底辺冒険者は闇ギルドに売られる⑥
「おうおうおう! キビキビ歩けぇい!」
「エル、てめぇ。覚えてろよ……」
背後で偉そうにふんぞり返るエルを睨みつける。
闇ギルドへの生贄として捕らえられた俺は、後ろ手に縄で縛られ、そいつらの根城――巨大ゴーレムが待つ西門へと歩かされていた。
「くそっ。あいつら、俺のことをすんなり明け渡しやがって……」
いや、この際、俺が生贄として差し出されることは別にいい。本当は良くはないけれど。
それよりも許せないのは、真の加害者の1人であるところのエルが、罪人をひっ捕らえた役人のごとく、傲慢な態度で俺に接していることだった。
「あのエルさん、その辺にしておいた方が……」
エマの隣では、アリシアが心配そうな視線をこちらに向けている。
「何言ってるの、アリシアちゃん! ユーヤは私たちを裏切ろうとしたんだよ?」
「それは、そうですけど……」
「みんなの様子を見てわかったでしょ!? ユーヤは国全体で嫌われてるんだって!」
「おいこらもうちょっとオブラートに包みこめ」
これから死にに行くんだから、せめて最期くらいは優しく接してほしい。
「ですが、エルの演技には感服しましたよ」
と、ここでしきりに中央広場の方を気にしていたランが口を開く。
「え、演技?」
「そうですよ。あえて自分がユーヤを連行する役を買って出ることで、上級役人たちにユーヤの身柄を拘束させないよう仕向けたんですよね? 違うのですか?」
「へっ!? え、あ、うん……そうそう! これも私の演技! あはははは……」
「ですよねっ! これこそまさにチームワークというものです!」
ランが鼻息荒くうなずく。その様子をエマは苦笑いで見ていた。
こいつそんなこと絶対考えてなかったな。普通に俺を闇ギルドに差し出そうとしてたぞ。
だが、ランの言う通り、エマがその役を担ったおかげで、上級役人どもから無慈悲な扱いを受けずに済んだこともまた確かだった。
いちおう中央広場から俺たちの様子は見届けているものの、特に目立った動きはない。やはりあのゴーレムに近づきたくないのは同じなのだろう。
「それにしても1日でここまでの巨躯を王都に近づけさせるなんて。いちギルドには到底無理な所業ですよ。闇ギルドというのはそこまで巨大な勢力なのでしょうか」
ランが腕組みしながら思案顔になる。両腕に抱えた手提げ袋からはペロキャンやらチョコレートやらが覗く。しういえば、闇ギルドのドン? からは俺の身柄の受け渡しとお菓子を要求されていた。あの声の高さと言い、闇ギルドのドンとやらは相当お子ちゃまらしい。
「そんな事どうだっていい。これ以上あんなガキに好き勝手させられるか……。何とかしてあのゴーレムもろともぶっ潰してやる」
「ん~、でもどうやってあんな大きいゴーレム倒せばいいんだろ? 私のマントにも入りきらないし……」
確かに、エルのマントに包むことができれば、適当な場所にワープさせることはできる。が、さすがに今回は難しいだろう。
「アリシア。お前の上級魔法でなんとか倒せないか?」
「む、無理ですっ! あんな大きなゴーレムを倒すには、私の命が何個あっても足りません。たぶん、100回は吐血して、10回は死ぬと思います!」
「いやそんな自信満々に言われても」
アリシアの魔法で何とかなればと思ったが、やはり難しいらしい。いくら強力な魔法が使えるからと言って、不用意にぶっ放せばゴーレムに返り討ちにされるかもしれない。アリシアは底辺冒険者パーティーの最終兵器だ。ここぞという場面で活躍してもらおう。
あとはランだが……。
俺はキラキラと鬱陶しい視線を感じて振り向く。案の定、ランが期待溢れる眼差しでこちらを見ていた。
「ランは……」
「は、はいっ!」
「いや、お前はまあ頑張れ……」
「私だけなんでそんな雑な扱いなんですか!?」
だってお前、役に立たないんだもん……とは言えず、無視して歩を進める。
このパーティー唯一の武闘派であるところのラン。しかし、仲間と戦うとなぜかドジを踏む破壊神になり果てる。
ランを1人で特攻させればあるいは……とも考えたが、やはり相手が相手だ。近接攻撃でどうにかなる相手ではないだろう。
いったいどうすれば。
そんなことを考えているうちに、西門を出てしまった。
ゴーレムの影にすっぽりと体を覆われる。
『フハハハハハ! よくきたな。お菓子はちゃんと持ってきたんだろうな!?』
遥か頭上から、ややくぐもった幼女の声が鳴り響く。スピーカーからでも出しているのだろう。
ランがそれに応えてお菓子の入った袋を掲げた。
「お菓子ならここにあります!」
『よ、よしっ。で、ではそれをこちらに――』
『ボ、ボスッ! それよりも先にあいつらを捕まえて』
『う、うるさいッ! お前は黙ってろ!』
『ギャーッ!?』
ドゴンという爆裂音。どうやら闇ギルドとやらはイメージ通りのブラックな職場らしい。まともなこと言ってた部下らしき人物の声はそれっきり聞こえなくなった。
『こ、コホン……。さっさとお菓子をこっちに寄越せ。あ、ついでにそこの男もな!』
我慢ならないといった様子の幼女の声とともに、ゴーレムがギシギシと土塊をこぼしながらこちらに手を伸ばす。
相当お菓子に目がないらしい。それこそ部下を葬り去るくらいに。
俺の身柄がお菓子のついでになり果てたのは不本意だったが、もしかしたらこれを利用して相手の隙を突くことができるかもしれない。
「ひ、ひえぇぇぇ! 潰される!?」
迫りくるゴーレムの手に、エマが悲鳴を上げて逃げ出そうとする。それを俺は縄に縛られた手で囲うようにして捕まえた。
「ちょ、ユーヤ!? 何やってるの!?」
ここでエマに逃げられたらこれから実行する作戦に支障がでる恐れがある……というのもあるが、それより何よりこいつにも俺と同じ恐怖を味わわせてやりたかった。
というか普通にゴーレム怖い! 1人怖い!
「お、お前も道連れじゃ! 元はと言えばお前のせいでもあるんだからな!」
なおも迫りくるゴーレムの手。広げられた手のひらは俺たちを裕に掴み上げるほどの大きさがある。
「嫌だぁ! 死にたくないぃぃぃ!」
俺の腕の中でなおも暴れるエマが、藁をもつかむ思いで文字通り掴んだのは――アリシアのフードだった。
「ぐえっ」
フードを引っ張られたことで首を絞められる形になったアリシアは、カエルのようなうめき声をあげて力尽きる。これぞまさしく無駄死に。
いや正直、今回の作戦にアリシアの出番はなかったのだが、まあパーティーは一蓮托生とも言うし、アリシアには気の毒だけどついてきてもらうか。もしかしたら戦闘になるかもだし。
「チーム一丸となって敵地に乗り込む……。まさに、チームワークッ!」
そして呼んでもないのに、しっかりとランも付いてきていた。さっき一蓮托生って言ったばっかりだけど、こいつだけは切実に置いていきたい。
巨大な手の影が俺たちを包み込む。俺たちの立つ地面ごと抉り出すようにしてその手中へと収められた。外部の光から遮断される。
こうして、俺たち底辺冒険者パーティーは、ゴーレムの手にいざなわれ、闇ギルドの本体へと突入したのだった。




