こんなシリアスな話だっけ? 4
佐緒里と光則が戻ってきたとき、教室はいつもと大差ない様子だった。
実剛もとくに説明しようとしない。
どうせ琴美あたりが、モニタリングしていてくれただろうから。
「いちおう、取りなしてくれと頼まれたぞ」
光則が言う。
教師のことだ。
直接的な被害を被ったことで、勇気は費えてしまったらしい。
残念ながら、ペンは剣より弱かったようだ。
「問題ないよ。僕は気にしていない。先生の言っていたことはだいたい事実だしね」
肩をすくめる実剛だった。
なにを言ったところで、彼らがバケモノである事実は変わらないし、そのチカラをもって支配しようという目論見もまた事実である。
民主主義の原則にこだわる人から見れば、絶対に許されないルール違反なのだ。
「力の裏付けのないルールなど、ただのハリボテにすぎない」
佐緒里が口を挟んだ。
「どこの世紀末ワールドだよ。僕たちは文明人なんだからさ」
呆れた顔の実剛。
萩の姫の読書の趣味を垣間見てしまったようだ。
「では、文明人たる巫実剛には、今後のプランはあるのか?」
「じつは考えていることがあるんだ。放課後に出掛けない?」
「どこへ?」
「ご飯を食べに」
笑顔を浮かべる少年だった。
国道を函館方面に走る。
シルバーのハイエース。
運転するのは信二。乗っているのは、実剛、琴美、美鶴、絵梨佳、佐緒里、光則。女性の比率が高い。
残りの男たちは、とある事情で留守番だ。
「まあ、光や信一さんを試食に連れて行くのは意味ないし。どうせ美味い美味いおかわりよこせしか言わないし」
とは、美鶴の勝手な感想である。
他のメンバーもだいたい同じ意見だったので、とくに異論は唱えなかった。
准吾は負傷した教師の世話があるので、必然的に居残りである。
彼だけは割を食った形であるが、ちゃんと土産を買って帰るということで、談合は成立している。
向かっているさきは、隣町との境界ちかくに存在する食堂だ。
澪の中心街から、車で三十分ほどかかる。
どうしてわざわざそんなところに向かっているかといえば、実剛お気に入りの店だからだ。
事の始まりは、たいして複雑でもない事情がある。
実剛と美鶴が澪に引っ越してきたばかりのころ、伯父に連れて行ってもらった。より正確には、その店の近所にある函館限定のファーストフード店に行こうとしたのだが、大変に混雑していたのであきらめ、すぐ近くにある開店したばかりだというそこに入ってみたのだ。
名前もずばり澪豚。
なんでも、本州出身の生産者が、この澪町で育てた豚らしい。
たいして期待などしていなかった。
この町を毛嫌いしている暁貴はもとより、東京からきた舌の肥えた兄妹も澪の味覚には充分に失望させられてきたから。
ところが、予想は良い方向に裏切られる。
食べたのは何の変哲もない豚丼だった。
肉はそれほど厚切りではなく、白髪ネギと半熟卵がのっている。
この町の食べ物にしては小洒落た器で提供された、ありふれた料理。
衝撃だった。
旨味と深み。そしてジューシーさと柔らかさ。
たった一回の食事で、巫一族の魂は奪われた。
以来、巫家の食卓にのぼる肉は、澪豚のみになった。
絵梨佳と佐緒里が同居するまでは調理されたものを買っていたが、現在では生肉も購入している。
ちなみに、二日に一回はこの肉を出さないと、暁貴と実剛が泣く。
四十男と高校生が、にーく、にーく、と喚いている姿を想像してみると良い。
「庭に埋めてやりたくなるから」
美鶴の主張である。
とはいうものの、絵梨佳と佐緒里は基本的に男性陣に甘いので、せっせと肉料理を与えている。
こうして巫の当主と後継者は胃袋を握られてしまったわけであるが、今回の来訪は単なる外食ではない。
澪豚を町おこしに使えないだろうか、と、実剛は考えたのである。
「なるほどね。それでこの人選ですか」
ハイエースを駐車場に入れた信二が感慨深げに頷く。
たしかに兄や光を伴っても意味がない。
あいつらは、基本的に量が多ければ満足するからだ。
佐緒里や絵梨佳は、調理するものの眼で判断することが求められ、信二、光則、琴美には澪に住む者としての忌憚のない意見が求められているというわけだ。
七人が店に入る。
たいして広くはない。
二十人も入れば満員だろう。
中央の大テーブルに陣取り、それぞれに注文する。
やがて運ばれてきた料理に雑談を交えながら箸を付ける。
「ほう……」
軍師の眼が細まる。
「たしかに」
「これはなかなかね……」
光則と琴美がうなった。
頼んだものは、ごく一般的な生姜焼きとかポークチャップだ。ひねりのある料理ではない。
それだけに、素材と調理技術の善し悪しがストレートに出る。
噛むほどに溢れ出す肉汁。
柔らかく、歯触りの良い肉質。
豚肉特有の臭みもない。
もちろん実剛の話を疑っていたわけではないが、これほどのものとは思わなかった。
これなら毎日通っても良いくらいだ。
もちろん中心部からここまで隔離された場所では不可能だが。
舌鼓を打つ三人の横。
軽く視線を合わせて頷きあう絵梨佳と佐緒里。
料理をたしなむ少女たちは理解した。ここのシェフは素材の魅力を充分に引き出してはいない、と。
「どう? 佐緒里さん。絵梨佳姉さん」
美鶴が問いかける。
質問は本来は実剛の仕事だが、彼は豚肉のステーキを三百グラムほど注文して貪っているので、しばらくはそっとしておくしかない。
置いてきた光より役に立たっていない。
「愛を知らぬ者が、愛を説くことはできない」
「ごめん。ちょっと何言ってるか判らない」
「この肉にはまだまだ伸び代がありそう。研究してみる価値は充分あるねって感じね。美鶴ちゃん」
佐緒里の言葉を絵梨佳が意訳してやる。
「絵梨佳姉さん。それ本当に意訳? 理解できない私がおかしいの?」
頭を抱える女子中学生だった。
カレーライスのスプーンを置く佐緒里。
完食だ。
「店主を呼べ」
そしておもむろに口を開く。
ややあって、着流し姿の青年が現れる。
見つめ合う青年と少女。
殴り合いでも始まりそうな緊張感だ。
自分の二の腕を叩き、指を一本立てる佐緒里。
続けて太腿を叩いて一歩立て、肩を叩いて一本。腹を叩いて一本立てかけ、少し躊躇ってから二本立てた。
「かしこまりました」
心得顔で頭を下げる和服の店主。
なんで理解できるのだろう。今のブロックサインは全国共通なのだろうか。
救いを求めるように義姉候補の少女を見る。
「ウデ肉をブロックで一キロ。モモ肉もブロックで一キロ。肩ロースもブロックで一キロ。バラ肉は二キロお願いって感じね」
当然のように意訳してくれる。
判るんだ……。
しかもブロックかスライスかまで判っちゃうんだ……。
「ただ、愛ゆえに」
「おみやげに澪豚ザンギをあるだけですね。お買いあげありがとうございます」
通じてるし。
「ねえ? あんたたち打ち合わせしてるんじゃないの?」
うろんげに問う中学生だった。




