#79「私が根性叩き直してあげます!」
ミルクベーカリー・モンタギューの屋根の上。ポラリスに連れられ、ぐらたん達は犬神少女に変身した。
先生曰く、修行の前に3人の力を見たいのだと言う。
「「「イヌガミライズ! マジカル・・・」」」「イヌガミント!」「イヌガミカン!」「イヌガミルク!」
3色の光の中から犬神少女が現れると、
何だ何だとパン屋の側を通る一般の獣人たちの視線が集まる。更に現地人ではない人間・・・ここで言うノーマノイド達が端末を片手に群がってきた。
店から出たスダチとネビロス、やどりん、ウンギャンは集まってきた野次馬たちを押しのけ屋根の上の犬神少女達を見上げるのだった。
その中でスダチは目を見開き、驚いた表情でミカンを見上げたまま口を開いた。
「ああ、イヌガミカン・・・! やっぱり・・・」
「ミカンがどうかしたんですか?」
彼の反応にネビロスはスダチの顔の方に振り向く。聞こえていないのか彼はただミカンを見つめていた。
分厚い雲に覆われたタニブの街に冷たい北風が吹き付ける中、ポラリスとの模擬戦が開始される。
☆☆☆
——ミルクベーカリーの屋根の上。
「い、いきなり、手合わせしろって言われても・・・!」
ミルクは戸惑いながらブラスターを収める両腰のホルスターに手をかける。
数軒離れた建物の上にはポラリスが立っている。風の音に混ざりながら彼女は大きな声で尻込みする犬神少女達に言い聞かせるのだった。
「貴方達の力量を理解するのには、手っ取り早い方法なのです!」
風に煽られるウィンプルが鬱陶しいのか、ポラリスは脱いで懐に無理矢理突っ込んだ。隠れていた白い三角耳があらわになる。
「で、でも、こんなところで戦ったら騒ぎになるし、報道陣が集まってくるよ〜!」
ミカンは特に人目を気にしていた。
「そんな事を気にして、世界を救おうと言うのですか? スクープの一つや二つ、些細な事です。私が根性叩き直してあげます!」
「うっ・・・」
最もな事を言われ、これ以上ミカンは言葉が出なかった。
「やるっきゃないよ、ミカン。今から修行が始まったみたいなものだし。私達の力を思い知らせてやろう」
「う、うん」
ミントに背中を押され、ミカンは漸くシトラスブレイドを構えた。
「さて、やっとやる気になってくれたことで、貴方達にはこれで十分でしょう」
後ろに手を組んでいた手を放すと、ポラリスの両手にはそれぞれ木製の棒が握られていた。
「ああっ! 先生、やめてくださいっ!! それ・・・」
地上から見守るスダチが喚く。彼女が手にしていたのは、
「ウチの麺棒っ!!」
パン生地を伸ばす麺棒であった。スダチの声など聞く耳持たない。
「さっさとかかって来なさい」
ポラリスは2本の麺棒をクロスさせて構える。
「舐められたもんだ! 行くよ、ミカン、ミルク!」
冷たい風で乾く唇を舌で湿らせ、ミントはロッドをポラリスに向けた。
実はと言うとミカンと同じ気持ちだ。非常時ではないので騒ぎは起こしたくない。さっさと本題に入る為に目の前の白いヤツをボコって分からせてやりたい。
「承知!」
「オッケー! じゃあ、私から!」
ミカンは先行してポラリスの元へ向かう中、ミントとミルクは待機したまま神通力を増幅させた。
手っ取り早く力を見せつけるなら、先手必勝だ。
「「イヌガミック・ドライブ!」」
「ミント・リフレッシュ・トルネード!」「ミルキー・ホット・バスター!」
ミントとミルクが放った赤い旋風と青白い巨大なビームが合わさってポラリスへ突き進む。
先行したミカンはタイミングを見計らい、上に飛び上がった。
彼女が居た前方から巨大なビームと旋風が迫ってきた事でポラリスも咄嗟に飛び上がって回避した。
「なるほど、ミカンが前に出て射線を隠したと言う事ですね。中々やるのです」
そのまま空中いるミカンへ飛んでいくポラリス。
「行きますよ、先生! イヌガミック・ドライブ!」
向こうから来るということでミカンは神通力を増幅させ迎え撃つ。
「シトラスカット・ストライク!」
ミカンの振るった光り輝くシトラスブレイドとポラリスの麺棒が交差し、眩い光が衝撃波と共に弾け飛ぶ。しかし派手な光を撒き散らしただけで、ミカンの剣閃は麺棒で受け止められてしまった。
