#91「悪く思わないでくれよ?」
晴れたタニブ市の朝。ぐらたん達は一週間ぶりにこの街に戻って来た。
ポラリスが白いワゴンの運転席から顔を出す。
「さて、私の出来る事はここまでです。後はもん太牛がなんとかしてくれるでしょう」
「先生、今までありがとうございました。裁判頑張って下さいね」
「ありがとうございましたギャン」
車の外からカオリとアギャンが手を振った。
「頑張るも何も、結果は見えてるのです。残念ながら今日でお別れです。心残りはネビロスのスイーツがもう食べれない事ですかね」
「お世話になったよ、ポラリス先生。先生の分まで私たちが美味しく頂くよ」
別れの挨拶と言うよりも挑発だった。ぐらたんは今までのお返しと言わんばかりに彼女を煽るのだった。
それに対してポラリスは動じずに、にこやかに反応するだけだった。何か影のあるスマイルで怖かった。
「では、また会うことがあれば・・・」
扉の窓を閉じて、ワゴンは走り去っていく。市内の簡易裁判所へ。
出来ればもう会いたくはない。
嵐が去ってくれて、ぐらたんは一安心するのだったが、帰って来たミルクベーカリーは最初と違って驚くほど客の行列を作っていた。
入り口に一歩前に進めば、並んでいる豹やライオン、ジャガーのご婦人達や女子高生らから殺気ある視線が向けられる。獲物を横取りされないように、割り込もうとするぐらたん達を睨むのだった。
なぜこんなにも列を成しているのかと言うと、入り口にあるホログラムで「新商品ふわふわサクサクメロンパン」や以前食べた「チョコクロワッサン」のノボリが上がっていた。それら目当てで集まっているのだろう。
「流石ネビロス様・・・。でもノグラカフェじゃ、忙しくてもこんなにいっぱい人が集まった事はない・・・」
「そうなんだ・・・。あはは、パフェ祭り入賞者は伊達じゃないね」
殺伐とした空気に圧倒されて、ぐらたん達は店の前で立ち往生していた。
その時背後から、
「ここまで繁盛しているとは、スダチも腕をあげたな」
低い男性の声がした為、振り返るぐらたん達。
そこに立っていたのは2メートルを超えるミノタウルスだった。
ミノタウルスと言っても、逞しすぎる程のキレキレの筋肉を持った屈強な大男が黒い水牛のような被り物を被っているだけだ。
獣人だらけの街で特に驚くことではないが、ぐらたん達が絶句してしまったのは、その牛男がボクサーが履くような短パン一丁の半裸姿だったことだ。
この季節で挑戦的な格好だ。
「す、スダチさんを知っているの?」
カオリの父を知っていることからぐらたんは恐る恐る問いかける。
牛男はイカつい牛の顔が緩んで気さくに答えてくれた。
「驚かせてしまったかな? その通り、なぜならこの私こそ、ミルクベーカリー・モンタギューの店長っ! もん太牛命であるのだからッ!」
そして得意げな顔で、ビシッとマッスルポーズを決めるもん太牛と名乗った牛男。ニカっと剥き出す歯が最後にピシャーンとフラッシュした。
しばらく間が開き、漸くぐらたん達は丑神本人だと理解して驚く。
「じゃ、じゃあ・・・貴方が、イヌガミルクを作った丑神様ギャン!?」
「イエスッ! アイッ・アムッ! 私のことはもんちゃんと呼んでおくれ。カオリ君に、アギャン君に、ぐらたん君・・・君たちの事はご老公、はっか龍王様から聞いているよ。君たちの修行の為に張り切っていたが・・・申し訳ない。どんなに鍛えても風邪には勝てなかったよ」
再びポーズを変えるもんちゃん。
ぐらたんは「そりゃそうだ」と心の中でツッコミを入れるのだった。
彼のノリに少し困惑しながら、カオリは乾いた笑いをして流す。
「え、まぁ、はっちゃんみたいなゆるキャラみたいなの想像してたよ・・・、父がお世話になっております」
彼女の言葉と顔を見て、もんちゃんは驚愕しながらポーズを変えた。
「父? そうかっ!! 君がスダチの娘か!? 確かに似ている。今君がイヌガミカンを引き継いでおるとは、これも運命か・・・。よし、ここで話すのもなんだが、中で話そう」
3人はコクコク頷く。
「そうしたいんだけど・・・」
カオリは店に視線をやる。殺気立つ長蛇の列で中々近寄りがたい。
同じく見ていた丑神は、笑いながらまたもやビシッとポーズを決めた。
「わははははっ、任せなさいッ!! 私の店だ。私の言葉を聞けば瞬く間に道は開けるだろう!!」
