010:糾える縄の如く
こつん、こつん、ここん。
小鳥が窓をつつく音で目が覚めた。
「ん、んー」
大きく、背伸び。
カーテンの隙間から、朝日が入ってきてる。
(小鳥ってやっぱり樹精の事が判るのかな)
窓を開けると、待ってましたとばかりに飛び込んでくる小鳥。
雀、十姉妹、小啄木鳥、四十雀。
わっ、と集ってきて、髪の先を咥えて引っ張ったり、頭に止まったり。
食いしん坊達に急かされて巾着を開け、稗を手の平に出すと、腕を伝ってぴょんぴょんと跳んで食べに来る。
樹精しかいないところには、安心して集まってくるんだよね。
「ベッドに糞はしないでよ?」
そんな注意はそっちのけで稗をついばむ小鳥たち。
「あなたたちに聞いても、お父さんの居場所は判らないんだろうなあ」
ちちっ。ぴぴぴ。
言葉が分かっているのか、いないのか。
無責任に騒ぎ立てる食いしん坊の食事が終わるまでは動けそうに無い。
「ご飯を食べたら、役場に行かないとなあ」
お腹一杯になった小鳥たちが飛び去って、やっと解放された私は、身軽なワンピース姿。
靴ひもをしっかり締めて、街に繰り出した。
要らなくなった旅装束は、もうぼろぼろだったから丸めてぽい。
里を出るときはあちこちからかき集めて、勢い込んで著た旅装束。
定期便で旅をするには要らないのは、今回の旅でよく判った。
でも結果的には着ていて助かったけど。
「風がきもちいー」
気分が変わったからかも知れないけど、今日は上手くいきそうな予感。
「お父さんを探してるんだけど――」
----- ◆ -----
ジリリリリリリリリリ
大きな号鈴の音。
多分これは起床の合図だ。
する事も無く、寝っ転がっているしか無かった俺は、ベッドからむっくり起き上がる。
重い扉の開く音。数人の足音と車輪の音が聞こえる。
「おはようございます」
留置中の人物に対するには、妙に丁寧な言葉。
「朝食です」
ワゴンに乗っていたのは朝食のトレイ。鉄格子の小窓から差し入れられたそれを受け取る。
食器は全て木製。付いているのはスプーンのみ。全て執拗に角が落とされている。
本来はスパイとかが自殺するのを防止するためなんだろうな。
「食事は7時、13時、18時の三食を配膳します。嗜好品のたぐいは認められておりません」
黙って頷く。いまは7時って事か。
係官とワゴンが去って行く。乗っていたトレイは一つだったが、数で何人の留置者が居るかなんて情報を漏らすようなことはしないんだろうな。
まあ、良くて追放、悪くて短期の拘置。落としどころは罰金刑ぐらいかな。無一文だけどね。
食事は食べやすい物ばかり。ナイフが要りそうな物なんて無い。
バタートースト二枚。貝の濃厚スープ。ゆでたブロッコリーとニンジン。揚げたジャガタラ芋。そしてホットミルク。
どうやら、この辺りの主食は麦らしい。
しかしスマホが無いと時間も判らないな。でも、アレに注目されたくないなあ。
ヒマだなあ。
----- ◆ -----
「どれくらい前なのかが判らないと難しいですねえ」
「もうお母さんも覚えてないって」
「『アンティゴノス』っていう名前は珍しいんで、見つけやすそうなんですけどねえ」
窓口に突っ伏してしまう私。
なんかもう決め手が無いなあ。
「妖精領から槽に乗って帰ったんですよね」
「そう聞いてるんだけど」
「初期の頃は船員名簿とかも整備されて無くって、散逸してしまっているんですよ」
この役場には、『今』、誰が何処に住んでるのかは、徴税台帳があるので判るらしいのだが、『以前』住んでいた人となると、すごいたくさんの帳簿を遡らないとダメなんだそうだ。
そんなの探せないよぅ。
「最初から乗り組んだ人なら事業を興したときの資料から判るかも知れませんが、出先で救助して連れ帰ったとなると、書面で残っているかも怪しいですねえ」
係員も腕組みで唸ってしまう。
「しかし何の手がかりも無いと困るでしょう。入領事務所を当たってみるのも良いと思いますよ」
「どうして? 名簿は無いんでしょ?」
「航行日誌です」
航行日誌は槽や船が建造されてから解体か遭難して最後を遂げるまで毎日書き記され、槽頭や船長が替わってもずっと続くらしい。
