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15_夢から醒める

グレアム視点で、キャロルさんの歌を聴くところ(11_夢現な芸術祭)から始まります。



「――――」


 その歌声を一声聴いただけで、人々は魅了される。強烈な力で引き込まれる。

 生まれ変わってもその力は衰えていなかった。

 歌を歌っているキャロル・シュミットという少女は確かに、彼女の魂を引き継いでいるのだとグレアムは実感した。

 歌声に引きずられるように思い出されるのは、遥か昔の出来事。グレアム・ウォーラスが生まれるよりも、ずっと昔の記憶だ。





「ねえ、騎士さん、どうだった? わたくしの歌は」


 華奢な体をレースに埋めるようなドレスをまとった少女が無邪気に笑う。


「大変、感動致しました」


「ふふ、本当? お客さんたちも喜んでくれたかしら?」


 少女は大勢の人前で歌った後だった。

 汗を流しながらも満足そうに笑って、舞台を振り返る。

 聞こえてくるのは、歓声。

 少女は嬉しそうに笑って、着替えのために侍女に連れられていく。

 少女の歌声はどんな人をも惹きつけた。

 少女はその力が持つ意味をよく理解しておらず、ただ歌えればそれで幸せだった。

 歌を歌っている限り、国民の心が少女から、国から離れることはない。

 少女の両親である王も王妃もそれを理解して、少女に歌を歌える場を与えていた。

 騎士はそんな少女を守る役目に就く一人だった。


「ねえ、騎士さん。退屈だわ。お話しない?」


 少女は良くも悪くもお姫様だった。

 世の中を知らないお姫様は、臆することも知らず、気ままだった。

 城の中で大切に育てられてきた少女の我が儘はたいていが叶えられてきた。

 しかし少女は傲ることもなく、いつまでも無垢なまま、無邪気なままだった。


「そうね。騎士さんの昔話がいいわ! どんなところで育ったの?」


「剣でのし上がった人間の話など、姫様のお耳に入れるものではありませんよ」


「そう……? でも、じゃあ、貴方ってとっても強いのね。貴方に守って貰えるのなら、わたくしは安全ね!」


 花が開いたかのように無邪気に笑う。

 騎士は苦笑し、膝をつく。


「――はい、お任せください」


 最敬礼でもって、主である少女に誓う。


「命に代えても、姫様をお守り致します」


「駄目よ、命は大切にして!」


 少女は顔を青白くさせて首を振る。

 人の生き死になどとはほど遠いところにいる少女だが、想像して怖くなってしまったのかもしれない。

 騎士はもちろん自身の命を粗末にする気はなかった。

 命に代えても、というのは枕詞のようなものだ。

 騎士には自信があった。自分自身の命を粗末にすることなく、少女を守り切ることができる自信が。

 その自信がそぎ落とされたのは、失ってしまったあとだった。

 少女が亡くなったのは、敵国だった。敵国とはいえ、少女とその国の王子の婚姻によって和平を結ぶはずだった。その準備のため少女は護衛や侍女たちを連れてその国に入った。

 騎士も護衛としてついて行っていた。

 警戒を怠っていたわけではない。

 しかし騎士は一歩遅かった。


「――姫様……?」


 物音に気づいた騎士が少女の寝室に入ったときにはもう、少女の心臓は動いていなかった。

 大きな寝台に横たわる姿は胸に突き刺されたナイフを除いては眠っているのと何も変わらないように見えた。

 抵抗した痕もなく悲鳴も上げなかった少女はきっと、眠っている間に逝ってしまったのだろう。

 騎士の頭はひんやりと冷えきり、冷静だった。

 ――窓が開いている。


「……違うな」


 騎士は剣を抜く。

 根拠もなく、誘導だと思った。

 だから、部屋全体を循環するような風を起こす。

 騎士は風の魔法に長けていた。

 風を操り、不自然な場所を見つけ出す。何もないはずの空間を風が避ける場所を。

 風の力を借りて一気に距離を詰め、躊躇なく剣を薙いだ。

 手応えはない――が、引きずり出すことには成功した。

 見えなかった姿が浮かび上がる。


「――ちっ」


 舌打ちをしてすばしこく逃げ出す暗殺者を、しかし騎士は逃がさなかった。

 風を操り瞬時に距離を詰め、命を狩る。

 少女の命を奪った男は呆気ないほど簡単に生を終えたのだった。

 その後は戦争が起き、戦場にて騎士もまた命を落とした。





(本当に、愚かですね……失うまで、全てを守り切れるのだと真剣に思っていたのですから)