店へ突然しようとしたところ、店からの放送が流れた。
『ふわふわサクサクメロンパン、およびチョコクロワッサンがただいま完売となりました。こちらをお求めのお客様、大変申し訳ございませんが、またのご来店をお待ちしております』
やどりんの声だった。彼女にしてはおしとやかだ。その知らせを聞いた途端、落胆した獣人達は一斉に散らばっていた。
店の前にはもんちゃんがポツンと取り残されて、虚無感漂う顔をぐらたん達に向けた。その顔から何も言わず目を逸らそうとしたその時、
「お師匠! 良かった、戻られたのですね!?」
店の扉からスダチが出て来た。
カオリが反応して彼の元に駆けつける。
「お父さん、ただいまっ!!」
「おかえりカオリ。それにぐらたんさんやアギャンさんも、修行お疲れ様」
「どーも。もうヘトヘト」
「あははっ、そうだろうね〜」
彼女らと話していると、もんちゃんも彼の元に歩みよった。
「スダチっ! ここまで繁盛するとは・・・随分と腕を上げたな。私も嬉しいぞ。後は私のように逞しい肉体になるよう鍛えないとな」
「え? あ、いや・・・あはははっ。いえ〜、僕はまだまだ・・・。これも、ネビロスお師匠のおかげです」
苦笑するスダチは後頭部を掻きながら、視線を店内の方に向けた。
「んん? ネビロスお師匠?」
もんちゃんはよく分からないまま、バイトか何かと思っていたところ、スダチの頭上あたりに奇妙なクリーチャーのぬいぐるみが飛んできた。
「みんな、お帰り・・・」
ネビロスは丑神を見てはギョッと固まってしまうが、もんちゃんは構わず屈強な手を差し伸べた。
「なるほどな。一目見て、君の中に職人魂を感じた。君が私のお店を・・・。ありがとう、ネビロス君。私がもん太牛命だ」
「あ・・・ああ、礼を言うほどじゃないさ。パンもお菓子もかける情熱は同じだからな。ネビロスだ。よろしく」
ネビロスは恐る恐る差し伸べた彼の手を受け取り握手を交わした。
しかし、お互い同類だと分かり、直ぐに息が合うのだった。
「ごもっともだ・・・」
「フフフっ」「はははっ」
2人にしか理解できない領域で、周りのみんなはついて行けずポカーンと見ることしかできなかった。
その中でぐらたんは微笑ましく彼を見つめる。
いつも通りのネビロス様だ。今はこのままでいい。いずれ本当のことを話さないと行けないけど、それはいつかきっと・・・。
無言のまま見守るぐらたんをカオリは察して同じように静かに彼らに向き直るのだった。
「アンタら、こんなところで油売ってないで店を手伝えっ! 客の出入りの邪魔になるだろっ」
不機嫌そうな顔でやどりんが店の中から飛び出して来た。髪を纏めてバンダナをつけており、店のエプロン姿がとても様になっていた。
「「ごもっともだっ!」」
丑神とネビロスは声を合わせて店へ入っていた。ぐらたん達もお互い顔を合わせながら、苦笑いをする。
「こっちもこっちで大変そうだギャン・・・」
「そうだね」
「じゃあ仕方がない。私たちも手伝うとしますかっ!」
☆☆☆
「わ、私の店が・・・」
帰ってきたもんちゃんは店の中でいきなり呆然と立ち尽くしていた。
外のショーウインドウからはパンで敷き詰められていてよく見えなかったが、店の中は最初来た時より全然違っていた。壁紙はピンクになり、ツタを模した毛糸が張り巡らされている。そのツタに沿て複数のマスコットがぶら下がっていた。
とても可愛らしく、メルヘンでファンシーな店内を見渡しながら、ぐらたん達は目を輝かせる。
「すご・・・」「かわいい」
完全にターゲットを絞ったということで、女性達が列をなしていた事に納得した。飲食スペースでは女子高生のお客達がパンを撮影しながら、おしゃべりをしていた。
感激している犬神少女の前で、やどりんは得意げに語るのだった。
「どーだい? 地味だったから、あたしが模様替えしてみたんだ。中々イケてるだろ?」
「ははは。すみませんね、もん太のお師匠。許可なく勝手にリフォームしちゃって」
スダチは後頭部を撫でながら頭を下げる。もんちゃんは耳に入っていないのかずっと固まったままだった。
カオリが前に屈んで、やどりんに話しかける。
「へ〜、やどりんが? すご〜いっ! それにその格好とても似合ってるよ! 本当にパン屋さんみたい」
身なりのことを言われ、やどりんは無駄にクルっと一回転して見せた。
