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杜の都へ 9


「つーかよ。美鶴」

「あによ?」

「実剛兄ちゃんと絵梨佳姉ちゃんを二人きりにしてやって、なんか意味あんの?」

 光が訊ねる。

 一緒に行動していた高校生コンビを上手く()いた中学生たちではあるが、そもそも行動の意味を、一方は理解していない。

「家じゃ佐緒里さんと一緒。学校じゃ学年が違う。なかなか親睦を深められないだろうからね」

 判っている方が答えた。

 仙台の街並。

 澪に比較するとずっと都会的で、人も多い。

 八月の七夕祭りの時期には、もっと賑わうのだろう。

「でもあのふたりじゃ、ただの試食で終わるんじゃね?」

 なかなかうがったことを言う光。

 万事積極的な絵梨佳はともかくとしても、朴念仁をフリーズドライ加工したような実剛が相手では、恋が進展するとは思えない。

「光。朴念仁は冷凍できないわよ?」

「マジでっ!? にんじんとかの仲間じゃねえの!?」

「そもそもアンタは人参を冷凍すんのか」

「しねえの?」

「たぶんしないと思う」

 ぶっちゃけ美鶴も料理ができるわけではないので、よくわかっていない。

 最近は絵梨佳や佐緒里に少し習っているが。

 そもそも、いまは朴念仁が野菜かどうかという議論はどうでもいい。

「ま、それでも二人きりにしてあげたいじゃない。いちおうは許嫁同士なんだから」

「まーな」

「それに、私たちには私たちの目的があるでしょ」

 に、と笑った美鶴。

 バッグからガイドブックを取り出す。

 グルメガイドだ。

 待ってましたとばかりに、光が手を拍った。

 杜の都仙台を食い倒してやるのだ。

 江差の美味はあらかた貪り尽くした。

 五月に二人で出掛けた熊石(くまいし)あわびフェスティバルでは、伯父からむしり取った数万円の軍資金を使い尽くすほどにあわびを食べまくった。

 美味しかった。

 なにしろ二人で何個あわびを食べたのか憶えてないくらい食べた。

「次は、仙台だな」

 にやりと笑う光。

「杜の都は、もう眠れない」

 妖艶な笑みを返す美鶴だった。

 こうして、かつて伊達政宗が支配した街は、二柱の食欲魔神によって恐怖のずんどこに叩き落とされたのである。




 ところで、チンピラという生物はどこにでもいる。 ニューヨークのダウンタウンだろうが、ロンドンのイーストエンドだろうが、渋谷センター街だろうが、どこにだって棲息しているのだ。

