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杜の都へ 8


 翌日。

 実剛と絵梨佳は連れだって仙台市内を散策していた。

 どうして二人きりなのかというと、たいして深くもない理由がある。

 まず佐緒里はホテルで静養中だ。

 回復力に優れた鬼姫は、一晩の睡眠でダメージからはほぼ回復している。ただ、朝から深雪が訊ねてきて、話に花を咲かせていた。

 殴り合ってこそ芽生える友情というやつだ。

 とても女の子とは思えないが、仲良きことは美しき哉ともいう。

 一緒にエステなどを体験している鬼姫たちを残し、四人で町に出たのである。

 そしてしばらくすると、美鶴と光が消えていた。

 迷子にでもなったかと心配する実剛の携帯端末にメッセージが届いた。『二人きりにしてあげるから、少しは仲を進展させなさい』 と。

 なんと中学生に気を遣われてしまった。

 年長者としても兄としても面目を失したかたちである。

 かくして、十六歳と十五歳のカップルが、街に放り出されてしまった。

「どこにいきましょうか? 実剛さん」

 絵梨佳が問いかける。

「牛タンは食べておいた方が良いよね。彼らは、必ず僕たちの前に立ちふさがるんだから」

 剣呑な言い回しをする実剛。

「肉系ですもんね。たぶん最大のライバルになるかと」

「だよねー」

 もちろんB-1の話である。

 巫陣営が出店をもくろんでいるのは、澪豚の唐揚げをつかったメニューだ。

 仙台の牛タンは強大な敵である。

 けっして味では引けを取らないと自負しているが、まずネームバリューが違う。

 全国区の人気を誇っているのだから。

「老舗と新進気鋭の店。両方食べておきたいところだけど、絵梨佳ちゃんは大丈夫そう? おなか的に」

「残しちゃったら、実剛さんが食べてくれるなら」

「OK。任せて」

 どんと胸を叩く。

 たまには頼り甲斐のあるところを見せなくては。

 最近は澪豚を食べまくっているので、大食いとまではいかなくても胃の容量には自信がある。

「頼もしいですっ 実剛さんっ」

 きゃっきゃっとはしゃぐ絵梨佳。

 こういう細かいところでも男性を立てることを忘れない。

 さすがのあざとさである。

 パートナーが食べきれなかったものを食べてあげる。

 まるで夫婦だが、もちろんカップルの一方は気づいていない。

 手をつないで歩く。

 爆発すればいいのに。

「んっと、ここだね。仙台牛タン発祥の店」

 ガイドブックを見ながら実剛が言う。

 平日だというのに混み合っている。

 創業は昭和の二十年代というから、七十年近い歴史がある。

 定番の網焼きとテールスープを味わってみることにした。

「これは……」

 一口目を口に含んで、言葉を失う実剛。

 正直なめていた。

 いくら有名といっても、しょせんは舌肉。二級部位に過ぎないだろうと思っていた。

 ハンマーで頭を殴られたような衝撃だった。

 柔らかさのなかにしっかりとした歯応え。

 噛めば噛むほどに広がる旨味と深み。

「く……っ」

 歯がみする絵梨佳。

 勝てない。

 いまのままでは、澪豚は負ける。

 歴史の差か、素材の差か、それとも腕の差か。

 調理を担当する絵梨佳には敗勢がはっきりと判る。判るからこそ焦りもする。

「でも、驚いているだけじゃだめ。学ばなきゃ」

 呟き。

「絵梨佳ちゃん……」

「ごめんなさい。実剛さん。残している場合じゃなさそうです」

 黒い瞳が危険な光を放っている。

 それは勝負師の眼。

 長所も欠点もすべて見透かし、勝利だけを貪欲に求めるハンターの目。

「あ、ああ」

 頷いた実剛が、自らも慎重に箸を進める。

 すべてを記憶するために。

 味、香り、歯触り、喉ごし。

 完全に記憶に留めるのだ。

 絵梨佳が料理人だとすれば、彼はその出来をジャッジメントする試食人なのだから。

 もくもくと食事を続けるカップル。

 あまりにも鬼気迫る様子に、二人の周囲には奇妙な空白ができていた。

 もしかして、このふたりはアレではないのか。

 とあるガイドブックの星を決める調査員。

 彼らはけっして素性を明かさず、普通の客のように振る舞うという。

 店主の頬を、一筋の汗が伝った。




「ずいぶんと空腹だったようだな。巫の次期当主」

 店を出ると、いきなり声をかけられた。

「あなたから接触してくるとは意外ですね。村井雄三さん」

 表情も変えない実剛。

「意外という割には驚いていないようだ」

「そうでもないですよ。食べたばかりの料理が逆流しそうです。驚愕でね」

「軽口を」

 憎々しげに言って、顎をしゃくる男。

 ついてこい、という意思表示だ。

 肩をすくめた少年が歩き出す。

 半歩遅れて、絵梨佳が影のように付き従う。

 ありふれた国産乗用車で案内されたのは仙台城だった。

 通称は青葉城。

 伊達家の居城としてしられる仙台屈指の観光スポットである。

 青葉山公園を散策しながら、

「私の身柄を要求しなかったそうだな」

 村井が口を開いた。

「要求する理由がありませんでしたので」

 実剛が答える。

 中年男の目が石造りのベンチに注がれた。

 座って話そう、という意味なのだろう。

 軽く頷いて腰掛ける少年。

 拳五つ分ほどの距離を開け、村井も腰を下ろした。

「飲み物でも買ってきますね」

 絵梨佳が駈けてゆく。

「ほう……」

 眼を細める村井。

「護衛が側を離れて良いのかね?」

「寒河江との不可侵は成立しました。問題ありません」

「私が君を害するとは考えないのか?」

「害するつもりなんですか?」

 反問。

 返ってきたのは苦笑の気配。

「たいした胆力だ。さすがは巫暁貴の甥といったところか」

「……伯父を恨んでいますか?」

「恨んでいないといえば、嘘になるだろうな」

「たとえばそれが誤解に基づく恨みだったとしても?」

「知っているのだな。君は」

 抽象的な会話は白刃の気配を含む。

「おそらく、あなたが知っている以上のことを」

「しかしそれを私に信じさせるだけの根拠を示せない、ということか」

「そうなりますか」

 琴美は正真正銘、村井と沙樹の娘だと告げたとする。

 DNA鑑定でもなんでもして欲しい、と。

 それを彼は信じるだろうか。

 答えは否だ。

「僕が何を言ったとしても、あなたの心には届かない。その程度のことは判ります。こんな若輩者(わかぞう)でもね」

「しかし、伝えてくれたことには礼を言う」

「戻ってくる気は、ありませんか?」

「ない。君が飲み込んだ言葉が事実だとしても、そうでなかったとしても、私の考えは変わらない」

「……そうですか。理由を聞いても?」

「誰かだけが特別、というのを無くしたい」

「……なるほど」

 それ以上、実剛には言うべき言葉がなかった。

 特別な側の人間としては。

 遠くから絵梨佳が走ってくるのが見える。

 立ちあがる少年。

「行くのか?」

「はい」

「元気でな。それと……いや、なんでもない」

 台詞の後半を飲み込む中年男。

 実剛は忖度しなかった。

「村井さんもご壮健で」

 最低限の言葉。

 沙樹や琴美のことは口に出せなかった。

 きっと待っているから顔を出してやって欲しい、などと言えるわけがない。

 去ってゆく少年の後ろ姿。

 見送る男の髪を、風が揺らしていた。


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