「へへ、よせよ。頑張ったのは飾り付けくらいだ。こう言う商売はガラじゃねーから、後はヤロー共に任せてる」
満更でもなさそうな彼女に、ネビロスが横から茶々を入れた。
「そう言いながらノリノリだな、やどりん。接客も文句無しで完璧だった」
「・・・ほっとけ」
いつもの無愛想な顔に戻り、そっぽ向くやどりん。頬が赤くなっている。
ネビロスの言葉を聞き、ギャップ見たさにカオリはやどりんに迫った。
「えっ!? そーなんだ! じゃあじゃあっ、さっきの放送言ってみてよ。本当にやどりんが言っていたの?」
爆発しそうなくらい顔が真っ赤になるやどりん。
「うるせ〜。さっさと着替えて手伝えっ! さっさと終わらせて、さっさとイヌガミギアの調整するぞ! もん太牛のオッサンもイヌガミルクの調整してくれんだろ?」
「お、オッサン・・・? も、もちろんだ! 兎に角、これで成功してるのなら・・・まぁ、良いかっ!」
もんちゃんは、ほっこりとした顔で店で食事するお客達を見てゆっくり頷くのだった。
「い、犬神少女〜〜っ!!?」
その時厨房から、おどろおどろしい声が聴こてきては、見知らぬ無精髭の中年男性がヌッと頭を出した。目が血走っていて、顔色の悪い不気味な笑顔をぐらたん達に向けるのだった。
やどりんは隠していたモノが見つかってしまったのかのようにバツの悪い顔をして、頭を抱える。
突然のことだったのでカオリは絶叫して、父の後ろにサッと隠れた。
彼をよく見れば、お店のエプロンを身につけていた。暖簾から飛び出して、みんなの前に躍り出る。
「はははははっ! 久しぶりだぁ! お嬢さん方! この時を待っていた!!」
「久しぶり? おじさん、誰?」
ぐらたんはキョトンしながら男性に質問した。男性はガクッと頭を下げて、再び顔を上げる。
「・・・オレは」
男性が名乗ろうとしたところ、ネビロスが割って入って代わりに紹介した。
「ああ、彼はバイトで雇った・・・シュトーレンだ」
納得したもんちゃんは、にこやかに新入りを迎える。
「そうか新入りだったか・・・よろしくシュトーレン。私が店長だ。不在の間はどうも。・・・なんだ、いるなら早く出てきてくれれば良かったものを」
「いやー、立て込んでまして・・・アルバイトのエリック・シュトーレンです! ホエッターで広報活動をしました。見事に口コミが広がってお店はこの通り・・・って、違うッ!! オレはフリージャーナリストのエリック・シュトーレンだッ! フフフッ、約束通り、君たちの密着取材を!!」
ノリツッコミする男がジャーナリストということで、ぐらたん達は漸く彼を思い出した。
「あー、あの時のっ!」「全く、諦めの悪いオッサンだギャン!」
シュトーレンはほくそ笑みながら、ポケットから携帯端末を取り出す。
「フフフッ、手ぶらでバニラホワイトに帰る訳には行かないからな・・・、彼に許可は貰ったんだ。悪く思わないでくれよ?」
取材を始めようとする彼に準備が出来ていないカオリは慌てて、聞き返す。
「ちょっと待って・・・彼? 許可って?」
カオリは、シュトーレンの視線に釣られて振り向くとその先にはネビロスがいた。まさかとは思ったが、ぬいぐるみの彼は気まずく目を逸らしたので、ムッとした顔で問い詰めるのだった。
「んもぅ、ネビロス君!! 勝手に取材を許すなんて、見損なったよッ!」
ぐらたんやアギャンからも鋭い視線がネビロスに向けられる。
「ネビロスサマノウラギリモノ・・・」「コレは一つ、お仕置きが必要だギャン」
「うっ・・・」
助けを求めようとウンギャンやスダチに視線を送るが、彼らも無言のままネビロスから顔を逸らした。もんちゃんはポカーンと見続けていて状況が飲み込めておらず論外だ。
迫る犬耳を生やしたカオリやぐらたん達に囲まれて、アギャンの言うお仕置きに何か期待してしまうネビロスは、口元が不自然に緩んでしまう。しかし、理性がしっかりと欲を押し潰した。
シュトーレンを一瞥し、彼は言い訳をする。
「す、すまないな・・・、あんなに詰め寄られたら営業の邪魔になる。INU言語も勉強しないといけないし、人手が欲しかったから取材を条件に彼を雇った。僕はそれでオーケーを出したが・・・後はお前たちが取材を受け入れるかどうかだ」
「あ〜〜〜っ! きったねーぞッ!! ネビロスの大将ッッ!!」
