歓迎! 勇者様御一行 4
「それにしても、どこでこれだけの知識と味覚を身につけたの?」
佐緒里が問いかける。
澪高校の調理実習室。
残念ながら巫家の台所は狭いので、唐揚げ研究はもっぱらここで行われていた。
町からは結構遠くて不便ではあるが、凪兄弟のハイエースがあるので機動力は確保されている。
「小料理屋で下働きをしていましたので」
「下働き? それほどの腕があって?」
「仕方がないのですよ。私たちは」
五十鈴の答えだ。
魚顔軍師が予測したとおり勇者たちの家系は、いずれも金銭的な苦労をしていた。
一番マシだったのが御劔で、彼は一応高校に通うことができたらしい。定時制ではあるが。
他のメンツはすべて中学卒業と同時に働かなくてはならない境遇だった。
北海道人の佐緒里には理解しがたいことではあるが、本州には未だに被差別階級が存在する。
もちろん大昔とは異なり、いきなり石を投げつけられたりすることはないが、それでも就職や結婚などで不利になったりはする。
五十鈴もまたそんな一人であった。
両親も、その両親も、差別されてきた。
彼女にどれほど味覚があろうと料理の才能があろうと、一人の板前として認められることはない。
「意味がわからない。自分たちをそんな目に遭わせた人間のために、戦おうとしたのか?」
首を振る佐緒里。
人間の度し難さは理解しているが、勇者たちの善性は理解の外にある。
「百パーセント善意かといわれれば、たぶん答えは否だと思います」
見返したかった。
モンスターを倒し、英雄としてもてはやされたかったという欲望も存在するのだ。
「いや、だがそれは」
「ええ。判ってます」
仮に英雄となったとしても、それは一時的なこと。
すぐに邪魔になり、消されてゆく。
それでも、そんな夢想にすがらなくてはいけないほど、勇者の末裔たちは困窮していた。
「だから、実剛さんからスカウトされたとき、私はあまり悩みませんでしたよ」
御劔には葛藤があっただろうけれど、と舌を出す五十鈴。
才能が認められ、働く場を与えられる。
こんなに嬉しいことはない。
雇い主は人間ではないが、逆に言えばそのくらいしか不満がない。
しかも人間でない主君は、いまのところ人間のために活動している。
「世界全人類のため、ではないがな」
「それは当たり前だと。全員を救うことはできませんから」
実剛や暁貴の尽力で澪が救われたとする。
それは他の誰かが割を食っている、ということなのだ。
本質的に、この世はゼロサムゲームである。
誰かが得をした分、誰かが損をすることになっている。
「そして私は救われました。恩義には報います」
「義理堅いな。あなたには義星の導きがあるようだ」
「ぎせい?」
「他にも、殉星とか妖星とかいろいろある」
「すみません。何を言っているのか判らないんですが」
「ググれ」
「検索するほど大事なことなんですかっ!?」
「萩に逃走はないことだ」
わけがわからない。
ともあれ、
「事情は理解した。ご両親や縁者も澪に移住すると良いと思う」
さらっと話題を変える佐緒里。
「いいんです?」
「当主にはあたしから話を通そう。人手不足だから、諸手をあげて歓迎するはず」
事実である。
労働力が圧倒的に足りていない。
子供チームは観光事情だからまだしもだが、大人チームは建設関係だ。とにかく人手が必要なのである。
「建築系のスキルがあれば、かなり優遇される」
「それならうちのチームにもとびのバイトしていたのがいます」
「鳶職。それはぜひ現場に回したいところだね」
割り込む声。
タイミング良く、入ってきたのは実剛と絵梨佳だ。
「巫実剛。幹部会は終わったのか?」
「そんなたいそうなものじゃないよ。伯父さんや鉄心さんとちょっと打ち合わせてただけだよ」
むしろ佐緒里こそ参加しなくて良かったのか、と視線で語る。
