四方八方敵だらけ 2
廊下を駆ける琴美。
階段を飛び降り、散発的に現れる警備員を蹴散らし。
その耳が戦闘音を捉える。
前方。
玄関ホールの信二たちではない。
「私たちの他にも、誰かが戦っている?」
疑念が首をもたげるが、そんなものは後回しだ。
速度を落とすことなく走り、地階に入ったところで目撃した。
男たちの戦いを。
身体の各所から血を流し、ぼろぼろになりながら戦う父と、薄ら笑いを浮かべた若い男の。
「せいっ!」
状況が判らないまま突進し、父に攻撃を加えていた男を蹴り飛ばす。
突然の闖入者からの攻撃。
かろうじて防御したサトルが大きく飛びさがった。
「状況判断が甘いぞ琴美。どうして私を味方だと認識した?」
体制を整えた村井が厳しく叱責する。
巫陣営と村井が属する寒河江陣営。
好意的中立ではあるが味方というわけではない。
現状、沙樹を誘拐したのが寒河江だったという可能性を否定する要素はないのだ。
もちろんそれは極小のものであろうが、戦士たるものが百パーセントの確信もなしに戦うべきではない。
「しらないわよっ 勝手に身体がうごいたのっ」
「そんなところでツンデレられても、だれも喜ばない」
苦笑する村井。
「蒼銀の魔女の娘か。こいつも俺のものにするも一興か」
舌なめずりするようなサトルの言葉。
屹っと琴美が睨む。
「お母さんになにをしたっ!」
「知れたことを。美味しくいただいたに決まっているだろう。もちろん性的な意味でな」
どこまでもバカにするような態度。
以前の琴美であれば、激昂して躍りかかったことだろう。
だが彼女は父との一戦の後、自らを成長させていた。
「お父さん。こいつの相手は私がする。お母さんを助けて」
静かな、だが断固とした言葉。
「お断りだ。沙樹を犯した男を、この俺に見逃せというのか?」
返ってきたのは拒絶。
一人称代名詞を変えての。
「激おこなのね。お父さん」
「ああ。ぷんぷん丸だ。琴美」
冗談めかした会話。
「じゃあ一時休戦。あいつをやっつけるまで」
びしっとサトルを指さす。
「あんたを殺してやるわ」
「言ったからには、実行してみせることだな」
サトルの手に剣が現れる。
生粋の能力者相手に手を抜けば敗北する。沙樹との戦いで学んだことだ。
最初から本気でたたきつぶし、屈服させてやろう。
「琴美。使え」
村井がもっていた二振りの短刀。
一振りを娘に手渡す。
「これは?」
「沙樹の武器だ。離婚のときに突き返されたがな」
「ずっともってたの? 女々しくない?」
「否定はしない。俺は女々しい男だからな」
にやりと笑ってから、サトルを睨む村井。
「どこの神かは知らないが、俺の女に手を出したんだ。この世に塵一つ残せると思うなよ?」
村井の短刀とサトルの剣が激突する。
空中でカトルと絵梨佳が交錯した。
バランスを崩したのは後者。
錐揉みするように墜落し、ヘリポートが陥没する。
「っぷはっ」
身体が半分埋もれた体勢から身を起こす少女。
「いや、ぷはってそれおかしいよね。なんでノーダメージなのさ。お姉さん」
呆れたように言って、悠然とカトルが降り立った。
空中戦では軍配が上がったが、ダメージを与えられないのでは意味がない。
「あなたの技には魂がありません。なのでまったく響きません」
なんの理屈にもなっていないことを宣う。
実際のところは、防御フィールドのようなものを展開しているのだろうな、と実剛は思ったが、もちろん口には出さなかった。
わざわざ敵にヒントをくれてやる必要などない。
「それが外なる神のチカラってわけかい?」
「いいえ?」
服に付いた埃を払う。
「さすがに手加減して勝てる相手ではなさそうです。すこしだけ本気を出しますので、実剛さんは離れていてくださいね」
警告し、ぱんと両手を合わせる。
次の瞬間、背中まであるストレートの黒髪が鮮やかな空色に染まった。
芝もまた澪の血の一族なのだと、いまさらながらに実剛が思い出す。
蒼銀というより、もっと純粋な青。
突き抜ける成層圏のようなピュアブルー。
「かっこ良い二つ名とかはないんですが、私のチカラはこれですよ」
ぶん、と腕を振る。
易々と回避するカトルだったが、衝撃波が服をかすめる。
ぼろぼろと。
砂の城を波が壊すように、少年の服が崩れ落ちてゆく。
「なっ!?」
慌てて空中に逃げようとするカトル。
「無駄」
一言。
風が巻き起こり、少年の身体をコンクリートに叩きつける。
「ぐはっ!?」
「わたしのチカラは風。こんな事もできます」
手刀を振る。
巻き起こる真空の刃。
カマイタチ現象。
転がって回避する少年。
ざっくりと切り裂かれたコンクリートが、先ほどのようにぼろぼろと崩れてゆく。
「そして、風と音は同じもの。大気の震動という意味において」
「風のエリカって。どんだけチートなんだよ。お姉さん」
「やった。かっこいい二つ名がついた」
ぐっと拳を握る。
「ありがとう。そしてさようなら」
絵梨佳の周囲に生み出される無数の音の太刀。
一斉にカトルへと向かう。
「なめるなっ!」
少年の周囲にも風が生まれ、両者が正面から衝突した。
音速の飛行機が間近を通過したような音を立てて相殺される双方のチカラ。
カトルと絵梨佳の全身に無数の小さな傷を残して。
完全に消滅させることはできなかったのだろう。
互いに。
結果は同じであったが、決定的な違いもある。
少女の傷は、みるみるうちに塞がり消えてゆく。
血族中最高を誇る回復力だ。
准吾や沙樹のように他人を回復することはできないが、自己回復なら彼女に並ぶのは萩鉄心くらいのものだろう。
「怪物め……」
傷だらけの少年が怨嗟に満ちた言葉を放つ。
「それはお互い様。まだやる? カトルくん」
絵梨佳の手に現れる獲物。
空気の揺らぎから剣のようなものだとは推測できるが、なにしろ見えないので確証はない。
「次は、殺すよ?」
「くっ!」
背を向けて飛び去る。
計算も何もなく、純粋に逃げを打ったのだ。
「ふーっ」
大きく息をつく絵梨佳。
みるみるうちに髪の色が戻ってゆく。
「きっつー……」
がっくりと膝を突く。
「だ、大丈夫っ!? 絵梨佳ちゃん」
婚約者が駆け寄ってくる。
「さすがにつっかれましたよー へろへろですー」
力なく笑う。
普段からこの力を使わないのは、とにかく消耗が激しいからである。
体調が万全なときに、しかも数分間しか使えないのだ。
小柄な身体を支える実剛。
「多用は厳禁ね。絵梨佳ちゃんの身体が心配だよ」
「うえーい。なんか格好いい二つ名もつきましたよー」
くたりと寄りかかりながら、ピースサインなど出している。
風のエリカ。
気に入ったらしい。
「この流れでいくと、砂のミッツと癒しのジュンコですね」
「本人たちに言っちゃだめだよ。間違いなく傷つくから」
少女を支えて立ちあがる。
あまりのんびりもしていられない。
先行した琴美や、正面の信二たちも気にかかる。
「歩ける?」
「お姫様抱っこ希望です」
「了解」
軽々と抱き上げる実剛だが、許嫁が重力制御していることに、いまだに気づいていないのだった。




