#96「ねぇ、次もさ・・・」
いつの間にか太陽は沈んでおり、西の空はかすかに明るく赤みがかっていた。冬場はあっという間だ。
いくつかネビロス様と一緒にアトラクションを回った。何もかも忘れて楽しんだ私はかつての自分を取り戻せたのかも知れない。
だが、普通の女の子でいられた時間は一瞬で過ぎ去ってしまった。
そして今、最後に観覧車で夜景のタニブの街を眺める。
こうして2人っきりの時間は終わりを迎えようとしていた。
「綺麗な街だね」
パーク外では立ち並ぶ建物の灯り、ホログラム標識の灯り、道路を行き来する車の灯りがライトイルミネーションのように街を彩る。
獣人達が生きるこのタニブ市は夜空の星に負けないくらい色とりどりで美しかった。
向側に座る彼もその景色に見惚れて微笑みながら頷くのだった。
「ああ、そうだな」
哀愁漂う彼の横顔。
ずっと彼はぬいぐるみの中だ。楽しい時間の筈なのに刹那さを感じる。
これ以上会話が続かず、落ち着かないぐらたんだった。彼と一緒にいるのに何か満たされない。
それも今向い側に座っている小さな彼は、彼ではないから。
「ネビロス様」
「何だ?」
「やっぱりね、私は本物の貴方と一緒にいたい」
ぐらたんはネビロスに両手をかざすと、呪文を唱えた。
「ゲシュロッセン・ラウム!」
「ぐらたん、こんな所で・・・」
ぬいぐるみの彼が怯む中、ゴンドラ内が歪む。
もう一度彼女はネビロスにかけられた結界の解除を試みるのだった。
「もんちゃんのトレーニングルームでも神通力の鍛錬は続けて来たし、今度こそ貴方に会いたいっ!!」
ぬいぐるみから結界が膨張するように飛び出した。光を放ちながら、うねって更に大きく広がるのだった。
光が収まると、ネビロスはゆっくり目を開ける。周囲は小さく感じ、目の前に立っているぐらたんを見下ろす形になっていた。
「えっ・・・!?」
重力——
しっかりと自身の足で床を踏んで立っているこの感覚が久々にネビロスの五体に蘇った。これほど自身が重たかったのかと改めて思い知らされるのだった。
「と、解けたのか?」
銀髪の少年は自身を見回す。
そして後を振り向き、シートを見下ろすと自分自身だった白いぬいぐるみがちょこんと座っていた。
「そうだよ! ネビロス様、おかえりっ!」
遂に等身大の彼と会えたことで、ぐらたんは興奮気味にネビロスへ更に距離を詰めた。
距離が縮まったことでネビロスは少したじろぐのだが・・・そんな彼がとても大きく感じた。
髪だけではなく、彼の身長も収穫祭の時より明らかに伸びていてた。
「・・・ネビロス様っ、いつの間にこんなに背が伸びたの?」
当たり前だが、背伸びしても届かない。知らないところで成長していた彼に置いて行かれた気がするが、それ以上にステキな感じでドキドキが止まらないのだ。
目を輝かせて見上げるぐらたんを見下ろすネビロスは、実感が湧かないまま首筋から後頭部の銀髪を軽くかき上げる。
「う~ん、そうかもな・・・。でも遂にやったな、ぐらたん! ありがとう」
素直に感謝する彼にぐらたんは顔を赤らめて照れる。彼女の垂れた犬耳はピコピコ動くのだった。
「えへへっ・・・。でもまだまだ」
ぐらたんは視線を外に移した。彼女に釣られてネビロスも外を見るのだが、窓の外が揺らいで見えた。
どうやら完全に邪龍の封印が解けた訳ではなさそうだ。
「今回は結界を大きく広げてみたの。この部屋までが限界・・・」
ぐらたんは少しフラつくところを、ネビロスが咄嗟に両手で支えた。
「またまた無茶をする・・・」
「ネビロス様も言えないでしょ・・・」
「「あっ・・・」」
お互いエメラルド色の目が合い、2人ともその瞬間時間が止まったようにじっと見つめあった。
☆☆☆
観覧車周辺を囲う柵、そして更に生垣が囲っているところに設置してあるベンチにカオリ一行は、端末に流れるホログラムの映像に興奮しながら食い入る。
「「「おおおおおおおおっ!! いったああああッ!!!」」」
「いいよ〜ッ! 2人とも!」「こしょばいぜっ」「ネビロス様、もっと・・・もっと攻めるギャン!」
観覧車を並んでいる客達は突然の歓声にビックリしてカオリ達に注目するのだった。
「・・・」
数々の視線を浴びて、シュトーレンだけは背徳感を抱えたまま、映像を静かに眺めるのだった。
『・・・す、すまない』