多少は確執のある父娘である。
可能なら関係修復を手伝いたいが、なにしろ本人が、鬼は共食いを忌避しないと言って聞かないので、実剛としては手の出しようがない。
「そうか。反応はどうだった?」
実剛の視線には気づかぬふりで、佐緒里が訊ねる。
五十鈴が作った煮込み料理のことだ。
「好評だったよ。手応えアリだね」
大きく頷く。
「それで、労働力の話だけどね。ちょっと真面目に考えて欲しいんだ。澪に移住しても良いよって人がいるなら、ぜひ教えて欲しい」
五十鈴に向けた言葉だ。
来週にも寄宿舎の建設が始まる。千人が生活できる規模のものを十棟である。人手はいくらあっても足りない。
もちろん元請け業者からの手配は着々と進んではいるが、それでも不足することは目に見えている。
「判りました。実剛さん。親戚縁者に声をかけてみます」
勇者の少女の声は明るい。
なにしろ現在の澪は、一種異様なまでの活気に包まれている。
この流れに乗ることができれば、漂泊の勇者たちも定住地を築くことができるだろう。
「んで、鳶職出身ってのは誰だろう?」
「御劔です」
「OK。あとで声をかけておくよ」
「彼も喜ぶでしょう。ところで、一応、私なりに唐揚げを新作してみましたが」
言って、実剛と絵梨佳をテーブルに招く。
佐緒里がにやにやと笑っている。
これは相当自信があるな、と少年は推測した。
楊枝の刺された唐揚げに手を伸ばす。
「…………」
「…………」
そして絶句する二人。
言葉が出ない、とは、こういうことを言うのだろう。
もともと澪豚のザンギは旨かった。
「前の状態を一とすると、いまは四・七二くらいだな」
「その小数点以下の数字はなにさ? 佐緒里さん」
「近似値だ」
「意味がわからないよ」
旨い。
何もかもが極北に至っている。
歯触り、柔らかさ、肉汁、喉ごし、一噛みごとに惹きつけられる。
まるで一挙手一投足が計算されつくした名優の演技のように。
「何が信じられないって、薄五十鈴は肉にほとんど下味を付けていないんだ」
佐緒里が解説する。
ありふれた国産醤油とチューブの生姜を軽く擦りこんだだけ。
「え……? だってこの味は……前より濃いと思いますけど?」
明敏な味覚をもつ絵梨佳が首をかしげる。
「衣に、少し味を付けてるんですよ。片栗粉と小麦粉に胡椒と岩塩を混ぜて、ちょっとだけ厚みをもたせてみました」
澪豚の潜在能力を引き出すための細工。
すべてありふれた材料を使って。
自分たちが用いた江差醤油やアイヌネギなど、ただの子供だましにすぎない。これが澪豚の力なのだ。
と、佐緒里が苦笑混じりに言う。
「こいつは参ったね……完敗だ」
諸手をあげる実剛。
その横で大きく頷く絵梨佳。
「とんこつラーメンとの親和性を考えて、こんな感じにしました。あとは試食なんですけど」
さすがに佐緒里も五十鈴も朝から試食を繰り返しているので、もう入らない。
実剛と絵梨佳は、煮込みを充分に食べてしまっている。
明日にするか、と言いかける鬼姫。
そのとき、風が哭いた。
がらりと開かれる実習室の引き戸。
吹き込んでくる熱気。
「体は麺で出来ている……」
「血潮はスープで心はザンギ……」
「幾たびの食堂を経て不敗……」
「ただの一度のお残しもなく、ただの一度のおかわりもなし……」
すっくと立つ二人の影。
なにやら詠唱めいたことを呟いてやがる。
「これは、固有結界っ」
律儀につきあう佐緒里。
「ごめん。ちょっと何言ってるかわからないや」
実剛が呆れるが、もちろん丁重に無視された。
江差でも熊石でも仙台でも食い倒れをやっていた二人である。
名を記すのもばかばかしいが、光と美鶴だ。
「行くぞっ 料理長っ」
「替え玉の貯蔵は充分かっ」
食欲魔神たちと料理人の戦いの火蓋が切って落とされた。




