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04-3.女公爵と騎士団団長は初対面である

 いや、現役を退いているのだから交渉に関与しなければなんでもいいのだが。それでも、自由にも限度があるのではないだろうか。


「祖母上。この状況で私とオリヴァー卿だけにするおつもりですか?」


 冗談でもない。


 無口で冷徹な騎士団長という噂通りの人柄ならば、なんとでもなったが、噂と違いすぎだろう。


 もはや別人といっても過言ではないだろう。


 そもそも、騎士団には良い思い出はない。逆行前には見捨てられ、今世ではローレンス殿下を捕まえるための囮作戦に使われた。そのどちらも指示をしていたのは、オリヴァー卿だ。


 逆行前はしかたがないのだろう。


 頭の中ではわかっている。


 しかし、王都防衛ではなく、最前線に来てくれたのならば、状況は多少は変わったはずだ。少なくとも、部下の数人は命が助かっただろう。


 しかたがないことだ。


 いまさら、言っても。この記憶は私にしかないのだから。


「当たり前でしょう。次の対談までの時間はあるでしょう? それまでお話をしてみなさい」


「仕事は対談だけではありません」


「イザベラ、期限が近いものは終わらせているのでしょう? 心の余裕がないのでは公爵の仕事は務まりませんよ。我が儘を口にする暇があるのならば努力をしなさい」


 幼い子どもに言い聞かせるかのような眼を向けられても困る。


 祖母の指摘通り、私には心の余裕が足りないのかもしれない。


 事前に調べていたオリヴァー卿の情報とは異なる現実に目を向けたくないだけかもしれないが、それは、公爵らしい対応ではないだろう。


 女性らしくない服装と態度を見せることで引かせるつもりだったのだ。


 相手から破談の申し込みをするように誘導をするつもりだった。


 実際はオリヴァー卿が引いているような様子は見られない。それどころか、引いているのは私だ。


「キャメロンの言う通りだ。イザベラ、お前は情報を鵜呑みにしたわけではあるまいな? 公爵として他人の心を探る術は幼少期から叩き込んだはずだ。私もオリヴァーがこれほどに口が回る男だと気付かなかったが、それはそれで対応して見せるのが公爵として正しい姿だろう」


 一人用の椅子で寛いでいた祖父には言われたくはない言葉だった。


 幼少期、祖父の厳しい教育は役に立っている。公爵とはどのような存在であるべきか、どのような立ち振る舞いをするべきか、それらの全ては祖父によって教え込まれた知識と経験である。


 公爵として正しき姿とはどのようなものなのだろうか。


 皇国では皇帝陛下に尽すことが貴族の在り方とされているものの、他国に眼を向けてみれば、私利私欲の為に奮闘しているのが貴族の在り方のような気がする。


 私利私欲を満たす為だけにどのようなことでも手を染める。


 それが世間一般の想像する貴族の顔ではないのだろうか。


 そのような恥を晒す真似はしてはならないと厳しく教育されているスプリングフィールド公爵家が異質なのではないだろうか。


 例え、そうであったとしても祖父には関係ないのだろう。


「情けない姿をお見せいたしました。祖父上、祖母上、私は公爵として正しいことをする為にこの場に残らせていただきます。どうぞ、ご退室ください。未熟な私の我が儘で引き留めるような真似をいたしましたこと、どうか、お忘れください」


 祖父が求めるのは、母のようにならないことだ。


 祖父が求めるのは、祖父が描く理想通りに生きる女公爵としての私だ。


 理想通りにならない私には、価値はないのだろう。


 女公爵として生きていくことを選んだからこそ許されることもある。


 この立場を守る為だけに犠牲にすることもあるだろう。それでも、私はアリアを救う為だけに同じ道を選んだのだ。



* * *



 祖父母が退室した後は気まずい空気が流れていた。


 積極的に話をするべきなのだとは頭ではわかっているものの、行動に移す気力はない。元々破談に持ち込もうとしていたものだ。それを抑えていた祖父母が退室した後は隠す必要性もない。


 公爵として相応しい態度だったとセバスチャンに報告をさせればいいだけの話だからだ。


「公爵閣下」


「なんでしょうか」


「もし、よろしければ堅苦しい口調をお止めいただけないでしょうか。私は公爵閣下、個人との付き合いを望んでいます」


 個人的な付き合いを望まれても迷惑なのだが。


 しかし、公爵としては第一騎士団の騎士団長と付き合いを保つ必要はあるだろう。


 王城での仕事をこなしていくのには貴族同士や騎士団との付き合いは必要だ。だからこそ個人としての関わりは持ちたくはないのだが。


「……わかった」


 話し方を改める必要がないのは気楽なものだ。


 女性らしさを求めている相手ならば、簡単に手の平を返すことだろう。


 貴族というのはそのような生き物だ。個人的な付き合いを望まないように仕向ければいい。


「オリヴァー卿。勘違いをされる前に言っておかなければならないことがある」


 親しい間柄なろうと企んでいるのならば、それを防げばいい。


 セバスチャンならば、私が望むように祖父母に繕ってくれるだろう。


 祖父母の眼がない限り、彼は私を裏切ることはしない。都合の良い条件を付けさせてしまえばいい。後は適当に繕ってしまえばいい。


「貴方がなにを望んでいるのか知らないが、私は婚約には興味がない。祖父上になにを言われたか知らないが、この件をなかったことにしてはくれないか?」


「メルヴィン元第一騎士団団長に交渉をしたのは私です。私は私の意思で公爵閣下との婚約を望んでいます」


「そういう言葉は求めていないよ」


 お世辞は必要ない。


 私のような怪物に好意を抱く人間はエイダだけだろう。エイダに好意を抱かれても困るだけではあったが、彼女以上に私を愛する人は現れない。


「安心するといい、オリヴァー卿。私はこう見えても学院の出身でね。ブルースター伯爵家との個人的な付き合いも持っている。実家に対して申し訳なさを感じる必要はないよ」


 ブルースター伯爵家の令嬢は、オリヴァー卿の妹だ。私の貴重な友人でもある。


「それに、女性の好みがあるのならば、それに該当しそうな貴族の令嬢を紹介してやろう。貴方にとっても私と婚約を結ばされるよりも良い条件だろう?」


 オリヴァー卿がなにを言おうと聞かないことにする。


 彼の言葉が本音であるのか、社交辞令なのか、そのようなことは大した問題ではない。


 交渉下手なオリヴァー卿を丸め込むのは難しいことではない。


 彼が求めている条件を満たしてしまえばいいだけだ。


 それを叶えたいのならばこの婚約を破談にすると言葉にさせればいい。


 そうすれば誓約書を作り、この場で名を書かせて誓わせればいい。


 それだけでこの件は終わる。


 公爵家との関わりを欲しているのならば簡単には折れようとしないだろう。それはそれでやり方があるというものだ。

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