011:餞別
うまいこと型に嵌められたような気がしたが、よく考えてみると願っても無い結果だ。
異世界から来た俺には、何の後ろ盾も保証も無かったにもかかわらず、ムーの身分保証を得られた。
別れた後の行動をレアーナに聞いたが、一つ一つはどう考えても稚拙な行動だった。しかし、その全てがうまく噛み合って事が運んだ。
そんな急展開だったな。
再会した俺とレアーナは、揃って今後の説明を受けた。
ムーからの条件は、
・日本からの使者が来訪したら、仲介を行う。
・それまで日本人であることは公にしない。
・長期の不在時は連絡の手段を用意する。
の3つ。
これによって生じる制約の対価として、
・暫定的なムーの居住資格付与。
・嘱託時は公務日当。待機中は少額の月極手当。
が得られる。
居場所を用意するから、何か事があれば協力しろということだ。それ以外の時はある程度自由だが、満額の報酬は出ませんよ、と。
居住資格が暫定なのは、日本国籍のままの俺に対する、ムーからの恩恵であるためだ。
「でも、なんで日本人だって知られちゃいけないの?」
レアーナの質問。
旅券を発行したルイス以下2名は既に帰庁した。
答えるのは残った一人、移民局の調整係だ。
「正規の外交関係を結んだ国の、正規の入領手順を通過した人が、聞いたこと無い国から特例で入領した人を知れば、無用なトラブルを起こしかねないからです」
「あーそういう……」
要は『それ贔屓じゃ無いの?!』という話が、噂でも広がると困るって事だな。
『自称』日本人が大量発生したら困るしな。
「さて、健一郎さんは漂流から初めての入領ですね。となると、これは初めてご覧になるのでは無いですか?」
そういって机の上に置いたのは、一枚の硬貨。
なるほど、初見だ。
「……はい。これはムーの通貨ですか?」
「レプタ。最小価値の貨幣です」
「あれっ、見たこと無かったっけ」
「使うような所、無かったよな?」
思い返してみても、沙漠と遭難救助ぐらいでそんな話題も出たことがない。
しかし、日本人では無く、どこかからの流れ者として暮らすには、最低限必要な知識だ。
危ない危ない。またやらかす所だったぞ。
調整係が審査官に指示して、数人の係官を呼び込んだ。
係官は全員白手袋をし、一人が大きな木箱を持っている。
物々しい雰囲気だ。
「高額な貨幣もありますので、警備のための人員もおりますが、必要な措置とご理解ください」
机に木箱が置かれる。上面はガラスになっており、中には複数の貨幣が並んでいる。
「ではご説明します。基本単位は『タラント』。この右端の貨幣です。これが最大価値の貨幣です」
タラント! たしか聖書で読んだことがあるぞ!
「そこから貨幣が普及して行くにつれ、必要に迫られて細分化していきました。順に『ミナ』、『デナリ』、『アス』、『コドラント』、『レプタ』となります。タラントからデナリを石貨、アスからレプタを金貨と俗称します。細分化して必要となった流通量を確保するために、より安価な材質になっていったわけです」
なるほど。途中から外見が大きく変わるな。円で言う紙幣と硬貨って感じか。
タラントからデナリまでは粒というか、いわゆる硬貨然とした円盤形だ。しかしアスからレプタは……。
「円筒形?」
「はい。金貨は体積によって価値が決まります。コドラントはレプタの2倍の厚み。アスはコドラントの4倍の厚みとなります」
体積で価値が決まるってのも、すごい常識の違いだな。
「表にした方が判りやすいでしょう」
そうして示されたのが以下の表だ。
金貨
レプタ 1倍 均一な金属
コドラント=2レプタ 2倍 レプタ×2
アス =4コドラント 8倍 レプタ×8
石貨
デナリ =10アス 80倍 翡翠
ミナ =100デナリ 8,000倍 黄玉、翠玉、藍玉のいずれか
タラント =60ミナ 480,000倍 紅玉または蒼玉
「これは判りやすい」
「この表は差し上げます。覚えておくべきでしょうからな」
手に取った表をまじまじ眺める俺。レアーナは当然知ってるとばかりのおすまし顔。
しかし48万倍とか、すごいな。警備が付くわけだ。
「もともとは家畜1頭を購うのに要するのが1タラントでした。それ以外は物々交換だったらしいですな。しかし価値を貨幣に変換することを便利に感じた人々が、取引を貨幣で行うことを求めるようになり、日々の中で使える程度の価値に細分化していった結果、このようになったと言われています」
ふむ。所変わっても、考えることは同じというわけだ。
