底辺冒険者は闇ギルドに売られる⑧
「とりあえず無事合流できたようで何よりです」
「お前よくこの状況で無事とか言えるよな」
にっこり笑顔のランに溜め息で返す。
敵の本拠地で簀巻きにされている危機的状況にも関わらず、ランは動じてない様子。
それと比べて。
「ぶえぇぇぇ、怖いよぉぉぉ! 薄暗いよぉぉぉ!」
「…………」
エマは地面を涙と鼻水で濡らし、アリシアに至っては相変わらず死んだままだった。
「私たちはあの大きな手に捕まえられた後、ゴーレムの口内から中へと入って来たようですね。アリシアはその際の落下の衝撃に耐えきれなかったようです」
冷静にアリシアの死因を解説するラン。もうアリシアが死んでいることに誰もツッコまなくなっている。慣れって怖いね。
つまり俺たちはゴーレムの体内を下ってきたわけか。そういえばなんとなく頭も痛いし、俺もここに落ちてきた時に頭を打って気絶していたのだろう。
「ゴーレムの外観とこの空間の大きさを比較すると、さしずめここはゴーレムの胃の中、といったところでしょうか」
「胃、ね」
辺りを見渡してみる。
土で固められた外壁に、洞窟のような薄暗さ。
まるで大きな土器の中にすっぽりと収められているようだ。
「そ、そんなぁ!? それじゃあ、わたしたち、ゴーレムに食べられちゃったってこと!?」
エマがぶわっと涙を流しながら声を荒げる。
「落ち着いてください、エマ。食べられたと言うのは比喩で、ゴーレムに消化されるというわけではありませんから」
「だな。さっきの金髪幼女、シャルローゼとか言ったか。あいつも、ここが闇ギルドの本部だって言ってたしな」
「良かったぁ~。その”ヒユ”っていうのはよくわからないけど、とりあえず大丈夫ってことだよねっ!」
地面に横たわったまま、エマがホッと胸をなでおろす。
お前の頭の方が大丈夫じゃないぞと思いながら、俺はシャルローゼの放ったある言葉を思い返していた。
『全ての冒険者に天罰を!』
シャルローゼは確かにそう言っていた。てっきり、闇ギルドってのはただ単に犯罪行為を行う集団だと思っていたが、どうもそうではないらしい。
といっても、その内容は甚だ迷惑なものであることに変わりはないのだが。
「せめてこの縄から抜ける方法を探さないと……」
と考えたところでふとひらめく。
「あっ。俺、<<変化>>使えば縄から簡単に抜けられるじゃん」
「ああっ! ユーヤずるいっ!」
フェイカーの能力の1つである<<変化>>を使って、小石にでもなんでも変化してしまえば縄からぬけだすことができる。
なんで今まで気付かなかったんだ。ではさっそく。石になるイメージをして、
「<<変化>>!!」
……………。
あれ? 何も起きない?
もう一度試しに、「<<変化>>!」と唱えてみても結果は変わらず。俺の体は縄に縛られたままだ。
いったいどうなってるの!?
「どうやらこの縄はスキルを無効化する魔道具のようですね」
悪戦苦闘する俺の傍らで、ランが冷静に分析する。
「マジかよ……」
「ユーヤ。とりあえず作戦会議をしましょう。敵がいない今がチャンスです。先ほどシャルローゼと名乗る幼女が言っていた『ゴーレムの生贄』というのがやはり気になりますので」
「お、おう。そうだな。……ていうか、ラン。お前なんか妙に気合入ってないか?」
さっきからマトモなことしか言ってないから逆に不安だ。
「当たり前じゃないですか! 敵のアジトで仲間とともに捕らえられるという大ピンチにして最高に燃える展開なんですよ? 強大な敵を前に、葛藤やら何やらを乗り越えて力を合わせ立ち向かっていくッ! 私たちが今まで築き上げてきたチームワークが試される絶好の場面です! さあやりましょう作戦会議! 目の前の敵を打倒するためにッ!!」
不安解消。やはり通常運転だった。
「チームワークなんて築き上げた記憶これっぽっちもないんだが。特にラン、お前とは」
「ひどいッ!?」
言いたいことは山ほどあるが、今は非常事態なのでよしておこう。それにランの言う通り、『ゴーレムの生贄』というのが何を指しているのか気になるのは確かだ。まず間違いなくロクな目にあわないだろうし。
「どうにかして、ここから脱出しなければ……」
『フハハハハハッ! ここから脱出だと? そんなことできるわけないだろうが!』
奥からけたたましい笑い声とともにシャルローゼが再び姿を現す。
どうやらおやつタイムとやらはもう終わってしまったらしい。
シャルローゼは広間の隅に打ち上げられた俺たちをふんぞり返って見下ろす。
「お前らが献上したお菓子、なかなかうまかったぞ」
お前が要求してきたんだろうが! と言いたいのを我慢して、シャルローゼの言葉を待つ。
「せめてもの情けだ。苦しまずに逝けるよう、一撃で仕留めてやる」
弾むような語り口のシャルローゼ。どうやら、これも『悪役が言いそうなセリフ集』の1つらしい。
せめてもの情けって言いたいだけだろ、こいつ。
「こいつらを連れていけ!」
シャルローゼが命令すると、陰から切り離されたようにどこからともなく現れた黒マントたちに抱えあげられる。
「いやだぁぁぁ、だずけてぇぇぇ!!」
「まさしく絶体絶命ですね、ユーヤ!」
喚き散らすエマとは対照的に、ランは目をキラキラ輝かせて俺の方を向く。なんで嬉しそうなんだよ。頭チームワークになってらっしゃる。
そのまま俺たちは、広場の中心へと移動させられる。
「お前たちにはこれから、ゴーレムの生贄になってもらう。≪<土偶錬成>>!!」
シャルローゼが手を上げると、俺たちの周囲を取り囲むように、地面が数か所、柱のように盛り上がった。そして、湧き出た土がうねうねとうごめきながら人型に成形されたと思いきや、意思を持ったように歩き出したではないか。
「ひぃ!? 敵がいっぱい!?」
エマが悲鳴を上げる。
裕に10体以上はいるだろうか。それらは、まさしく外で見た巨大ゴーレムと同じ姿をしていた。やはり、外のデカ物もシャルローゼの能力によるものらしい。
あんな巨大な物体を目の前の幼女が産み出したという驚きと同時に、俺の中では疑問が渦巻いていた。
「なんだあのスキルは!?」
<<土偶錬成>>なんてスキルは聞いたことがない。
魔法でもないし、だとしたら魔道具の力か?
「驚きを隠せないようだな! <<土偶錬成>>は土に命を吹き込むことであらゆる大きさあらゆる形のゴーレムを作り出せる私だけのスキルなのだ! どうだ、羨ましいだろ!!」
驚きおびえる俺たちの姿を喜々として見下ろすシャルローゼ。気づけば、俺らの周りにいるのよりも1サイズ大きいゴーレムの肩に乗っていた。
「さあ、潔くゴーレムの生贄となるがいい。死ぬまでいたぶってやる!」
「せめてもの情けはどこいった!?」
一撃で終わらすどころか、ゴーレムたちにリンチにされる運命しか見えない。
やはりそれっぽい台詞を言いたかっただけで、容赦するつもりはなかったようだ。
身動きが取れない、スキルも使えない絶体絶命の状況。
取り囲むゴーレムの影がゆっくりと、けれども確実に俺たちを侵食していった。