 グレアムがその記憶から学んだのは魔法と剣の扱いと、それから傲らないことだ。

 ヘレナの下にいては傲る暇もなかったが。

 今では何もかもを守れるなど愚かなことは欠片も思わない。むしろ自分に守れるものなどあるのか疑う始末だ。

 いつの間にか瞑っていた目を開ける。

 舞台上はもはや別の奏者に入れ替わっていた。

 眠っていたのか、白昼夢を見ていたのか。どれぐらいの間意識が過去へ向いていたのか、時間感覚が曖昧だ。

 何気なく隣を見遣って、後悔した。

 そちらを見たことではない。目を離したことをだ。

 彼の主は忽然と姿を消していた。


「――お嬢様!」


 演奏が終わった直後にグレアムはホールを飛び出した。

 ホワイエを探し回るが、主の姿は見当たらない。

 人に聞こうにも、出て行く客に入っていく客、と入れ替わりの激しい場所だ。大した情報はなかった。


 ――本当に役立たずの出来損ない。主人から目を離すだなんて有り得ないわね。禄に役目も果たせない貴方に生きている価値はあるのかしら。今すぐ消えてくれても構わないわよ?


 いつか吐かれたヘレナの言葉を思い出す。

 あのヘレナは薄らと笑っていた。笑みの中に蔑みを滲ませて。

 グレアムは頭を振ってその笑みを思考から追い出す。

 今の自分の主が行きそうな場所を考える。


「――あれ、グレアムさん? ヘレナ様はいないんですか?」


 焦るグレアムにそんな声がかかる。

 きょろきょろと辺りを見回したキャロルは少し残念そうな顔をする。

 その姿が一瞬、記憶の中の姫と重なる。


「ひ――キャロル様。お嬢様を見かけませんでしたか?」


 キャロルの様子からその可能性が低いことは分かっていた。

 しかしあの歌声を聴いて、真っ直ぐな主が向かうところなど、キャロルのもと以外に思いつかなかった。

 キャロルは首を振る。


「いえ、見かけていません。……もしかして、はぐれてしまったんですか!?」


 キャロルは驚いた顔をして、あわあわと慌てる。


「た、大変じゃないですか! ヘレナ様、意外と抜けてますから、変なところに入り込んでしまっていたり、変な人に声をかけられてついて行ってしまったりするんじゃ……! は、早く見つけましょう。わたしも探しますっ」


 散々な言われようだが、否定はできない。キャロルは案外彼女のことをよく見ているようだ。


「ありがとうございます。ひとまず、一度演者の控え室を見に行きましょう。お嬢様はキャロル様に会いに行った可能性が高いので」


「え、わたしにですか!?」


 キャロルは一瞬嬉しそうにしたあと、きゅっと唇を引き結んで、笑みを堪えた。間接的とはいえ、自分に原因があるかもしれないのに、呑気に笑っている場合ではないと思ったのだろう。

 それから二人は控え室に向かいつつコンサートホールを見て回った。


「……見つかりませんね……ヘレナ様」


「ええ……」


 ホール内をあらかた確認し終えた二人は、外を探していた。

 外は人が多く、あまり捜索は捗っていなかった。

 二人はいつの間にか校舎の前に到着してしまっていた。


「グレアムさん。二手に分かれましょう! わたしはもう一度コンサートホールを探してみます! グレアムさんは外をお願いします。わたしでは身長が低くて探しにくいので!」


 キリッと眉を上げたキャロルは言うが早いか、踵を返し、あっという間に人に紛れてしまった。

 グレアムの返事を待たずに消えたその姿は、姫の姿に重なるようで重ならない。

 姫はこんな風に動かない。

 大切に育てられた姫は自分から考えて動く必要はなかった。彼女にとって守られることも叶えられることも当たり前で、何かに必死になることはなかった。無邪気で人を疑わない、世の中の残酷さを知らない姫に、恐ろしいことなどなかっただろう。何かを心配することもほとんどなかったに違いない。

 けれどキャロルは違う。キャロルの家は男爵とはいえ、貧しい。姫のように何でも与えられる生活はしてこなかっただろう。だからキャロルは自ら考え、行動する。苦しい中で生きるには知恵と行動力が必要だから。