 もちろん仙台も例外ではありえない。

 金髪にピアスという光が、どえらいぺっぴん(スタナー)な美鶴を連れて歩いていれば、目立たないわけがない。

 街を歩くうちに、澪からきた少年少女は目を付けられてしまっていた。

 隙は、たしかにあった。

 寒河江との交渉が順調に妥結したこともある。

 名店を巡って、腹がくちくなっていたこともあったろう。

 だが、美鶴をひとり残して、光がトイレに入ったのは完全に油断というしかなかった。

 ほんの数分の単独行動。

 それが命取りだ。

 通りでぼーっと突っ立っていた少女の前に、横付けされる黒のミニバン。

 スライドドアがいきなりひらき、のびてきた手によって車内へ引きずり込まれる。

「きゃ……」

 大声をあげようとした口がふさがれる。

 抵抗する暇すら与えられない。

 風に舞った帽子が歩道に落ちる。

 ドアすら閉めず走り去ってゆく自動車。

 一分にも満たない出来事。

 少年がトイレをすませて戻ったのは、少女が拉致されてから一分三十秒後のことだった。

「……美鶴?」

 置き去られた帽子。

「…………」

 無言で手に取り握りしめる。

 猫のように細まる目。

 獲物を狙う肉食獣の眼だ。

「こっちか!」

 地面を蹴る。

 姿勢を低くし、地を這うような全力疾走。

 連れ去られた姫を追う騎士。




 五人の男に囲まれた美鶴。

 倉庫街。

 下卑た笑いの合唱。

「自分で脱ぐか。それとも俺たちが脱がせてやろうかぁ」

「すぐによがらせてやるぜぇ」

「朝までにゃあ使い物にならなくなるかもなぁ」

 口々にはやし立てる。

 注射器を持っているものがいるところみると、こいつら全員が麻薬中毒患者(ジャンキー)かもしれない。

「だれがあんたたちの言うことなんかきくってのよっ」

 怒鳴る。

 元気さは恐怖の裏返しだ。

 これだけの害意に晒されて、怖くないわけがない。

 だが、希望が無いわけではない。

 光は、彼女のナイトは必ず助けにくる。

 絶対だ。

 それまでの時間をなんとか稼がなくてはいけない。

 もし美鶴が事態を甘く見ているとすれば、自分に時間稼ぎができると考えている点だろう。

 そもそも自分が拘束されていない時点で疑問に思うべきなのである。

 これは、意識を失った無抵抗の女を犯してもつまらないということのなのだ。

 男たちは狩りでも楽しむ気なのである。

「ヒャッハァァァァァっ」

 奇声をあげて男が突っ込んでくる。

 ひらりとかわす美鶴。

 否、かわしたつもりだった。

 白いブラウスが悲鳴を発して裂ける。

「きゃ……」

 次々に襲いかかってくる男ども。

 故意に直接的な打撃は与えない。

 美鶴の衣服を破損させるのが目的だ。

 みるみるうちにブラウスが引き裂かれ、スカートがぼろぼろになる。

「く……」

 嬲るような攻撃にいらつき、恐怖する。

 ふたたび伸びてくる手。

「このっ!」

 素早く掴み、思い切り腕に咬みついてやる。

 だが、この行動は上手くなかった。

 腕から血を流した男が、鬼の形相で強烈な蹴りを美鶴の腹にたたき込む。

「ぐ……は……」

 膝から崩れ落ちる少女。

 口角から微量の血がこぼれる。

 手加減なしの一撃。

 戦場では当たり前のことだが、普通の生活をしていれば滅多にない。

 その滅多にないことを経験したとき、少女の勇気は潰えた。

 痛みと絶望。

 瞼の縁に涙がたまる。

「あ……あ……」

 意味不明の呟き。腹をおさえて蹲ろうとする。

 しかし、それすらも男は許さない。

 きれいに手入れされた髪を乱暴に掴み、むりやり引き起こす。

「ゃ……ゆるし……」

 言葉を最後まで発することはできなかった。二発三発と拳で頬を殴られたから。

 こういう相手なのだ。

 女性に対する禁忌など、とっくに捨て去ってしまっている。

 ぐったりとする少女の衣服にかかる手。

 固く目を閉じ、絶望の瞬間を待つ。

 だが、その瞬間はついに訪れなかった。

 かわりに優しく肩を抱かれる。

 記憶にある香り。

 ゆっくりと目を開いた美鶴。その目に映る少年の顔。

「ひかるぅ……」

「もう大丈夫だ」

 少年の声がわずかに震える。

 間に合ったという安堵と、それを上回る怒りのために。

 ぼろぼろにされた大切な少女の姿。顔が腫れるほどに殴られ、口からは血を流している。

「てめえがやったのか?」

 振り向く。

 突然現れた光に蹴られ、地面に這い(つくば)っている男に投げかけた声。

 厳冬期の澪を吹きすさぶ風よりも、なお冷たい声。

「その手で、美鶴を殴りやがったのか?」

 返答を待つことなく蹴り上げられる脚。

「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

 獣じみた絶叫とともに男が転げ回る。

 右の手首から先が消失していた。

 はるか遠方に、千切られた手がぼとりと落ちる。

「その足で、美鶴を蹴りやがったのか?」

 踏みつける。

 異様な音を立てて男の右膝が砕け、ありえない方向に曲がった。