「ええっ!? 麺棒つよ・・・」
衝撃波でお互い離れ屋根に着地。
「まだまだっ!」
再び飛び上がり二人は空中で斬り結ぶ。
何度も激しく剣撃を繰り出すが、ミカンの刃は吸い寄せられるように麺棒に受け止められる。
無表情でミカンの斬撃をいなしながら、ポラリスは指摘する。
「いい太刀筋です。しかし短刀なのが勿体無い。一撃に重さが足りません。貴方には剣が向いています」
「そうなんだ! ありがとうございます。王様に誘われたから、入門すれば良かったかな? スパークリングりゅ・・・ウッ!!?」
その時、腹部に重たい衝撃が走った。ミカンの意識が飛びかける。
「いけませんね。気を抜いては・・・。それと、足がお留守なのです」
「そ、そんな〜・・・」
気づけばポラリスの蹴りが鳩尾に食い込んでいた。ダウンしたミカンは真っ逆さまに落下してく。
そして彼女を蹴った反動でポラリスは後ろに下がった直後、下方の左右からミント・リフレッシュ・トルネードとミルキー・ホット・バスターが通過した。
クルッとバック宙するように逆さになり地上を見渡すポラリス。
火線のあった所を辿りミントとミルクの位置を確認した。ミカンと応戦中に彼女らは左右に展開していたようだ。
また避けられると思っておらず、二人は驚愕する。
「よ、避けられたギャン!?」
軽やかな身のこなしで屋根の上に着地し、ミルクへターゲットを変えた。
「さて、今度は貴方を見てあげましょう」
「うわっ、来ないで欲しいギャン!」
ミルクは迫ってくるポラリスにブラスターを発砲するが、稲妻のように弾丸を掻い潜り距離を一気に詰められる。
「落ち着いてよく狙いなさい」
「そ、そんなこと言ったって!」
ミルクはバックステップをして距離を置くが、ポラリスから執拗に追撃される。
「させるか! ミントスラッシュ!」
ポラリスの後を追いかけるミントは光の円刃を飛ばした。
飛んでいくミントスラッシュはミルクを猛追するポラリスを捉えたに見えたが、寸前でバック宙をしてかわされる。
「チッ、意外とすばしっこい・・・。ここはタクシーに乗りましょう」
更に避けたミントスラッシュの上に降り立ったポラリス。そして弧を描くように円刃を操作してミルクの背後に回り込む。
「こんなのって、有りギャン!?」
翻弄されながらも必死にブラスターを撃ち続けるが、巧みなアクロバットで飛び続けるポラリスを捉えることができない。
スケートボードのように乗りこなすと言う離れ技にミントは唖然とした。
「はあっ!? む、無茶が過ぎる!!」
再びブーメランのようにミルクの周りを一周してきたところで、乗ったミントスラッシュの角度を変え、盾にしながらブラスターの光弾を防ぎ、ミルクへ突撃する。
「あっ、弾が・・・ギャアアアアンッ」
ブラスターを撃ち尽くしてパニックになるミルクは無慈悲にもポラリスの駆るミントスラッシュに轢かれる。
盾の面に当てられ、ミルクは自由になったミントスラッシュと共に吹っ飛ばされていった。
それを背後にスタッとポラリスは華麗に屋根の上に着地した。
「さて、あと一匹・・・」
☆☆☆
「う、う〜ん。あいたた・・・」
気がついたミカンは体をゆっくり起こした。
お腹に鈍い痛みが残っているが、建物から落下して打ったかも知れない頭をさする。不思議と頭は全く痛くない。
「う・・・、大丈夫かい? カオリ」
スダチの呻き声がしたと思えば、彼はミカンの下敷きになっていた。ミカンは急いでスダチから退いて、彼の体を起こした。
彼は身を挺して落下するミカンを受けとめたようだ。
「ああっ、スダチさん!? しっかりして、どうしてこんなこと」
「良かった、無事で。僕は大丈夫。運動は出来る方じゃないけど体は頑丈だからね。・・・いてて」
スダチは自力で上半身を起こした。
建物の上を見ればポラリスとミントはまだ戦っているようだ。
「・・・カッコ悪いところ見せちゃったかな?」
スダチは横に首を振った。
「いいや、凄かったよ。今まで色んな人を助けるために戦ってきたんだろ? 僕には分かるよ。・・・ただ相手が悪かっただけだよ。特にあの先生はね」
「あはは、そうですね」
激しく動きまわり猛攻を続けるポラリス。ミントですら防戦一方だ。