 ヘレナの身を心配して何が最善か考え必死に探す姿は、受け身であまり物事を考えない姫とは似ても似つかない。

 当然だ。もう彼女は歌っていればいいだけのお姫様ではないのだから。

 違うのだ。

 記憶の中の姫はもうどこにもいないのだ。

 いるとすれば、やはりそれは記憶の中だけだろう。

 たとえ魂が同じでも、キャロルと姫は別の人間だった。

 悲しいとか寂しいとかは思わない。

 ただ、違うのだと。

 キャロルが姫ではないように、自分もまた騎士ではないのだと思った。

 騎士であった自分はもういない。自分はグレアム・ウォーラスなのだと、ようやくはっきり認識することができた。


「……?」


 歩きながら注意深く主の姿を探していたグレアムは、ある一点にふと目を留めた。

 何故なのかは自分でも分からなかった。

 校舎の壁に沿って立てかけられた大きな看板脇をじっと見つめる。

 一つ瞬きをした隙に、誰もいなかった場所に人が現れた。


「――!」


 凝視していたからこそ、グレアムはその不自然さに気がつけた。しかし注意を払うこともなく道を行く人は気づかないだろう。唐突に人が現れたなど思わないだろう。


(あの魔法は……それに、一緒にいるのは)


 グレアムはその魔法を知っていた。姿を隠す魔法。

 前世で姫を殺した男が使っていた魔法だ。


「――お嬢様!」


 だから、その魔法の使い手と一緒にいるのが自分の主だと気づいた途端に、すぐにでも引き離すべきだと判断した。急いで彼女に近づき、少し乱暴に腕を引く。バランスを崩した彼女の身体を受け止める。


「グレアム?」


「ようやく見つけましたよ、お嬢様」


 驚いた顔で見上げてくる彼女に、グレアムは安堵する。

 生きていることに、安堵する。

 しかし油断はしない。

 今度こそ欲を張らずに、守ると決めたのだ。また同じような魔法を使う男に奪われるわけにはいかない。

 彼女を背に隠すように、その男の前に立つ。


「それで、あなたは誰です?」


 ぎろりと睨めば、銀色という珍しい髪色の男はたじろいだように一歩後退った。

 冷静に考えれば、あの暗殺者と同じである確率は低かった。記憶を保持して生まれ変わるなど、突拍子もないことがそう起こるはずはないのだ。グレアムが知っているのもポールスだけ。キャロルは、魂は同じだが記憶を覚えていない。

 それでも、グレアムはその可能性を排除できなかった。

 気配も姿も完全に隠蔽してしまう魔法など普通に生きていたら覚えるものではないからだ。そしておそらく簡単に使いこなせるものでもない。

 どちらにせよ、何故、彼女と一緒にいたのか、姿を隠していたのか、聞き出す必要があった。


「――友達! いろいろあって友達になったの、さっき」


 しかし後ろから服を引っ張り当の彼女がそう主張するので、グレアムは仕方なく一旦引き下がることにした。気になりはするが、友達と言って庇う主を無視するわけにはいかない。庇うということは酷い目にあったり嫌な思いをしたりしたわけではないのだろう。

 だからといって警戒を解くことはしないが。

 グレアムは形だけ頭を下げつつも、男を冷ややかに睨んだ。


(後ほど、話をすることにしましょう)


 男は引き攣った声で何かを呟き、青い顔で逃げ去った。

 いやに怯えた反応だった。


 ♢


「そういえばさ、グレアムは魔法の光って消せるって知ってた?」


 芸術祭が終わり、部屋に戻ってきた彼女の指に小さな怪我があるのを見つけたグレアムがそれを魔法で治療しているときだった。

 緑の光に包まれる指をぼんやりと眺める彼女はそんなことを言った。

 グレアムは首を振る。


「いえ……、消そうと思ったことはありませんから」


「だよね。今日知り合ったロベルはね、消せるんだって。便利そうだよね」


 ロベルという名前にグレアムの眉がピクリと反応する。

 その話が本当なら。


(やたらと、隠れることに特化してますね)


 どうにも怪しすぎる。やはり一度話をするべきだろう。


「そういえばロベル様とはご友人だと仰っていましたが、どのような経緯だったのですか?」


 その前に、彼女からもいろいろと聞き出さないといけない。

 はぐれていた間のことを。

 ロベルの件も、指の怪我の件もきちんと聞き出さねばならないだろう。

 でないと自分が安心できない。


「え、それ聞きます……? 今のグレアムに言ったらなんかさらに過保護になりそうだなぁ……ええと、実はですね――……」


 彼女は嘘をつけないことをよく理解しているのか、聞けばたいていのことは話してくれる。少し渋りながらもロベルと出会ったときのことを包み隠さず説明してくれた。

 そして一通り話を聞き終えたグレアムはロベルへの警戒を一層強めるのだった。

 それから、主への過保護さも。


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