14_記憶な芸術祭
少し長めです。
食堂は混んでいた。
でもまあ、ヘレナみたいに侯爵家っていうビッグな後ろ盾があると、個室が使えてしまうんだよね。待ち時間なく。レストランの予約席みたいな感じで。
というわけで。
「いただきます。グレアムもしっかり食べるんだよ」
お腹空いてたら余計に元気なくなって、楽しくないこと考えちゃうんだから。
渋々といった感じでグレアムも食事に手をつける。
「――あれ、そういえばキャロルさんは?」
グレアムはキャロルさんと一緒だったんじゃなかった?
「あ――まだお嬢様を探しているかもしれませんね……って、どうして知ってるんです? 彼女にも協力頂いていたこと」
おっとコレは藪蛇だったみたい。
はぐれたことに落ち込みまくっているグレアムにはものすごく言いづらい話なんだけど。本当はもう少し早く合流できたなんて。
「えーと、ですね……二人が一緒にいるところをちらっと見かけまして……」
「それならば何故そのとき声をかけてくださらなかったんですか?」
ですよね。
「いえ、あの……グレアムは、キャロルさんと一緒にいた方が幸せなのかなって思って」
「何故です?」
鋭い目。
勝手に幸せを決めつけられて不快になった?
なんかもうその辺についてはいろいろ反省してるよ。勢いだけでつくづく余計なことしたなって。
でもさ、この世界が乙女ゲームだっていうんなら……。
「そういうシナリオなのかなって」
主人公と結ばれるのが一番幸せなんじゃないの?
まあ、シナリオ知らないけど。
グレアムが、その、望んでいるなら応援したいなって思うじゃん。
王子よりもポールスよりも贔屓しちゃうのは当然じゃん。
グレアムがため息を吐く。
「本当に、しょうがない人ですね。そんな理由で私から逃げないでください。シナリオなんて馬鹿馬鹿しい」
「でも……だって、グレアムは……好き、でしょう? キャロルさんのこと」
キャロルさんといるときや、キャロルさんのことを話すときのグレアムはいつもと少し雰囲気が違う。上手く言えないけど、何か違う。それはきっとグレアムにとってキャロルさんが特別な存在なんだってことだと思う。
「――いいえ? そのように思ったことはありませんよ」
グレアムは首を横に傾げる。
何言ってんだコイツみたいな視線。
ええ、嘘でしょ。わたし盛大な勘違いしてた? 気のせいは気のせいだったってこと?
グレアムは食事の手を止めて顎に手を当てる。少し考えるような間の後、ゆっくりと話し出した。
「確かに、彼女を前にするとどういう態度を取っていいか分からなくなりますが、それは好きとか嫌いとかそういうことではないんです。――あまり人に話す気はなかったのですが、あなたに変な誤解をされるぐらいなら、話してしまった方がいいんでしょうね」
真剣な顔。
自然とわたしの手も止まる。無意味に背筋が伸びてしまう。グレアムから緊張感が伝わってくるからだろうか。
グレアムが口を開く。
「――あなたは、生まれ変わりというものを信じますか?」
――ん?
何か聞いたことのあるような台詞だね。
どこで聞いたか思い出そうと記憶を探る。
グレアムは構わず続ける。返答は期待していなかったのかもしれない。
「私には今の自分とは違う人間の記憶――恐らく前の生の記憶があるのです」
「前の生の、記憶……」
それって、転生したってことだよね……? 本当にそんなことってあるの? でも今のわたしの不思議状態を考えればあり得ない話でもない気がしてくる。
――あ、そっか。だからグレアムは最初、わたしの言うことをすんなり信じてくれたんだ。
「前世の私は騎士でした。とある王国に仕え、その国の姫を護衛する任に就いていました」
ああ、なんとなく話が見えてきたね。
そっか、『騎士』かぁ。
「そしてその『姫』の生まれ変わりが彼女――キャロル・シュミット様なのです」
なるほど。でも、
「それってさ、どうやって分かるの? 同じ人だって」
何か特徴が一致してるとか、そういう目印でもあるのかな。
「私にもよく分かりませんが、一目見て気づきました。姫様だけではありません。ポールス様についても一目で気づきました。向こうもそうみたいでしたが」
「え、ポールスも?」
前世持ちって意外と多いの? ここってそういう世界観? それとも……ゲームの登場人物だから?