「つぎに、健一郎さんは言うに及ばず、レアーナさんも就労査証で入領するなら知っておかなければならない事柄についてご説明します」
「わたしも? なにそれ」
調整係は表情を全く変えずに言う。
「税制です」
ありゃ、やっぱりあるのか。
レアーナは肘を突き、顔を覆ってしまった。聞かなきゃ良かったオーラを放っている。
「住む場所にも係わってきますので――」
ムーでは、『所得割税』『街区税』『人頭税』の、3種類の税がある。全て直接税だ。
『所得割税』は判りやすい。取引をして受け取った『儲け』に、割合で課税される。『儲け』だから『仕入』を差し引ける。帳簿を付けてるやつ向けだな。
『街区税』は日本の住民税に当たるかな。住む街区のランクと広さで決まる。良い所に広く住むと高いって事だ。
『人頭税』はなじみが薄いな。住人一人一人に、年齢に応じて賦課される。昔は無かったんだが、節約のために狭い家に大量に住民登録する事案が横行して、貧民窟になりそうだったため導入された経緯がある。
街区に住む住人には『街区税』と『人頭税』が、商取引を行う団体・企業には『街区税』と『所得割税』が賦課される。
街区に定住すると、定職に就くことが出来、月給がもらえる。利点は月給であることによる生活の安定と、面倒な納税事務を丸投げできることだ。代わりに継続的な勤務を要求される。いわゆる『会社員』だな。
国は徴税が楽で、民は納税が楽。雇用主は『とんずら』されることを防げるって寸法だ。
さて、『街区に住む』という選択肢があるからには、『住まない』という選択肢もあるわけで……。
「番外地?」
「はい。正規の街区に隣接する、不正規の街区です。ポロスボロスのような国境の街特有の事情です」
「なんでそんなモンが出来るんだ? 街に住めば良いだろうに」
「主に税金が原因ですね。街区に住まないのだから『街区税』も『人頭税』もかかりません」
「え?! 実質無税じゃ無いか! そんなの街に住む人が居なくなるんじゃ?」
「其の日暮しに耐えられれば、です。番地が無ければ定職に就けず従業員にはなれません。個人事業主として扱われるので報酬には『所得割税』がかかるようになります。仕事は自分で取ってこなければなりませんし、何時も有るわけではありません。住居の水準も街区より下がります」
「……なるほど。しかし何故そんな話を? あまりオススメできないと言っているように聞こえますが」
「それが『国境の街特有の事情』ということです。定住し安定した生活を求めるのが民という物ですが、それでは暮らしにくい人々が国境の街にはいます。船員や槽手です」
そういうことか。
彼らは船や槽で国外との長期の旅程をこなす。所帯を持っていればまだしも、独り者なら月に数日の為に自宅を維持して『街区税』と『人頭税』を払うのは馬鹿馬鹿しいだろう。母港を変えるのについて行く必要もあるだろうし、定住にはメリットが見いだせないだろうな。
「そのような人々に、住居では無く宿舎を安価に提供するために、自然発生的に番外地が出来たのです。すると、こんどはそこに流れ者が流入するようになりました」
「流れ者って?」
「流れ者とは住処を定めない、いろいろな人々の総称です。流れの船員や槽手。季節労働者。新天地をさがす開拓民。一旗揚げるチャンスを狙う冒険者。こういった人々は、街の突発的な求人の受け皿でもありますので無下に出来ません」
「でも仕事って何時でも誰にでも有るわけじゃ無いんだよね。取り合いになったりしないの?」
レアーナが口をはさんでくる。
「国もそういった税収を生まない、不正規な労働による闇の経済を放置するのは得策では無いと考えました。そこで商工業組合がそれを業務として担うことになりました」
調整係は机に置いた手を組みながら言う。
「元々、何処の街にも業務を代表するたくさんの同業組合があります。パン製造、右筆、印刷、冶金、鍛冶、土木、左官……。こういった同業組合は専門性が強すぎ、『必要に応じて何でもやる』人々の管理が出来ないのです。商工業組合は、そういった同業組合を統括し、街区新造のような複合的で大きな事業を各同業組合に振り分けたりしていますので、『いつ発生するか判らない半端な仕事』を委託管理するのに適しているのです」
ははぁ、判ってき……
「わかった! 私はお父さん捜し、ケンは国探しであちこち移動するから、便利だけど高くて拘束される街区より、安くて移動のしやすい番外地で、商工業組合で短期の仕事をして稼ぎながらの方がいいってことね!」
俺のセリフが!