それをひもとけば救助の記述が有るかもしれないらしい。人を救助するのは一大イベントなんだって。
明日は入領事務所に行ってみよう。
----- ◆ -----
「面会です」
「は?」
何で俺に? その疑問はすぐに消えた。
「初めまして。私、ルイスと申します。本日はいろいろとお話しを伺いたいと考えております」
かっちりスーツを着こなした男。俺の苦手なタイプ。
見るからに官僚っぽいんだが、名前しか名乗らないのは非公式って事なんだろう。
まあ留置施設だからなあ。
留置施設から出て案内されたのは、簡素な応接室。たぶんこの事務所の会議室なんだろう。
そこで日本についていろいろ聞かれた。
要点としては、
・どのようにしてこの地へ来たのか。
・日本はどのような統治体系なのか。
・外交関係を結べるのか。
といったところ。
多分これは事前調査だ。
日本は好戦的な国家では無いのか。交渉の出来る政府はあるのか。『約束を結ぶ』という概念があるのか。
俺の『旅券』は内容を精査されていた。まあ入領時に提出したんだしな。
その内容から、
・法治国家である。
・外務大臣という外交専門官がいる。
・邦人の国外旅行のために、他国と何らかの相互条約を結んでいる。
というところまでは判っているようだ。
複数の国が有るという点については、個別に交渉することで有って今回の件には関係が無いそうだ。
「『ムー』は『日本』がどこかに存在し、何らかの理由で来訪する事を今回認識しました。ということは、今後もあり得るし、我が国の国民がそちらに行く可能性もあるということです。これについては何らかの対処を考える必要があります。最低限、そうなった国民の安全を守らねばなりません」
「では今まではこういったことは無かったのでしょうか」
「記録に有る限りでは」
つまり俺がその唯一のケースであり、生き証人というわけだ。
今回の件で『ムー』は『日本』を認識した。国交の無い外つ国に担当官も外交方針も無い。すべてニュートラル。
『ムー』は今日からどのように対応するかを協議するだろう。それまでは、この待遇は続くと思われる。
----- ◆ -----
くるくる。
握った肉刺で、皿の上の食べかけの麺を無意味に巻く。
くるくる。
私は手を顎の下に敷き、頭をのっけてぐでぐでと麺を巻いている。
頭の中もくるくる。今日も何にも判らなかった。
食欲もあんまり無い。
(くたびれたなぁ)
ただ闇雲に探すのはだめだなあ。
「食欲無くって。ごめんね」
そう言って給仕にお皿を返す。
今日はシャワー浴びて早めに寝ちゃおう。
明日は入領事務所へ行って航行日誌を調べないと。
----- ◆ -----
ずずっ。
三食食べる以外は何も出来ない。
今は夕食の真っ最中。
ホワイトシチューのかかった洋風おじや。いやもしかして、ここ流のドリアなのかな。
それにシーザーサラダ。シーザーが居たとは思えないけど。
冷や飯で無く、腹に溜まるメニューなのはありがたい。
今日の午後に面会があったので、持ち帰って今ごろは会議だろうな。
何らかの方針が出るのは明日か明後日か。
ベッドに寝転がって考える。
(『おとぎ話』か……)
東西南北を使う来訪者。俺の世界と何らかの繋がりがあるのだと思いたい。
ここを出ることが出来て、日日の暮らしが立ちゆくようになったら、そういった伝説を当たっていくことから始めるべきだな。
でもどうやって稼ぐかなあ。
----- ◆ -----
「お父さんを探しているんです。妖精領からここに戻ってきた航行日誌を見せて欲しいんですけど」
そういうと、事務所の片隅のテーブルに案内された。
「いつ頃の日誌でしょうか」
「う……それが、はっきりしなくて」
「槽名は、お判りになりますか?」
「わかんないんです。妖精領で『アンティゴノス』って名前の男性を乗せたはずなんですけど……」
「それだけですとちょっと……」
係員の顔が、『やばい案件に係わってしまった』という表情になる。
(うわぁ……だよねえ)
「日誌の有る所教えてください。自分で調べます……」
そう言うしか無かったよ。
通されたのは、ほこりっぽく薄暗い書庫。
ズラリと並ぶ、製本された日誌達。
古い物から新しい物まで、たっくさん!