「はい。ポールス様の前世は別の国の王子で、姫様の婚約者でした」
ポールスがキャロルさんを気にかけていたのは前世の記憶のせいだったのか。婚約者だったんなら、そりゃ気になるか。……って、ん? 婚約?
「お姫様は結婚しなかったの?」
「はい、それよりも前に亡くなりました。陰謀に巻き込まれて」
怖っ。それって要するに殺されたってことだよね……? 一国の姫ともなるとそういうこともあるのかな……。
「そ、それってキャロルさん覚えてるの……?」
「いえ、彼女は前世については何も覚えていないと思います。ただ、思い出す可能性はありますが……」
前にグレアムのこと騎士って言ってたもんね。あれは記憶の蓋が外れかかっていたのか。
血なまぐさそうな記憶なので、思い出さない方が良いような気がするけど、前世に関わりのある人間がうろついてたら嫌でも思い出しちゃうかもなぁ。
「……グレアムは?」
「私は、忘れられませんよ。守ると誓った姫様をあっさりと失ったことは」
「えっと……、そっか……」
わたしが聞きたかったのは、グレアムが前世の自身の死について覚えているかどうか。だけど軽々しく聞くことじゃないと思い直す。覚えていたとしてわたしにかけられる言葉はないのだから。
「ですから以前、あなたに彼女を守って欲しいと言われたときは少し腹が立ちました」
あ、あーそんなこと言ったね、わたし。知らなかったとはいえ、無神経だったね?
「す、すいません……」
「いえ、あなたは優しい方ですから、あんな場面を見ればそう言いたくもなるでしょう。ですが、私にはあの方を守る資格はもうありません」
「守る資格……」
守るのに資格がいるのか。
でもまあ一度護衛対象を亡くしていたら臆病にもなるよね。自信喪失というか……。
「守るという言葉は私にとって意味のある重い言葉です。軽々しく使いたくはありません。それを理解した上で、聞いてください」
「うん……」
グレアムにとってはそんなに重い言葉だったんだね。
軽々しく使ってしまってごめんなさい。
「先程どういう態度を取っていいか分からないと言いましたが、彼女といるとき、私はかなり前世の記憶に引きずられるんです。彼女が女子生徒たちに暴行を加えられそうになったときもそうでした。あのときはもはや、私は姫様の護衛騎士でした」
「……記憶に、引きずられる」
似ているな、と思う。
少し違うけれど、今のわたしと似ている。
わたしは、ヘレナではない。だけど、ならばわたしが何であるのかは、語る言葉を持ち合わせていなかった。名前を忘れてしまったから。だから自分とは何であるのか迷子になり、この世界に不安を抱く。
最初はよかった。夢だとは思っていなかったけど、夢のように感じていたから。
けれど一月も経つと現実味がどんどん増していく。記憶もどんどん薄れていく。わたしはわたしを証明する言葉をどんどん取りこぼして行った。そうして夢と現――元の世界とこの世界の狭間で迷子になった。
グレアムの場合は前世と今世。
前世の記憶ではお姫様を守る騎士。今世では、わたしの――ヘレナの従者。
キャロルさんと出会うまではそう混乱もなかったのかもしれない。
だけどキャロルさんと出会ったグレアムは前世の記憶に引きずられるようになった。立場が、主人があやふやになった。
グレアムも自分が何であるのか不安に思ったことがあるのだろうか。
「ですが違います。私はもう護衛でも騎士でもありません。私は、あなたの従者です」
はっきりと言い切るグレアム。
割り切ってしまえるなんて、強いね。
わたしは、どうだろうか。
この世界を夢だとゲームだと思い込めれば楽だ。だけど、そう思いたくない。そう思うことは、グレアムたちの存在を否定することになるから。わたしはこの世界での出来事を夢にしてしまいたくはないんだ。
グレアムの瞳がわたしの瞳を捉える。決意を宿した瞳だと思った。
「今の私が守りたいと――守ることを誓える相手はあなただけです」
「へ?」
えーっと、ちょっと待って。それはどういう意味?