調整係も、思わぬ所からの合点に目を剥いている。
「……ま、まあ、そういうことです。商工業組合は仕事を広く受付け、まとまった継続的な仕事を同業組合に、単発や半端な仕事を流れ者に委託しているのです。報酬は商工業組合が仕事の完了を確認して『所得割税』を天引きしてから支払われます。短期の仕事は安定していない分、報酬も高めです。こうすることで、流れ者に仕事を与えて税収を上げ、犯罪に手を染める者を減らすのです」
調整係は乗り出すように声を潜めて言う。
「なにより、番外地は人の入れ替わりが激しいので、身元の詮索をされないのが良いのです」
留置が解かれ、荷物は全て返却されたが、このときにある話を持ちかけられた。
「円を?」
「はい。ムーは、これを日本国の通貨だと認識しています。これを標本として買い入れたい。ムーは将来的に通貨の換算相場も考える必要がありますので」
そういわれて改めた財布の中身は、
一万円×2
五千円×1
千円×8
五百円×1
百円×7
五十円×1
十円×3
五円×1
一円×4
34、289円。ぎりぎり、全ての通貨がある。
どうしようかと考える俺に、調整係は言った。
「これは独り言ですが、これから先、仕事をするにしても、当座の資金は必要です。ムーは独裁制ではないので、公金を理由も無く支給することは出来ません。異国の通貨は、学術的にも行政的にも資料的価値があると考えます。古銭の相場が適用できると思いませんか?」
そうか。言い分はもっともとしても、換算相場に関係なく古銭として買い取るのはムーの温情なのだ。
提示された額は、紙幣一枚につき1ミナ、貨幣一枚につき1デナリで、8ミナ17デナリ。
額面に関わりなく、一律って所が古銭相場だな。いまいち感覚的につかめないが、それなりの額らしい。
渡した円は小箱に入れられて運ばれていった。標本として保存処理されるそうだ。
「そして、レアーナさん」
「ひゃ、ひゃい?」
俺の手元のお金を驚愕の眼差しで見ていたレアーナは、突然呼ばれて声が裏返った。
「貴女には保険金がおります」
「へっ? 保険金?」
「はい。公営の定期便に旅客として乗るには、必ず『領外旅客保険』への加入が義務づけられています。遭難に際して、所有者の船主・槽管、乗り組む船員と槽手、旅客、死亡の場合にはその遺族に保険金が出ます。搭乗前に書類を書いているはずです。旅券を持って、こちらへ」
受付でレアーナは旅券に始末を記載され、領収書に署名を求められた。
受け取ったのは、2ミナ76デナリ。
「『死亡されていれば満額出るのですが』とか、本人に言う?!」
受付で減額の理由を説明されたレアーナはお冠だ。
「ああ、うん。それは酷いな……」
ムーの居住資格を得て、入領事務所を正規に通過した俺は、ポロスボロス側の受付に出た。
そこで、係員に呼び止められた。
「よかった、間に合いました。これを渡すように言付かっております。最初に役場と商工業組合を訪れると思いますが、そのときに受付に提出してください」
丸い紙筒に、封蝋を施された書状が2本。
「これは?」
「これからの生活を手助けするお薬だと聞いております。内容については存じ上げません」
そう言って押しつけられた。
台車、キャリーバッグ、背嚢と荷物だらけなのに。
「レアーナは、荷物はそれだけか?」
書状をキャリーバッグにぐいぐい押し込みながら聞く。
「ちゃんとバッグ、持ってあげるよ」
いや、ホテルとかに置いて無いかって意味だったんだけど。
まあちょうどいい。誤解したままにしておこう。




