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底辺冒険者vs闇ギルド⑧


「うぉッ!? 地震!?」


 俺は中型ゴーレムの頭上で体勢を低くして身構えた。

 小刻みな縦揺れに加え、間隔を置いて飛び上がる程に強い振動が広間全体を伝播する。その都度、土で覆われた天井からはパラパラとその破片が落下してきた。


「私の巨大ゴーレムでこの街ごと破壊してやる!」


 俺と一緒にゴーレムの頭に乗るシャルローゼが、その可愛いらしい顔を歪ませて叫ぶ。

 その邪悪に染まった顔を見て、俺はこの状況を理解する。


「お前まさか、巨大ゴーレムで街ごと破壊するつもりじゃ!?」


「いやそれ今私が言ったまんまなんだけど!? マネしないでよ!」


 まさか外のあのデカブツが本当に動くとは。

 俺たちは今、巨大ゴーレムの内部にいるため外の様子は窺い知れないが、振動の具合からして中型ゴーレムや小型ゴーレムほど歩くのは速くないはずだ。……と言っても、街との距離は元々わずかしかないのだが。

 もしも街に被害が出れば、俺たちが生還しても今度は街のみんなに殺されちまう!


「この金髪幼女ッ! 早くゴーレムを停止させろ!」


「停止させろと言われて停止する悪者がいるわけないだろ? なっはっはっ!」


「こんのクソガキッ!」


 俺がシャルローゼに飛びかかろうとしたその時、岩と岩がぶつかったような一際大きな衝撃が広間に響き渡った。

 シャルローゼはその揺れでバランスを崩しながらも、ニヤリと口の端を吊り上げる。


「どうやら西門にぶつかったらしいな。このまま力づくで門を突き破って大暴れしてやる!」


「だぁ〜ッ!? それだけはやめてくれぇーっ!」


「わっ!? こら、何をする!」


 俺は振動でふらつきながらシャルローゼの体にガバッとしがみついた。門を壊すだと!? そんなことされてもし俺に損害賠償とか請求されたらどうする! 確実に破産してしまう!!

 だが、シャルローゼの体を取り押さえたところで、巨大ゴーレムの侵攻は止まらない。こうしているうちにも外からはけたたましい破砕音が聞こえてくる。


「離せッ、この……ヘンタイッ!」


「誰が変態だッ!」


「その汚らしい手で私に触れるな! そうやって私で良からぬ妄想をしているんだろ!」


「お前みたいな幼女体型に欲情するわけないだろ! 俺はな、巨乳派なんだよ! 具体的に言うとエルくらいの――」


『ユーヤ〜! それ以上言ったら怒るよー! あとアリシアちゃんがすでに怒ってる〜!』


『ユーヤさんッ! 巨乳派ってなんですか! 巨乳派ってなんですか!!』


 遥か下の方からエルとアリシアの声が土壁の反響越しに伝わってくる。

 チッ、聞こえてたか。まあそれは置いといて。


「ともかくシャルローゼ。俺はお前の成長途中の寸胴体型にはこれっぽっちも興味はない。だから安心してくれ」


「抱きつかれながら言われても説得力ないんだけど! あと言い方がムカつく!」


「興味があるのはそれだけだ」


 俺がシャルローゼの腹部に輝く神魔水晶に目をやる。

 すると、俺の目的を知ったシャルローゼの様子が急変した。


「だ、ダメだ……! これだけは、ダメだッ!!」


 無理をしてでも演じ続けていた尊大な態度は剥がれ落ち、か弱い少女のような怯えた表情になる。


「これは私を、私たちを特別にしてくれた魔法の道具なんだ……。お菓子と同じくらい……いや、お菓子よりも大切なものなんだーッ!」


 急にシャルローゼの暴れる力が強くなる。俺も必死でそれを抑え込もうとしたが、顔面に肘鉄をくらい敢えなく手を離してしまった。めちゃくちゃ痛い……。


「くっ! 水晶の力で無理やり能力を覚醒させて……それでやることがこんなことか!?」


「うるさいッ! だまれ、だまれぇッ!」


 わけもわからず涙ながらに暴れるシャルローゼの姿は、ダダをこねて自分の主張を押し付けようとする子供のようだった。


「なんでそこまで冒険者を目の敵にするんだ?」


「なんで? なんで……だと?」


 俺の言葉を聞いた途端、怒り狂っていたシャルローゼが、一転してわなわなと体を震わせ始めた。涙を堪えて歯を割れんばかりに食いしばる表情は、この世の全てを恨むような憎悪に満ちていた。


「それはお前たち冒険者が……そうでない者をいじめているからだろ……!」


「いじめる……?」


「そうだ。冒険者たちは自分たちのことを人を超えた存在だと言って、私たちから無理やりお金や食料を奪っていった。モンスターを倒してやった報酬だと言っていたけど、たぶん違うっていうのは子供の私でもわかった……」


 確かに冒険者の中には、クエストの報酬と称して現地の住民から金品を強奪する輩もいるらしい。


「私の村はその日食べる物にも困るくらい貧しかった。でもそれは力がないからだ。力がない私たちが悪い。……だから私が! 冒険者になってたくさんお金を稼いで皆を助けるんだって思ってた! なのに、なのに……!」


 ――彼女に冒険者の血は流れていなかった。

 神魔水晶の儀式によってシャルローゼはこの世界の変えようのない現実、そして『冒険者になれる者となれない者』という生まれながらに存在する格差を思い知らされたのだろう。

 

「お前ら冒険者にわかるか? 選ばれた側の人間に、私の、私たちの……選ばれなかったやつらの気持ちがわかるか!?」


 シャルローゼの体温が高くなっていくのを肌で感じる。

 広間が揺れる。彼女の怒りを表すように。


「でもそんな私たちをボスのボスが救ってくれた。冒険者を滅ぼそうと言ってくれた。だから私はボスのボスのために、冒険者の力を使って冒険者たちを皆殺しにするんだ!」


 彼女の意志は強く、そして純粋だ。

 例えそれが俺たちにとっては悪だとしても、彼女たちにとっては紛れもなく正義なのだろう。


「お前の考えは変わらないんだな……」


「ああそうだ。私はそうやってこの12年間を生きてきたんだからな!」


 シャルローゼが言い放つ。

 俺はその決意に満ちた言葉をを聞いて――自分の耳を疑った。

 もしかしたらシャルローゼは何か重大な勘違いをしているかもしれない。


「へ? 12年? お前今、12年間って言ったか!?」


「それがどうした」


「てことはお前、12歳ってことか?」


「そ、そうだ! 私が12歳だと悪いのか! あぁ!?」


「いや、そうじゃなくて……」


 俺はごくごく冷静な調子でシャルローゼに告げた。


「冒険者の適正がわかるのって……15歳からだぞ?」


「――へ?」


 シャルローゼは頭から急に冷水をぶっかけられた時のようにキョトンとした顔で、俺に尋ねるように小さく呟いた。


「……………………マ、マジ?」

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