歓迎! 勇者様御一行 3
津軽海峡があるので徒歩での帰宅を断念した勇者たちは、実剛チームに組み込まれることとなった。
身分としては、萩家の戦闘員だ。
ちゃんと給料も出る。
もっとも戦闘力は量産型能力者よりも低いので、戦力としてはアテにできない。
武器を用いて戦って、どうにか互角くらいだろう。
「けど、そんなことはどうでも良いのです」
絵梨佳が力説する。
なによりも実剛陣営が欲しかったのは、薄五十鈴の味覚だ。
ぶっちゃけ他の五人など、おまけみたいなものである。
「扱いが悪いが、一敗地にまみれた側としては文句もいえん」
とは、リーダーの御劔が語った言葉であるが、案外居心地は悪くないようで、光則たちと一緒に連日の雑草処理と露店の売り子をけっこう楽しんでいる。
なにしろ人に感謝される仕事だ。
素性を隠し、鳴かず飛ばずの生活を送っていた頃に比較すれば、はるかに勇者らしいともいえる。
「雑草刈りと唐揚げ売りが勇者らしいかどうかはともかくとして、そんなことがあったんだな」
一応の事情を聞き終えた暁貴が、感慨深げに頷いた。
勇者が討伐にくるとは、巫一族もこれで立派な魔王である。
木造サイディング二階建ての巫邸が、魔王城というわけだ。
「それで、北海道知事との会談はどうなったんですか?」
実剛が問う。
久しぶりに、巫邸の居間には実質的な町の幹部が集まっている。
いろいろあったが、最初の波はなんとか乗り切ったようで、全員の表情が明るい。
「知事には鉄心が霊薬を一つプレゼントした。研究されるのも困るんで、その場で飲んでもらったがな」
苦笑する暁貴。
汚物でも飲んだような知事の顔を思い出したのだろう。
「不老長寿の効果なんて、ホントにあるんですか?」
「まだわからん。完成したのが今年になってからだからな。結果が出るのは何十年か後だろう」
答えたのは鉄心だ。
現在のところは、完璧なダイエットサプリとしての効果くらいである。美容面では。
「思ったより俗物なんですね。知事さんって」
「俗物でないやつが政治家になるわけなかろう」
皮肉げに言う萩の当主。
政治とは世俗のチカラだ。理想で飯は食えないのである。
その俗物との裏取引の結果、北海道は澪町に対して三十名の専門職を派遣することとなり、年間一千万円の資金援助をすることとなった。
金銭の方は、現在の澪には端金だが、ようするにポーズである。
北海道は澪をバックアップしていますよ、という。
「それは、ずいぶん思い切りましたね」
実剛から見ても、この決断は危うい。
下手をすれば、国を敵に回すことにもなりかねない。
「まあ、そのあたりは知事さんの政治力に期待するしかねぇやな」
気楽に言って、暁貴が座卓の料理に手を伸ばす。
煮物だ。
あまり食卓にのぼることがないが。
一口。
「…………」
つづけて、二口三口。
手が止まらない。
「おい。どうした暁貴」
突然無言で食べ出した盟友に、鉄心が声をかける。
にやりと笑う実剛。
「萩のご当主も味を見てくださいよ。五十鈴さんが試しにって作ってくれたんですよ」
「ふむ? トントロか? 煮込んだのか?」
楊枝を刺し、口に運ぶ。
「なっ!?」
厳つい顔が豹変した。
驚愕で。
「なんだこれはっ」
「トントロの煮込みです。味付けはごくわずかな醤油と生姜。ただそれだけです」
本来は焼肉などで食されるトントロ。
わずかな味付けで煮込まれたそれば、芳醇な味わいととろけるような食感を併せもっていた。
薄五十鈴の作品である。
脂っこい部位であるトントロを、時間をかけて煮込むことで脂を落とす。
最小限の味付けで、肉本来の力を際立たせる。
土鍋で一時間。あくを取りながら煮込んだだけの一品。
「っべーわ。んめーわ。箸とまんねーわ」
ぱくぱくと食い散らかす暁貴。
てい、と、実剛がその手にチョップを入れる。
「ろくな感想を言わない伯父さんは、それ以上食べちゃ駄目です。みんなに行き渡らないでしょうが」
「そんなこといったってよう。これ反則だべや……」
とめられた四十男が恨めしそうに睨んだ。
わりと鬱陶しい。
「暁貴」
萩の当主が、巫の当主の前にグラスを滑らす。
ハイボールだ。
勧められるままにぐいと飲る。
「くはっ!?」
弾ける泡がわずかな脂を喉の奥へと流しやる。
鮮烈な刺激。
再びわき上がる食欲。
「この組み合わせは、最高じゃないか?」
「異議なし」
言って、再び皿に箸を伸ばす当主たち。
ぺちぺちと絵梨佳が叩く。
「もうっ なんで独占しようとするんですかっ」
頬をふくらませている。
みんなで味を見ようと思っていたのに、おっさん二人だけで食べては意味がない。
実剛の咳払い。
「五十鈴さんが言っていました。僕たちはまだ澪豚の本当の力を引き出していないそうです」
だから、揚げるのではなく、焼くのでもなく、ベーシックな煮込みを作ってみせた。
最低限の味付けにしたのも、肉そのものを感じてもらうためだ。
「だからって、やばいだろこれ……」
うなる暁貴。
トントロ。けっして高価な部位ではない。
だが、豚の角煮などに使われるバラ肉を超えている。
ぷるりとした柔らかさ。しっとりと舌にからみつく赤身。角煮で感じるしつこさは微塵もない。
飲み込む瞬間には、むしろ寂寥感を感じる。
とびきりの美女との口づけ。唇が離れる瞬間の寂しさ。
そう評するのが妥当だろうか。
たとえがやや下品だが、快楽中枢すら刺激するような官能的な味わいなのである。
「僕や絵梨佳ちゃんもショックを受けました。しかも五十鈴さんはなんと言ってと思います?」
首を振る大人たち。
「この程度は子供だまし。そういったんですよ?」
その衝撃が判りますかと付け加える。
これほどの味覚を子供だましと言い切るものすごいが、ようするにこの料理は澪豚の基本的な力を知ってもらうためのものらしい。
「これが基礎だと……?」
歯ぎしりするような声は鉄心のものだ。
「です。これだけの力があるんだと踏まえた上で、唐揚げを完成させます」
すでに、五十鈴は佐緒里とともに研究に入っている。
絵梨佳も会合が終わり次第、合流する手筈となっていた。
「いまのままでも唐揚げは充分に旨いが、まだのびるというのか。空恐ろしいほどだな」
ふう、息を吐き煙草をくわえる。
座卓の上の煮込み料理は、すでになくなっていた。
当主だけでなく、眷属たちも思い思いに試食したのだ。
「牛タンに勝てる目が、ようやく見えてきました」
改良した唐揚げでB-1を狙う。
メニューは唐揚げラーメンになるか唐揚げ丼になるか、まだ確定してはいないが、やっと勝機が見えた。
「期待してるぜ。俺たちは手伝えねぇが、話題をひっさらってきてくれ」
暁貴の言葉。
今後、大人チームは町に改革にかかり切りになってしまう。
B-1は、実質的に中高生チームで回さなくてはいけない。
ここからが正念場なのである。
「やるからには優勝をめざしますよ」
どん、と胸を叩く実剛だった。




