こんなシリアスな話だっけ? 3
役場で開催されている茶番劇など、実剛は知る立場にはない。
彼は授業中にもかかわらず、なにやら熱心にノートに書き込んでいる。
つかつかと歩み寄ってきた教師が、さっとそれを取り上げた。
「あっ!?」
「まったく。授業中に何を……澪町再建計画ぅ? ずいぶんと壮大だな。巫」
丸めたノートで頭を小突く。
「将来は町長にでもなるつもりか?」
嘲笑まじりの質問。
どっと沸く教室。
他人の夢や努力をバカにするのが楽しくて仕方ない。
こういう町民性だと知っている実剛は怒ったりしなかった。
授業中に別のことをしていたのも事実だし。
「すいません」
軽く頭を下げる。
本来ならそれで済むはずである。
だが、なぜか教師はノートを返そうとはしなかった。
「巫。おまえ本気でこんな事考えてるのか?」
「ええ、まあ。このままでは澪は滅びると思いますんで」
「おまえが滅びから救ってくれるというわけか。たいした救世主だ」
鼻で笑う。
悪意ある笑顔だ。
なんだろう。この先生に嫌われるようなこと、何かしたかな?
疑問を抱く実剛。
その解答が得られるより前に、少年の視界には危険なものが映っていた。
「先生っ!? よけてっ!」
警告と同時にいくつかのことが起こった。
素早く席を蹴った光則が教師を抱えて横っ飛びする。一瞬前まで教師が立っていた場所を旋風が凪ぐ。
ぴしり、と、実剛のデスクに亀裂が入る。
「さーおーりーっ!」
何とか教師の安全を確保した光則。
苦情を申し立てる。けっして男を抱えて跳ぶという行為に不満があったわけではない。
「我が主への暴言、とうてい看過できない。どけ坂本光則。そいつを殺せない」
冷然と見据える。
「どんなヤンデレだよ!? すこし落ち着けっ。あと実剛は、いつまで呆けてるんだ」
「あ、ああ、ごめん。あまりの事態に思わずぼーっとしてた」
茫然自失から実剛が立ち直る。
ひどい有様だ。
机や椅子は散乱し、教師を抱えた光則が床に倒れ、佐緒里が仁王立ちしている。
どーしよーこれ。
このまま現実逃避したい。もちろんそんなことできるわけがないが。
なにしろ最大の責任者は、実剛自身だ。
「萩佐緒里。拳を収めるんだ」
「是非もない」
淡々と命令に従う鬼の血族。
光則が教師を起こしてやる。
「先生。お怪我はありませんか?」
一応は気遣う。
「……自分で仕掛けておいて怪我の心配か。良い身分だな。巫」
蒼白になりながらも、なお悪意をぶつけてくる教師。
実剛が鼻白む。
再び佐緒里が一歩踏み出す。
「言葉に気を付けろ。いち教師風情が巫を語るか」
両目を殺意にぎらつかせて。
「……貴様らはいつもそうだな。理屈で勝てないとなるとすぐに力を使う。権力しかり、暴力しかり、澪のチカラしかり」
支える光則を振り払う。
「殺したいなら殺せばいい。そうやって恐怖で縛ればいいだろう」
「では遠慮なく」
軽く頷く佐緒里。同時に、目にも留まらぬ高速の回し蹴り。
ごきりという景気のいい音を立て、教師の右足があらぬ方向に曲がり、もんどり打って倒れる。
響き渡る悲鳴、というより絶叫。
「一撃で楽にしてもらえると思ったか? 鬼はそこまで慈悲深くはない」
もう一度足を振り上げる。
「わーっ ちょっとまってちょっとまって!」
慌てて立ちふさがる実剛。
「落ち着いて。まずは落ち着いて。あと先生も、こういうときは形だけでも謝罪してくださいよ。それが処世術でしょうが。なに子供相手にムキになってるんですか。光則、悪いけど牧村君を呼び出して。他人を回復できるのは彼だけだろ?」
矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「何故止める。巫実剛。こいつはあたしたちを侮辱したのよ?」
「侮辱されたくらいでいちいち殺してたら、三日で澪町の人口がゼロになるよっ」
「退きません。媚びへつらいません。反省しません」
「誰の台詞っ!? ていうかせめて反省はしてよっ」
