コボルトの長
「あァん?お前だけ殺されに戻ってきたってことかァ?どうせならあの女も連れて戻ってきたら余計な手間も省けたっつーのによォ。」
「弱いやつほどよく吠えるっていうけど、その通りかもしれませんね。」
「そこの女より先に死にてェらしいなァ!」コバールトが襲い掛かってくる。
近接戦闘を得意としていない僕が、振り下ろされる剣を躱せるなんて思ってはいない。だから、僕は剣を左手で受け止めた。手から血が止まらない。だが、相手の動きは止められた。
「あなたのおかげで、僕は少し成長できたようです。」僕は右手から大量の白色粉末をコバールトに浴びせる。少し目に入ったようで、急いで僕との距離を離す。
「てめぇ!どんな魔法を使いやがった!詠唱も無しに、何かを生み出すなんて聞いたことねぇぞ。」
一般的に、武器や身体を強化する強化系魔法は詠唱を必要としないが、炎魔法や水魔法など、何かを生み出したりする発生系魔法は詠唱を必要とするのだ。
突然のことで、避けられなかったコバールトの上半身は白い粉で覆われた。
「それに何だァこの粉は?少しピリピリしてきたが・・・」
僕はすかさず水をコバールトに対し放つ。
「ただの水が俺に効くかよォ!舐めてんじゃねェぞ!」コバールトは気が立っているようだ。
「今すぐに・・・・な、なんだ!?熱い、肌が焼けるようだ、な、なにが起きてやがる!」
コバールトはその場に倒れこんだ。
僕はすぐに、ウィットのもとに駆け寄った。
「大丈夫ですか、ウィットさん?早く逃げますよ!」彼女の手を取って走りだす。
「ウッウォォォォォオオオォォォォオオオ!!!」
コバールトの叫び声をよそに僕らは坑道へと逃げ込んだ。
「オーラム、あなた左手は!?」
「大丈夫ですよ。あいつと戦う前にアドレナリン生成して、飲んだので、そんなに痛みを感じないんですよ。」本当はめちゃくちゃ痛いけど、心配されないように嘘をついた。
「そ、そうなんだ。それで、あいつはどうしていきなりやられたの?あの白い粉がそんなに危険なものなの?」
「まぁそうですね。ただ、僕の生み出したあれは水分と反応することで、効果を発揮するんですよ。」
「効果を発揮するってどういうこと?」
「僕が生み出したのはtBuOK:カリウムtert-ブトキシドという化合物で、水と反応することで、KOH:水酸化カリウムが出来るんですよ。この水酸化カリウムはタンパク質つまり、肌に対して強い腐食性があるので、重度のやけどが起こり、その痛みでコバールトは動けなくなったという訳です。」
「途中から、ちょっと何言ってるかよく分かんない。」
なんで分かんねえんだよ!
「まぁとにかくお互い、生きて帰れて良かったですね。」
「そういえば、あいつに成長できたって言ってたけど、なにかあったの?」
「それが、今まで周期表第3周期までしか出せなかったんですけど、カリウムが出せるようになってたんですよ!!」
「テンション高いけど、高くなる要素が全く分からないんだけど。」
「第4周期に入ったってことは、いつか鉄を生み出せるかもしれないってことなんですよ!!」
「そ、そうなんだ。良かったわね。」何故か、ウィットは若干引いていた。
その後、ウィットが持っていた包帯で、手の傷の応急処置をして、出口へ向かう。
「まさか、本当にあいつから逃げ切るとは、大した冒険者たちだ。」
出口付近で逃がした女の子が待っていた。
「あなたも無事でよかったわ。ねぇ、名前はなんと言うの?」
「私は、イリスと名乗っている。助けていただき、大変感謝している。」
「イリスちゃんかー。よろしくね!私はウィットゴード。私のことはお姉ちゃんって呼んでいいからね!」
「僕はオーラムと言います。ウィットとパーティを組んでいます。それで、イリスさんはなぜコボルトたちに狙われていたんですか?」
「それは・・・色々ありまして。お願いです、ウィットお姉様助けていただけませんか?」
「お、おねえさま・・・なんていい響きなの!もう何でも言って頂戴!私にできることなら何でもするわ!」こいつチョロすぎるだろ。
「実は、魔物から逃亡する毎日で、住む家が無いのです。どうか、暫くの間でいいので、住む場所を紹介してはいただけないか?」イリスは明らかな嘘泣きをする
「そ、それならお姉ちゃんと一緒に暮らすなんてどうかなぁ?ハァハァ、お姉ちゃんはイリスちゃんと一緒にお風呂入りたいなぁ!!」
ウィットがイリスにメロメロで壊れかけている。童顔と身長で今までお姉さん扱いされたことがないのだろう。全ての欲求が溢れ出ている。
「そ、その私は今まで誰かと風呂に入ったことが無いのだ。そ、それでも大丈夫か?」
「だだだだだだ大丈夫!!ヤバい、想像したら鼻血出そう。」全然、大丈夫では無さそうだ。
イリスはウィットの家に居候することに決まったようだ。それにしても、コボルトの長の話では、魔王に狙われる立場にある女の子だ。普通の冒険者という訳ではないだろう。
というか、コバールトに買ったばかりのナイフ投げつけてきちゃったんだけど。
こんなすぐに、あのオカマ鍛冶師に会いにいかないといけなくなるとは・・・
・解説コーナー
本文中のアドレナリンを飲んだのが何故、嘘なのかということですが、口からものを入れると消化管で吸収される訳ですが、アドレナリンは消化管内で、不活化してしまい、その効力を失ってしまうんですね。そのため、アドレナリンは点滴などで静脈に注射されることで効果を発揮します。
tBuOK(カリウムtert-ブトキシド)と水との反応ですが、
tBuOK + H2O → tBuOH + KOH という化学式で示され、ここで生成するKOHがとても危険なのですね。因みにtBuOKの一番始めについているtertを意味するtですがどう意味かと言いますと、1つの炭素原子に3つの炭素原子が結合している時に使用される接頭辞です。他の接頭辞に、nとかisoなんかもあります。このように化合物の構造を、省略することが化学の世界では多いです。




