみたいだ。

 王子は困った顔でわたしを見た後、令嬢に掴まれた腕を引こうとする。けど、強くは振り解けないのか全然抜けそうにない。


「……アンナ嬢、放してくれるかな?」


 王子の途方に暮れた表情も意に介さず、彼女は困ったように笑う。


「もう、照れないでください! 約束したではないですか! 早く行きましょう!」


 あれ、何か約束したの?

 王子はわたしに向けてぶんぶんと首を振った。

 違うの? ちょっと状況が分からない。


「あ、アンナ嬢。少し落ち着いて。僕たちは何も約束していないよ」


「いえ! きちんと約束したはずです! わたくしとダンスを踊ってくださると!」


 ダンス。今から踊るの? こんな何でもない日に? あ、雨だから身体動かしたいとか?

 それぐらい付き合ってあげればいいのでは。ていうか、王子だったら付き合ってあげそうなものなのに。


「確かに機会があったらとは言ったけど……、ダンスパーティーのパートナーになるとまでは……」


 ああ、それは難しいね。

 パーティーにパートナーとして参加させてしまったら、一気に王子の婚約者の筆頭候補になりかねないもんね。

 それだけで選ばれるわけじゃないだろうけど、可能性の芽は作らない方が賢い。どうしても結婚したいってならともかく、王子の様子じゃその反対みたいだね。

 押しの強い女性は苦手なのかな?


「チャールズ様。わたくし王城にも行ってみたいです! 招待して頂けませんか?」


 いや、押し強いね。ぐいぐい行くね。

 王子の表情を見た上で言っているのだとしたら、大した嫌がらせだ。たぶん、見えてないんだろうけど。わたしのことも見えてないもんね。

 状況はなんとなく分かった。

 要は令嬢の方が王子に選ばれたのだと勘違いをしていて、強気で王子に迫っていると。でも王子にその気は全くないと。

 コレ、わたしが何か言うよりも、王子がはっきり勘違いだと言った方がいいと思うんだけど。


「ヘレナ嬢……」


 捨てられた子犬みたいな目でわたしに助けを求める王子。

 まあ、そうだよね。わたしとしては自分で何とかして欲しいけど、どうにもならないからたまたま見つけたわたしに助けを求めてるんだよね。王子、強く言うの苦手そうだし。

 わたしは大げさに息を吐く。


「――随分滑稽な幕間劇ね」


 王子につきまとっていた令嬢の視線がようやくわたしを捉える。

 それを確認したわたしは、口の端を上げてくすりと笑う。なるべく蔑むように。


「けれど場所を間違えているわ。ここは広場ではなくてよ?」


「ヘレナ・ラスウェル……!」


 忌々しそうな表情で、令嬢は呻くように言う。

 なんかわたし今すごく悪役してる気分。

 そして令嬢は意外に強気だね。すごい睨んでくる。

 これまでの経験からして、顔を見るだけで怯えて逃げてくれるかと思っていたんだけど。

 令嬢は怯えることもなく嫌悪感と敵意をむき出しにしてくる。

 良くも悪くも慣れてきたのかな。それともわたしのヘレナがあんまり怖く見えない? 演技に改善の余地ありかもしれないね。後でグレアムに相談しよう。


「ヘレナ様には関係ないことです。口を出さないでください!」


 いや、ね。二人のいざこざには確かに関係ないけど、ここ、公共の場だからね。図書館だからね。一利用者として言う権利はあるんだよ。静かにって。


「あら、可哀想に。耳が悪いのね? わたくしは、うるさいから出て行けと言っただけなのだけれど。伝わらなかったようね?」


「うるさいなんて、酷いです! どうしてそう人を見下したことを言えるんですか? あなた自身が偉いわけでもないのに!」


 ええ、何この子面倒くさい。今そういう話してなかったよね? 確かにわたしは偉くないし、見下すのもよくないことだけど、声量を考えて言って欲しい。

 これは逃げたくなる気持ちが分からなくもない。


「ヘレナ様の方こそ可哀想ですね! そうして誰かを見下さないと生きていけないなんて! それに、権力を笠に着るなんて最低です! チャールズ様がわたくしとの約束を反故になさろうというのもあなたの仕業なんでしょう!?」