光則が教師を保健室に運び、佐緒里が倉庫に新しい机を取りに行くと、教室に残される能力者は実剛ひとりとなった。
「……非常に空気が悪いんだけど……」
内心で呟く。
突き刺さる視線が痛い。
自習になったからラッキー、という雰囲気では、決してない。
かといって、文句を付けてくる生徒がいるわけでもない。
教室のあちらこちらで交わされる小声の会話。
聞き取ることはできないが、巫や芝、そして萩の悪口を言っていることだけはたしかだろう。
「気まずー……」
佐緒里と一緒にいけば良かった。
だが、それはそれで気まずいのである。
と、そのとき後頭部に何かが当たる。べつに痛みはない。
振り返ると、床に消しゴムの欠片が落ちていた。
「???」
どこから飛んできたのだろうか。
たいして気にもとめないまま前を向く。
するとしばらくして、また頭に何か当たる。
振り返ると、生徒たちは目をそらす。
「なるほど……いじめの一環なのかあー 小学生かよー」
深々とため息をついて立ちあがる。
「んっと、何か用かな?」
もちろん応えなどない。
にやにや笑いが返ってくるだけだ。
「OK。理解したよ。僕の後ろにいた人たちは、全員粛正の対象ってことで」
人の悪い笑顔で宣言。
色めき立つ教室。つい先ほど、教師が足を折られたばかりである。
ぶつけたやつ名乗り出ろよ、とか。
私は関係ない、とか。
はやく謝りなよ、とか。
ひそひそ声が聞こえる。
「あー 誤解して欲しくないんだけど、犯人探しをするつもりはないから。言ったとおりだよ」
自分の席より後ろだった人間は、全員、一人の例外もなく粛正の対象とする。
騒然となる教室。
無茶苦茶である。
ほとんどは無関係な人間なのに。
「だって、犯人探ししたって意味ないだろ。誰かが名乗り出たとしても本当かどうか判らないし。犠牲の山羊かもしれないし。あるいは、誰かに命じられてやったのかもしれないし」
可能性を指折り数える。
そんなことに無駄な時間を使う必要はない。
「消しゴムは後ろから飛んできた。つまり僕の席より後ろの人を全員処罰すれば、そのなかに犯人は絶対に含まれているからね」
笑顔。
下級悪魔も鼻白むような残忍な笑み。
普段はのほほんと善良な雰囲気なだけに、邪悪さが際立つ。
小さな悲鳴を上げて脅える女生徒たち。なかには泣き出す者もいた。
つい先ほど、目の前で教師が暴行を受けたのだ。
失礼な口をきいた、と、一方的に判断されただけで足を折られた。
次は足だけでは済まないかもしれない。
「っざけんなっ!」
拳を握りしめ、ひとりの男子生徒が飛び出す。
なかなかの勇気だ。
恵まれた体躯。厳つい顔。おそらく腕力にも自信があるのだろう。
「おや?」
小首をかしげてみせる実剛。
「君が、このクラスを救う勇者かい?」
両手を広げる。
「良いだろう。君が僕を倒すことができれば、このクラスは解放される」
誘うように、歌うように言う。
ただし、負ければどうなるか、充分な想像力を働かせて欲しい、と付け加えた。
巫の一族に公然と逆らう。
勝てば英雄。負ければ一族郎党皆殺し。
「うん。じつにシンプルだね。さあ、かかってきなさい。僕は眷属の中でいちばん弱いぞ」
一応、構えを取ってみせる。
動かない男子生徒。
否、動けないのだ。
彼は実剛の言葉を額面通りには受け取れなかった。
勝てば英雄なんて嘘だ。
戻ってきた佐緒里や光則に殺されるだけだろう。
そしてそのとき、クラスメイトたちは庇ってはくれまい。
「……も」
「も?」
「申し訳ありませんでしたっ!!」
がばっと、男子生徒が土下座した。
額を床に打ち付ける音が響く。
ブルース・リーみたいなポーズを取っていた実剛の動きが止まる。
ここが落としどころか。
判断した少年が笑顔を浮かべる。わだかまりを解くとびきりの笑顔だ。
「君の勇気と義侠心に敬意を表して、さっきのことは水に流すよ。みんな、良いクラスメイトをもったねぇ」
ほっとした空気が流れる。
つい先ほどと言っていることがまったく違うが、気づいた者はいなかった。
詐術的な弁舌。
さすが、巫暁貴の甥であった。




