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悪役令嬢ですが、破滅イベントよりホコリの方が気になります。  作者: 南蛇井


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掃除聖女伝説

――それから数十年後。


後世の歴史書を開けば、必ず一つの名に行き当たる。

王家の系譜にも、宰相の記録にも、軍の戦史にも属さず、それでも堂々と刻まれた異彩の人物。


その名は、ミランダ・エヴァンス。


記される肩書きは「清掃大臣」ではなく、ましてや「王妃候補」などでもない。

ただ一つ、輝く称号――


《掃除聖女》。


洪水の後に泥と瓦礫を払い、瘴気漂う下水を清め、疫病の蔓延を食い止めた。

さらには王国転覆を企んだ反乱軍の隠し倉庫すら掃除の途中で暴き出し、その計画を未然に潰した。


歴史家は記す。

「彼女の武器は剣ではなく、モップであり雑巾であった」

「その一振りは軍勢よりも重く、その一拭きは千人の命を救った」


――こうして、一人の掃除好き令嬢は、王国の正史に「世界を救った聖女」として刻まれたのである。


――民衆の間では、噂は噂であり、やがて神話に近い伝説となった。


「王都が洪水や疫病に襲われても、あの掃除好き令嬢がいれば大丈夫」

「いやいや、あの《掃除聖女》の雑巾一枚で、王国は何度も救われたんだ」


村の井戸端や市場の軒先、農村の宿屋でさえ、人々は笑いながらそう語り継ぐ。

子どもたちは、泥まみれの雑巾を振り回す少女像を描き、誇らしげに「ミランダ様!」と呼ぶ。


寺院の聖堂や王立学校の教室には、色鮮やかな肖像画が掲げられる。

そこには常に、ほこりひとつ落ちていない机と、清らかな微笑みを浮かべる令嬢が描かれていた。


「清潔は力なり」――それは伝説となったミランダの言葉であり、戒めであり、希望でもある。


ただ一つ、誰も知らない秘密がある。

その美しい令嬢の中身は、かつてのギルドで過労死寸前だった中身おじさんであったことを――。


民は知らずとも、王国は今日も、掃除の力で守られているのであった。

――王国の子どもたちに語り継がれるミランダ伝説――


「昔々、戦場に出かける兵士も、疫病に怯える民も、ただ一人の令嬢によって救われたことがあるのです」


小さな子どもたちは、目を輝かせて聞く。

「どうやって?」

先生が笑顔で答える。


「モップ一本で戦を止め、雑巾で悪臭を滅ぼしたのです」


民間伝承では、時に誇張される。

ミランダが歩いた村は、必ず豊かになり、作物は実り、井戸の水は清く、家々は笑顔で溢れたという。


市場では大人たちも噂話に花を咲かせる。

「ほら、あの掃除聖女が通った家は、次の冬でも暖かいんだとか」

「そうそう、井戸掃除のあと、子どもたちの病気も減ったんだよ」


現実より少しだけ大げさに、しかし確かに「掃除による奇跡」として、人々の心に残る。


そして――誰も知らない真実は、あの聖女の中身は、かつてのギルドおじさんだったことだけ。


それでも、伝説は伝説として、王国中で語り草となり、次の世代へと受け継がれていくのであった。

――それはいつしか「民の口から口へ」と伝わる昔語りとなった。


旅の吟遊詩人は酒場で歌う。

「彼女はモップ一本で戦を止めた!」

兵士たちは酔いながらも「おお!」と声を合わせ、胸を叩く。


町の井戸端では老婆が語る。

「雑巾で悪臭を滅ぼしたんだよ、ほんにあのお方は」

子どもたちは目を丸くして、「雑巾って、そんなにすごいの!?」と囁き合う。


農村の祭りでは、若者が笑いながら言う。

「ミランダ様が歩いた村は、必ず豊かになったってさ。だったら、この畑も掃除してほしいもんだな!」

すると年寄りは頷く。

「いや、あながち冗談でもないぞ。井戸をきれいにし、道を整え、病を減らした。あの人は本当に豊かさを運んでくださったのだから」


どこまでが真実で、どこからが誇張なのかは、もう誰にも分からない。

だが、人々の暮らしを良くしたことだけは、確かな事実。


――こうして「掃除聖女の逸話」は、民間伝承として広がり、王国のいたるところで語り草となっていった。――そして時は流れ、後世の人々は事実をどんどん美化していった。


学者たちは重厚な書物に記す。

「彼女は天より遣わされた真の聖女であり、その清き手で王国を浄化したのだ」


庶民は素朴な信仰心から語り継ぐ。

「ほら、掃除をちゃんとすれば、ミランダ様がきっと守ってくださるんだよ」

子どもたちは嬉しそうに箒を振り回し、まるで遊びのように村を磨き上げる。


やがて寺院には「掃除聖女像」が建立され、人々はその前で祈るようになる。

「どうか我が家の埃を祓いたまえ……」

――掃除道具を捧げ物として供える奇妙な風習まで生まれた。


学問も信仰も、そして庶民の暮らしさえも、彼女の名に結びつけられ、いつしか「掃除魔法少女伝説」として宗教的な色合いを帯びていく。


だが――誰も知らない。

その“聖女”の中身が、かつてただの掃除好きのおじさんだったことを。――時はさらに流れ、遥か未来。


教室に差し込む陽光の下、子どもたちが歴史の授業を受けていた。

教師は黒板に大きく書き記す。


『掃除聖女 ミランダ』


「──この方こそ、清潔の力で国を救った偉大なる聖女です。洪水から人々を守り、病を防ぎ、戦を止めた。だからこそ、わたしたちの王国は今もこうして平和に続いているのです」


机に頬杖をついていた少年が、ふと顔を上げ、目を輝かせた。

「すごいな……! 僕も、いつかミランダ様みたいに、人を救える掃除をしたい!」


周りの子どもたちも「うん!」「やろう!」と笑顔で頷く。

その小さな夢の種が、また次の世代へと受け継がれていく。


ページを閉じるように、静かな声が響く。


──かくして、一人の掃除好き令嬢は、時を越え、人々の心を清め続ける伝説となった。


【完】


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