彼の手のひら返しに、シュトーレンはひどく動揺してネビロスに掴みかかった。
犬神少女達は呆れ返る中、奇妙なぬいぐるみは余裕のある澄ました笑みを浮かべる。とても殴りたい顔に映ったのか、シュトーレンは振り上げた拳をプルプルと震わせた。
「何を勘違いしてるんだ、シュトーレン。最初に言った筈だぞ? 僕は許可するが、最終的に彼女達の判断に委ねると・・・」
「ち、チクショ〜〜・・・・」
シュトーレンは力が抜けたように崩れる落ち、膝をついた。手が離れたことで、ネビロスは何事もなかったように乱れたエプロンを整えた。
つい最近どこかで見覚えのあるシチュエーションを思い出しては、ぐらたん達はざわつく。
「う、うわ・・・ネビロス君、おそろしい子」
「なんだろ・・・なんか悪寒が」「流石、先生の教え子だギャン」
「で、どうするんだ? お前たち」
そして容赦なくネビロスは彼女らに振った。トドメをぐらたん達に押し付けやがったのだ。
滝のように涙を流すジャーナリストと目が合い、縋り付くように彼は迫ってきた。
「た、頼むっ! お嬢さん方、取材させてくれ〜〜〜ッ! このまま手ぶらじゃ帰れないっ! ウチには姪っ子がお腹を空かせて待っているんだ! 頼むよぉぉっ!」
目をウルウルさせて必死にお願いする彼を見て、こっちまで可哀想になってきた。
困り果てたカオリはシュトーレンを見つめ、揺らいだ心が遂に動く。アギャンとぐらたんと顔を合わせた後、彼女達はヤレヤレとため息を吐く。
「・・・仕方がない。いいよ。シュトーレンさんだっけ? 取材受けて上げる」
差し出したカオリの手を前に、シュトーレンは勢いよく頭を上げてパァ~っと目を輝かせた。
「本当かいっ!!? イヤッハアーーーーーッ! やっぱり犬神少女は女神だっ! ありがとうっ! ありがとうっ!」
カオリの手を取り、ブンブンと振った。
「でも、余り前に出てこないでね。戦闘中は、貴方を助ける隙があるかどうか分からないから」
ぐらたんは浮かれて歓喜するシュトーレンに一つ忠告するが、彼は首を横に振った。
「いや、撮りたいのは犬神少女の戦いじゃなくて・・・、犬神少女の普段の姿さ」
「「「えッ!?」」」
「・・・。見ちまったからな、あの時の公園の戦闘・・・、そして奥の神社で決着をつけるまで」
「いつの間に・・・」
アギャンはジト〜ッと目を細めて彼を見る。
「あー、後、実はと言うとその前のお昼ごろの騒ぎも見てた・・・まあ、そこはどうでもいいんだがな。兎に角、全部こっそり見させてもらった」
シュトーレンは後頭部を掻きながらヘラヘラするが、次の瞬間態度は一変した。
「アクムーンとの戦闘。あれは憧れていたアニメや、映画なんかとは違う・・・現実で起きている戦いなんだってことを。あれは生々しい命のやり取りだ・・・」
真面目な顔でシュトーレンは俯き、持っていた携帯端末をギュッと強く握りしめた。
その彼にぐらたんは言い聞かせる。
「そうだよ、おじさん。戦いってのは華やかでカッコいいモノじゃない。残酷で非常に悲しいものなんだよ・・・。それでも私たちは戦うんだ」
再び顔上げたシュトーレンの目に映ったダークパープルの垂れ耳を持つ少女はまだ幼さがあるものの、そのエメラルドの瞳は深く重たい眼差しだった。その目で語った彼女の言葉には何か説得力があり、彼の心に重たくのし掛かるのだった。
「ああ、この目で見て初めて分かった。だが、みんな表面上でしか犬神少女を見ていない・・・。英雄は所詮英雄としか見ようとしないんだ。だからオレは、本質である普段の君たちをみんなに伝えたい・・・。君たちがたとえ強くても、やっぱり普通の女の子なんだってことを」
じっと犬神少女達とシュトーレンは見つめ合う。
しばらくして、ぐらたんは微笑んで見せた。
「そう・・・、じゃあよろしくね。シュトーレンさん」
「よろしくな。早速撮りたいから、制服に着替えてきてくれないか? やどりんの姐さんが痺れを切らさないウチになっ!」
シュトーレンは端末で撮る仕草をして、ウインクする。カウンターにはやどりんが既に持ち場に戻って客との対応をしていた。チラチラと彼女は視線を送り、圧をかけていた。
「わふふ、そうだね」
「さて、僕たちの戦いはまだまだこれからだっ!」
ネビロスの掛け声とともに、みんなは厨房へ殺到していった。