守るって言葉を軽々しく使いたくないってさっき言ってたよね? からの、コレ?
えーっと、つまりどういう意味?
「情けない話ですが、正直守り切れる自信はあまりありません。ですが、あなたの笑顔を守りたいと思ってしまったのです。姫様よりも、あなたを」
めっちゃ軽々しく使うじゃん! ダメだよ、もっと大事なときのために取っておきなよ! わたし、悪役だよ!? ヘレナだよ!? いや、ヘレナじゃないけど……。
「……え、や、あの……え? 本気?」
な、なんでこんな小っ恥ずかしいんだろ。
別に愛の告白をされたわけでもないのに、それに匹敵するダメージを食らった気がするんだけど。
いや、嬉しいけどさ。そんなの、言われたの初めてだし。
「本気です。ですからもう、あなた以外の人を守って欲しいだなんて言わないでくださいね。私が守りたいのはあなただけですから」
止め! その顔と台詞は止めを刺しに来てるよ、グレアム。
そんな優しい笑顔ずるいって!
「は……はい」
どうにも恥ずかしくて真っ赤になってしまった。
*
芸術祭の終わりは華やかな花火で締められるらしい。
大勢の人々と同じように、わたしたちも外で花火が打ち上げられる瞬間を今か今かと待っていた。
「んん……人が多いですね。ヘレナ様、大丈夫ですか?」
人が集まるところは熱がこもる。
昼食後に合流できたキャロルさんが暑そうに顔を手で仰ぎながら聞いてきた。
「ええ、問題ないわ。あなたの方が大変ではなくて? 背が低いから埋もれてしまいそうだわ」
ヘレナの身長は高めな方だけれど、キャロルさんは小柄だ。人の間から顔が出ないので、息がしづらそうである。
ていうか花火見えるのかな? 何かに乗らないと厳しくないかな?
「そうなんですよね……正直花火も見えるかどうか……」
残念そうに肩を落とすキャロルさん。
「それなら……ここに乗ったらどう?」
キャロルさんには及ばないけれど午後の発表で名演を披露したチャールズ王子が示したのは、昼間に見た呪いの椅子みたいな禍々しい椅子。暗い中で見ると余計に不気味だ。
王子がわざわざそれをチョイスしたのは、他のベンチや椅子は既に埋まっていたからだ。恋人同士で座っていたり、小さな子供がいる家族が使っていたり。
この禍々しい椅子が残っているのは言うまでもなく、使ったら呪われそうだからだろうね。そういうオーラが漂ってる。
「そ、それはちょっと……」
と、さすがのキャロルさんも引き気味だ。
「芸術家さんの作品を足で踏むなんてできません……!」
そっちか~。やっぱりいい子だね、キャロルさん。
そして王子もしゅんと反省する。
「え、あ、これも作品だったんだ……。危うく作者さんに悪いことをするところだったよ」
変な意匠の椅子ぐらいに思っていたんだろうか。
何はともあれこの二人はほのぼのしてるな、いつも。
距離感が友達で恋愛に発展するかは謎だけど。
そういえばキャロルさんって誰を好きとかはまだないのかな。
今度頑張って聞いてみよう。ちょっとヘレナっぽさを維持したまま聞き出すビジョンが浮かばないけども。
ぴゅうっという花火が打ち上がる独特な音がした直後、夜空にパッと大輪の花が開いた。遅れてドーンという爆発音が聞こえてくる。やっぱちょっと人の頭にかかって見づらいね。
おお、と興奮する人々の声。
花火にテンションが上がるのは、貴族も一緒なんだね。まあ、芸術祭に集まって来るほど美を大事にする人たちだもんね。
結局キャロルさんは見えているのだろうかとちらりと横を見ると、グレアムと目が合った。
「――見えますか? お嬢様」
「うん、まあ、なんとか……ね!?」
ふわりと体が宙に浮いた。
グレアムがわたしを抱き上げたのだ。――え? いや、待って。抱き上げるって、え?