このままじゃ彼女も負けるのは目に見えている。
このままやられっぱなしでは居られない。せめて一矢でも報いを入れたい。
あの子を助けたいから・・・
「・・・行かなくちゃ」
「まだ戦うのかい? うぐっ」
立ち上がったミカンに続き、スダチも起きあがろうとしたが、彼は背中を押さえ苦悶の表情を浮かべる。
「スダチさん、大丈夫!?」
「あはは、僕もかっこ悪いね」
ミカンも首を様に振り、スダチの肩を担ぐ。
「うっ、ごめんよ」
「助けてくれたんですよね。ありがとう、スダチさん」
暫くお互い見つめ合う二人。
瞳は同じオレンジ色の目だ。初めて会った気がしない。何か懐かしい感じがしてミカンは不思議と安心感に包まれた。
「もしもし、お二人とも」
不意に声をかけられて、二人は同時に振り向く。ミカンとスダチは声をかけた人物に度肝を抜かれた。人物と言っても他人ではない。イヌガミルクだった。
「私も助けて欲しいギャン」
ミルクは無事な様子だが、腕を組んでどっしりと胡座をかいて座っている状態だ。
但し逆さになってる。
頭で逆立ちをしている状態だ。
シュールな姿にミカンはプッと思わず吹き出した。
「ミルク・・・一体どうしたの?」
「角が地面に刺さって抜けないギャン」
吹っ飛ばされた際にミルクの帽子はどこかに行ってしまった様で、頭頂部に生えた狛犬の角が地面に突き刺さっている。
「なんでッッ!!?」
そんなに角は長くはないはずので、深々と突き刺さるわけはない。自力で抜けれそうだ。
しかし、ミルクは両手を地面に押し当て必死に力を込める。
「ぬぐぐぐぐっ。何でって、見れば分かるギャン!」
「待ってて、今助けるから!」
スダチから離れたミカンはミルクの両足を抱えて、引っこ抜く。
「ギャン! ストオオオオップ! く、首が抜けるギャン!」
スダチはハラハラとミルクの救出を眺めることしか出来なかった。
「やっと、追いついた。スダチさん」
その時、ネビロスとウンギャンはやどりんを抱えて漸く辿り着いた。しかし、彼女達の状況を見てビックリする。
「何やってんだ? アンタら」
やどりんはミカン達に聞いたが、ウンギャンは状況がわかっていた様で直ぐにミルクの救助に参戦する。
「ああ、おねえちゃん!」
ミルクの右脚にしがみつき引っ張り上げるが、ミルクは苦痛を訴える。
「ああああっ! ウンギャンやめてっ!!」
「そうか、角が刺さってんのか」
理解したやどりんはネビロスから飛び降り、ミルクに近づいてはしゃがみ込む。
「あー、よくわかんねーけど、こりゃ削って穴を広げるしかねーな。少し時間かかるが我慢しろよ」
「早くお願いするギャン」
「いや、変身解除してガーゴイルの姿に戻った方が早いだろ?」
ネビロスの助言でミルクは「そうだった!!」と叫び、変身解除した。ウンギャンと同じ様な姿に戻り、スルッと角を抜くことができた。やっとアギャンは自由になった。
「ふう、流石ネビロス様だギャン」
一息つき、アギャンは座り込むなり、ミカンとスダチを見上げる。
「・・・ずっと見てたけど、何だか似てるギャン、二人とも。親子みたい」
突然変なことを言われ、ミカンは赤くなりテンパる。
「いや、そんな〜! アギャン。確かにスダチさんは優しそうだし、お父さんだったらいいなあ〜とは思うけど」
しかし、横にいたスダチは真剣な顔で彼女を見つめる。
「カオリ、まさかとは思ったけど」
「は、はい!?」
「そのイヌガミギアで分かった・・・。やっぱりカオリだ」
「えっ?」
「僕はキミのお父さんだよ・・・」
彼は目には涙を浮かべながら、優しい顔でイヌガミカン・・・カオリに告げた。
「えっ・・・?」
突然父親と告げられ、理解が追いつかずにミカンは呆然と気の抜けた声を漏らした。
ミカンよりも周りで聞いていたネビロス達のほうが盛大に驚いたのだった。
「「「「えええええええええええええっ!!?」」」」
☆☆☆
建物の上でミントとポラリスの戦闘は続く。
繰り出される麺棒を必死に喰らいつくようにミントエスカンションで防ぐ。麺棒なのに一撃、一撃が重い。光の盾も限界で、麺棒如きに破壊される始末。
ミントは後ろに下がって距離をとった。
体力も限界で息が上がり始める。
なんて奴だ!