 再びの絶叫。

「うるせえよ。しゃべんな」

 男の口に蹴りを入れる。

 すべての前歯が折れ砕け、男が気を失う。

 息を呑む美鶴。彼女だけではない。残りの男どもも異様な事態に立ちすくんでいる。

 冷ややかな目で、光が卑小な人間のオスどもを見据える。

「楽に死ねると思うなよ」

 淡々とした死刑宣告。

 こいつらは死に値するだけのことをした。

 女神の血族である巫の姫を誘拐し、暴行を加え、あまつさえ犯そうとした。

 一族郎党皆殺しにしても償いきれるものではない。

 一歩、二歩と近づく。

 悲鳴をあげて逃げ出す男ども。

 だがその逃走は長くは続かなかった。

 突如として現れた黒装束の男たちによって、次々に斬り伏せられたからである。

 瞬く間に生産される四つの死体。

「……寒河江の戦闘員か」

 光が呟く。

 量産型能力者ではないようだが、良く訓練された動きだ。

 リーダー格の男が素早く進み出て、気絶している男にとどめを刺す。

 何の躊躇いもなく。

 そして、美鶴と光の前に平伏した。

「街の者の不始末。お詫びする言葉もございません。害虫どもは駆除いたしましたが、この上は、我らの首のみでお許しいただくことはかないませんでしょうか」

 この言葉で、美鶴にはだいたいの事情が判った。

 彼らは巫陣営を影から護衛していたのだろう。

 だがチンピラどもに出し抜かれてしまった。

 幾重にも面目を失した形である。

 命をもって(あがな)うしかないほどの。

「許すわ。害虫の始末が済んだ以上、あなた達の責任も果たせたでしょ。自害なんて馬鹿な真似はやめてよね」

 まだ声は震えていたが、それでも美鶴ははっきりと告げた。

 一斉に頭を下げる黒装束たち。

「ただ、この格好じゃ歩けないから服を用意して。あと、少し疲れたから休めるところも」

 ホテルに戻る、とは言わなかった。

 意図を察した黒装束のリーダーが矢継ぎ早に指示を飛ばす。




 やがて、美鶴と光の姿は高級ホテルの一室にあった。

 そして現在、シャワールームから聞こえる音を聞きながら、少年は頭を抱えていた。

 どうしてこうなった。

 殴られたり蹴られたりしたのだから、一応は医者に行った方が良いのではないか、という彼の提案は軽く却下された。

 じっさい、回復力には劣る巫家とはいえ美鶴は本流だ。

 打撲くらいならば数分で回復する。

 心配ないといえばないのだが。

「むしろメンタルの方が心配だよな。あれだけ怖い思いしたんだから」

 美鶴や実剛は、生まれたときから澪の一族として育てられたわけではない。

 人生のほとんどを普通の人間として暮らしてきたのだ。

 暴力に晒された経験など皆無に等しい。

 心のケアが必要だろう。

「光もシャワー浴びたら?」

 少女が戻ってくる。

「ちょっ おまっ ちゃんと服着て出てこいってっ」

 バスタオルを身体に巻いただけだった。

 目の毒だ。

 光だって普通の男の子なのだ。

「なにいってんの? どうせこれから見るじゃない」

「え?」

「え?」

 聞き返す少年。

 どうしてそんなことを訊くのか判らない、という表情の少女。

「光にぶすぎ。兄さんより鈍い。バカなの? 死ぬの?」

 どん、と、少年を少女がベッドに押し倒す。

「ちょ!?」

 濡れた髪が顔にかかる。

 息すら混じり合う距離。

「怖かったんだよ……光……」

「わかってる」

 おずおずと、だが優しく少女の髪を撫でる。

「判ってないよ。光はぜんぜん判ってない」

 駄々っ子のように、少年の胸に顔を埋める。

 怖かった。嬉しかった。そして怖かった。

 男どもに襲われたことなど、もうどうでも良い。

 そんなことより、

「私のせいで、光に手を汚させるところだった」

 小さな声。

 それが怖かった。

 彼は、彼女を守るためなら殺人すら躊躇わない。

 守人という役割。そんなに重いものだと思っていなかった。

 ただの護衛役だとしか。

「美鶴……」

 少女の背に手を回す。

 細い。

 力を込めたら折れてしまいそうだ。

「美鶴。俺さ、お前と一緒なら空だって飛べるんだ」

 言ってから後悔する。

 何言ってるのか自分でも判らない。もちろん少女にも伝わらないだろう。

 一瞬だけきょとんとする美鶴。

「そういう合体技?」

「……いや、そうじゃなくて」

 伝えたい思いは海の水より多いのに、うまく言葉にできない。

 頭の良くない自分が恨めしい。

「お前を守りたいんだ」

 陳腐な台詞。

 義務でなく。

 使命でなく。

 心から。

「……それじゃ足りねえかな……?」

 微笑する少女。

 すべて判ったように。

「……ううん。充分だよ」

 言葉足らずな少年の心。

 たしかに受け取った。

 絶対の忠誠。

 私の、私だけの騎士様。

 報いるものなど、なにももっていないから。

 だから、

「だから、私を光にあげる」

 少女が唇を少年のそれに重ねた。


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