『・・・う〜うん。こっちこそ』
しかし、3バカの思い通りにはならず、我に返ったぐらたんとネビロスはすぐさま離れてしまった。
「いい感じだったのに〜」「全くこのヘタレ〜~ッ」
展開が進行しなかったことに、カオリとやどりんは悔しがりながら、飲食エリアで買ったピザに齧り付く。
「お嬢様も、いつもなら遠慮なく飛びつく筈なのに・・・」
アギャンもピザを食べ始めるが、ずっと静かなシュトーレンが気になり、声をかけた。
「どうしたギャン? 食べないギャン?」
「あ、ああ・・・ありがとう。頂くよ」
彼女から受け取ったピザの1切れを口にして、真剣な顔でホログラムを見つめるジャーナリストの彼。
カオリも気にかける。
「どうしたの、シュトーレンさん。恋愛とか苦手だったり・・・?」
「いやいや、バカにしないでくれよ。おじさんだってな、若い頃は・・・」
無縁じゃなかったことにカオリとアギャンとやどりんは興味を示し、シュトーレンに期待の眼差しを向けた。
「うっ・・・いや、その話はまた今度。俺が気になったのは、ネビロスの大将って以前何処かで見たことあるようなきがしてな・・・。彼の素顔を見てさ」
「今更どうしたんだよ? パフェ祭りで既に顔は知っていたんだろ?」
「まあ、そうなんだけどな・・・うーん、思い出せん。銀色の髪・・・」
『と、隣、いい?』
『あ、ああ』
妙なを言い出す彼だったが、ぐらたん達の会話が気になり、再びみんなホログラムを眺めるのだった。
ぐらたんとネビロスがピタッとくっ付くように座っていて、カオリとアギャンはニヤニヤが止まらない。
『ネビロス様』
『なんだ?』
『・・・今日はとても楽しかったね』
『ああ、僕も来て良かった。でもモフモフパラダイスなのにモフモフ出来ないのは心残りだったが・・・』
モフモフに執着する彼に、ぐらたんは内心呆れてそうな感じだったが、
『楽しかったよ。何より、今こうして久しぶりに本来の自分自身で、お前と話す事が出来て』
彼の回答に、ぐらたんは笑顔になる。
☆☆☆
「うん! 私もネビロス様にやっと会えて嬉しい!」
暖かい感触に気がつくと、いつの間にか右手がネビロスの左手に重なっていたのに気づき、そっとぐらたんは彼に悟られないように手を離した。胸元で自身の右手を左手で包むように組んでもじもじさせる。
「・・・。ねぇ、次もさ・・・」
「?」
「機会があったらまた二人で遊びに・・・」
次回も誘うぐらたんに、ネビロスは微笑みながら外の風景に目を向け、はっきりと答える。
「もちろん」
そしてぬいぐるみを手に取って見せて、ぐらたんに視線を戻した。
「次こそは結界を完全にといてだな・・・奴らとの戦いにケリをつけた後、改めて行こう」
その答えを聞けて、ぐらたんは頬がじんわり熱くなるのを感じながら嬉しそうにそっと頷く。
「うん、全てを終わらせて、それから・・・」
しかし、このままでいいのだろうか?
嬉しい気持ちの影で、突如ぐらたんに不安がよぎる。
全て解決してネビロス様が元に戻ったとしても、その後は・・・元通りにまたノグラカフェで使い魔としてずっといられるのか・・・? ずっと自分を偽ったまま。
偽りの関係、偽りの気持ちのままで演じ続けるのか?
彼女の両手が微かに震えてくる。
いずれ彼は私の裏切りを知る事になり、この旅の終着点には残酷な未来しかない。
急に現実が立ちはだかり、ぐらたんは浮かない顔で俯くのだった。
「どうした、ぐらたん?」
心配そうにネビロスはぐらたんを見つめる。
「・・・違う」
ずっと罪悪感を抱えたままは苦しい。これ以上は耐えられない。
ぐらたんはシートから立ち上がり、ネビロスの方へ振り返る。
「コードネーム「ぐらたん」・・・」
彼女のほそぼそ震える声にネビロスは戸惑う。
「いきなり何を言ってるんだっ?」
ぐらたんは蝙蝠の翼を広げる。
「私は・・・ね、死神局で正式に登録されている使い魔じゃないの。ヘルヘイム出身なんて、嘘。本当の私の名前はグラーシャ・ラボラス。貴方の力、「ナベリウスの遺産」を手に入るため魔界パンデモネア帝国から来た・・・悪魔なんだよっ!」
涙を浮かべ、ぐらたんは大好きな彼に真実を告白した。
これ以上苦しむくらいなら、いっそここで打ち明けて楽になった方が良かったからだ。
衝撃の告白を受けたネビロスは、目を見開きその場で固まる。