 おお、言うねぇ。そしてどんどん話がよく分からない方向へ。

 まあ、とりあえず。ばかにした感じの演技は上手く行っているみたいでよかった。怖がった様子はないから、迫力が足りないのかな……。

 それにしてもヘレナにここまで言いたい放題できるなんて、骨があるのか無謀なのか。


「チャールズ様! ヘレナ様の言うことなんて聞く必要ないです! もう行――」


 令嬢の言葉が不自然に途切れる。

 王子を見る令嬢の顔には戸惑いが浮かんでいた。

 背筋が凍るような冷たい声で王子が言う。


「――うるさいよ」


「え――?」


 普段の穏やかさが欠片も感じられない言葉に、令嬢は固まった。

 王子は固まった彼女からするりと簡単に腕を抜く。さっきまで苦戦していたのが嘘みたいだ。

 え、ていうか王子、怒ってるの? 珍しい。


「ヘレナ嬢を貶める君の言葉は、耳障りだ。それから、まわりを見ようともしない行動も不快だ」


「チャールズ様……?」


 ……普段穏やかな人ほど怒ると怖いって言うよね。気迫がすごいんだけど。

 令嬢が一歩後退る。


「名を呼ぶことを許した覚えはないよ」


 令嬢が目を見開き、口を閉じる。

 彼女の手は震えていた。

 王子はにこりと笑みを浮かべた。

 令嬢はその表情に少し安堵したように、詰めていた息を吐き出す。

 だけど王子は許したわけではなかった。


「君と僕が踊る機会は永遠に訪れないよ。だからもう、出て行ってくれるかな」


 その笑顔は相手を突き放すためのものだった。親しみなんて欠片も込められていない。

 冷たい笑顔に、令嬢はふらりとよろけ、覚束ない足取りで図書館を出て行った。


 後に残されたわたしはやれやれと息を吐き、茶化すように言う。


「わたくしの助けなんていらなかったみたいね?」


 王子もやればできるんだね。びっくりしたけど、まあこれで良かったのだろう。

 王子にきっぱりはっきり言われない限り、あの子はつきまとって来そうだったから。

 わたしが何か言って追い出しても一時しのぎにしかならなかっただろうね。やっぱ当事者がきちんと言わないと。

 いつも優しい王子から耳障りとか不快とか言われた令嬢はかなりのダメージを食らったと思うけど、これを機にもう少しまわりを見られるようになるといいね。王子が怒っていると気づけたのならできるはず。

 さっきまでの気迫はどこへやら、王子はしゅんと頭を下げる。


「ごめん、ヘレナ嬢。巻き込んだ上に不快な思いをさせてしまって」


「あの程度何でもないわ。わたくしを甘く見ないでくださる?」


 面倒くさいとは思ったけど、不快とまで思うことはなかったよ、大丈夫。

 それにヘレナの悪口を聞くと最近では安心するんだよね。ちゃんと嫌われてるなって。

 グレアムもキャロルさんも王子も普通に接してくるから、ちゃんと悪役なヘレナになれているのか不安になるんだよね。


「ありがとう。やっぱりヘレナ嬢は強いね」


 きらきらとした瞳を向けられる。

 たまに王子に過度の期待を寄せられている気がするんだけど、気のせいかな。

 ヘレナは強いかもしれないけど、わたしはそんな強くないと思う。

 王子は机に広げていたノートやら教本やらにふと気づく。


「……ヘレナ嬢、勉強してたの?」


 読書していたと思っていたのだろうか。

 まあ、図書館は本を読む場所だからね。そう思っても無理はない。


「ええ」


「それはごめん! 邪魔したよね?」


 確かに邪魔と言えば邪魔だったけど。

 でもどうせ集中力途切れてたしね。どのみち勉強はそう捗らなかっただろう。


「殿下が邪魔をしたところで、大した影響はなくてよ」


「そっか、ありがとう。それじゃあ、これ以上邪魔にならないように僕はもう行くね。勉強頑張って」


 わたしが頷くと、王子は爽やかな笑顔を残して言葉通り図書館を去って行った。

 王子はいい人だけど、その分苦労も多そうだね。

 そう思いながらわたしは勉強を再開することにした。

 ヘレナ・ラスウェルが惨めな成績を残すわけにはいかないからね!




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