相手は無駄な動きが多いが、手を出そうものならそれこそ相手の思う壺で、逆にこっちが隙を見せてしまう。ああ見えて全く隙がない。
「・・・なるほど、よく訓練されてますね。他の二人より動きが素人じゃない。何者ですか?」
「・・・」
「まあ、それでも先の大戦を生き残れる程ではないです」
気がつけば、ポラリスは自分の間合いに居た。相手にとっても間合いである。
「くっ!?」
ミントスラッシュを纏ったロッドを振るう。
ロッドと右麺棒が打ち合うが、思った以上に相手に重量が乗っていない。
ポラリスはクルッと身を引いてミントの攻撃を受け流したのだ。
ミントは踏み込むまま前進し、力のままロッドを振り切ってしまう。
「しまった!」
大きく隙が出来てしまったことでポラリスからの左麺棒の突きが繰り出される。
その一撃はミントの右脇腹をとらえるのだったが、麺棒が届くことはなかった。寸前で何かしらの結界によって阻まれたのだ。
麺棒を押し留める結界の表面が波打つ。
「!!?」
ミントは反撃に移るが、ポラリスは後ろに飛んでこれも避けられてしまった。
「・・・なるほど。空間湾曲」
向こう側の建物の上でポラリスは、ワナワナと震えながら亀裂の入った麺棒を眺めながら呟く。無表情で実際どう思っているのか分からないが、彼女の中からワクワク感が溢れている様に見えた。
運良くあの結界が防いでくれたが扱い方が自分でもよく分かっていない以上、次は期待出来ない。
ミントは一呼吸置いてロッドを構え直した。
ポラリスは両手の麺棒を放り投げると、首元のリボンにくっ付いている氷の結晶のような形のロザリオを右手で取った。
ロザリオを両手で構えて何をしだすのかと思えば、
そのロザリオから青い光の刃が伸びた。
「さて、イチゴミント・・・、ぐらたんと言いましたね。面白そうなので本気で行きます。もう一度さっきのを見せなさい」
「・・・っ!」
ポラリスから凍りつくような殺気を感じる。
光の剣を構える姿は如何にも歴戦の戦士・・・、対峙しているだけでやっとのほど。
彼女からのプレッシャーに圧倒され、ミントから汗が滲み出る。
「・・・でないと、こうなりますよ」
ポラリスは傍にあったホログラム標識の柱を見せしめと言わんばかりに斬り倒した。
標識の柱は火花を散らせながら地上へ落ちて行き、真下に居た野次馬たちが悲鳴を上げながら逃げて行った。
「しょ、正気か!?」
戸惑いを見せているうちに、ポラリスは閃光の如くミントへ突撃してくる。接近される前にミントスラッシュを飛ばすが、その時既に眼前にはポラリスが冷たい眼光をこちらに向け、光の剣を振り上げていた。
「何っ!?」
反射的にミントエスカンションが間に合ったが、スッパリと盾が真っ二つになった。同時に身を引いた事で斬撃はミントに届かなかったが、ロッドがミントエスカッションごと切断され、ヘッド部分がパチパチと火の粉を散らして屋根の上に落ちる。やどりんに叱られるなんて思っていられるほど余裕などない。
「冗談じゃないっ! うわっ」
さらに距離を詰める形でタックルをされ、ミントはバランスを崩す。
続いて流れるように来る二撃目の横薙ぎに反応できない。
死線が走り、心臓が止まりそうになってミントは全身から汗が噴き出すのだった。
ミントのエメラルドの瞳が、ぼんやりと赤みのある光を帯び始める。