「これならどうですか?」
いつもとは頭の位置が反対だ。グレアムが下から覗き込んでわたしを見る。
「え、よ、よく見えます……」
花火は断然よく見えるようになったけど、この体勢、落ち着かない。
だ、だって、この体勢、こ、恋人同士みたいじゃない?
照れていると視界の端に、父親に抱っこされて花火を喜んで見ている子供が映る。
あ、こっちか。
恋人的なアレではなく、子供扱いの方だ、コレたぶん。そもそもわたしたち別に恋人じゃないしね。主人と従者だ。
ほっとしたような、ちょっと残念なような。
芸術祭の夜を飾る花火は、儚くとても美しい作品だった。華々しい輝きはほんの一瞬。だけどその一瞬が見ている人々の心を掴んで放さない。儚く散っていく様にすら見とれてしまうのだ。
「綺麗だね、グレアム!」
「はい」
グレアムと笑い合う。
わたしは今日のことだって夢にしてしまいたくない。
大事なわたしの一日で、どんなに奇妙な出来事でも現実なんだ。
もちろん元の世界のわたしだって現実。
記憶が薄れようが、記憶はあるんだ。わたしはきちんと覚えている。
開き直っただけかもしれない。でも、うじうじ悩んでいるのは性に合わないもんね!
それにわたしはここに転生してきたわけじゃない。仕組みはよく分からないけど、神に連れられて来た。たぶんそんな認識であってるはず。
神は、一年と言っていた。この世界が滅びようが救われようが、一年後にわたしはここにいられなくなる。たまに忘れそうになるけどね。
とにかく、だから、わたしは一生家族や友達と会えないというわけではない。むしろ会えなくなるのは、こちらの世界の人たちの方だ。それはとても淋しいことだけど、でもだからって暗くなることもないよね。
どうせ短い期間しかいられないのなら、楽しい時を過ごした方がいいに決まっている。
たとえ元の世界に戻って誰も信じてくれなくてもわたしは、ここでの出来事は本当なんだって思う。思えるようにたくさん思い出を積み重ねたい。
あと、この世界が滅ぶのは前よりもずっと怖くなったから、悪役というか、キャロルさんの恋愛事情については変わらず気にしていきたい。いや本当改めてこの世界おかしいよね。何で女の子の恋愛一つに世界の運命かかってるの? キャロルさんもいい迷惑だよ、きっと。
――ところでさ。
「……グレアム、花火終わったけど」
「はい、分かってますよ?」
「もう下ろしてくれていいんだよ……?」
いつまで抱えてるつもりなの……?
ていうかさらっと横抱きにしたよね。そんでさらっと移動を始めたよね。
わたし、赤ちゃんじゃないから歩けるよ?
前世の話をしてスッキリしたのかな。吹っ切れたというか、過保護になったというか……。
「駄目ですよ、また迷子になられても困りますし、今日はたくさん歩いて疲れているでしょう?」
「いや、まあ、疲れたは疲れたけど……それはグレアムも一緒でしょ?」
あと普通に恥ずかしいんだよね……今が夜で、暗くて助かった。
「あなたよりも私は体力がありますから」
それはそうだろうけども。
でもさっき花火の間もずっと抱き上げてたのに、腕疲れないのかな。考えるだけで疲れそうなんだけど、わたし。
「無理しないでね?」
グレアムが優しく目を細める。
「嫌です」
まさかの拒否!? ここは頷くとこじゃないの!?
「相変わらず、間抜けな表情ですね」
「あ、またからかってる!? 心配したのに!」
面白そうに笑うグレアムの様子に頬を膨らませる。
「また突きたくなる顔をしますね。両手がふさがっているのが残念です」
「別に下ろしていいんだよ?」
「いえ、もうすぐそこですし」
「本当だ! いつの間に!?」
「あっという間でしたね」
扉の前でわたしを下ろしたグレアムはくつくつと笑いながら部屋の鍵を開ける。
グレアムの方が足が長いから移動が速いのかな? でもわたしを抱えてる分動きづらかったはずだし……。
――ああ、そっか。楽しかったからだね。花火だってあっという間だったもんね。楽しいことは一瞬で過ぎて行ってしまうんだ。