妖精領と行き来してた奴だけに絞ろうと思ったら、路線があっちこっちいってるやつばっかり。
専任なんて無かったよ。
それから日誌との格闘が始まった。
泣きそう……。
----- ◆ -----
壁にもたれ、高窓の鉄格子を見つめる。
この部屋は暖かい。もちろん夏だからというのもあるが、開放的で有る割に暖かい。
人間領には明確な四季がある。太陽が反対側に行けば冬が来るのだから、外に直接通じていれば冬場には留置施設が利用できなくなる。
つまり、この留置施設の全ての壁は内壁だ。
ここは港湾事務所の中の施設だから、これほど静かなはずもない。
空いた時間で課題を整理したいのに、考えをまとめるテキストエディタが無い。
スマホを返してもらいたいけど、単なる時計と言っちゃったんだよな。
ただの時計をずっといじってるのは変だろうなあ。
中には不審な行動をしようとする者も居るだろうから、どっかからか見張られては居るんだろうな。
三食昼寝付き、労務も無しなんて、字面だけなら最高の待遇だろうけど。
落ち着かないなあ。
----- ◆ -----
「困ったなあ」
ホテルのベッドで荷物とにらめっこ。
航行日誌をひたすら調べる作業は、進んではいるんだけど、お父さんのことはまだ見つからない。
旅券の査証はまだまだ有効だけど、持ってきたお金がそろそろ少なくなってきた。
名前も知らない人を探すわけじゃ無いんだから、こんなに日数が掛かるなんて思ってもいなかった。
「見通しが甘かったなぁ」
お父さんを見つけたら、そこに転がり込もうと思ってたのにぃ。
とにかく、このままじゃあだめだ。
うーん、もうすこし長く居たいなあ。
しかたない。
ホテルは今晩で最後にしよう。
幸い、今は夏。
ケンからもらった毛布も有るし、野宿で行けるはず。
そうすれば食費と浴場のお金だけで、もっと粘れるぞ。
うーん。我ながら良い考え!
----- ◆ -----
「面会です」
俺は本から目を上げた。
4人のスーツ姿の男。1人はルイスだ。
以前と同じ応接室。
最初に書類を提示され、署名を求められた。内容は『ここでの会話を口外しない』こと。
何処にあるかも判らない国について話し合うんだもんなあ。おおっぴらにはできんよなあ。
『アトランティスからの使者と交渉を開始』とかニュースで流れたら、内閣不信任出されるだろうなあ。
署名を済ませると、この世界に来た心当たりを詳細に聞かれた。
そんなのわからないので、状況を細かく話す。
二つの世界の違いも。
「私は自分の世界で『ムー』の名を聞いたことがあります。伝説の地として」
「つまり、何らかの形で交流があったと?」
「ええ。こちらでも東西南北で方位を表す人々の来訪があったと聞きました」
顔を見合わせる官僚達。
「しかし、それを論拠に進めるわけには……」
真偽のはっきりしない事実は、記憶の彼方に消える。そして噂になり、伝説になる。
徳川埋蔵金のほうが、まだ信憑性があるだろうな。
しかし、俺自身は世界の移動を体験している。
一度あることは二度有る。無いと困る。
『日本から来たと主張する誇大妄想家』として、かたづけてしまうことも出来る。そのまま闇へ。その方が楽だろう。
しかし物証としての旅券がある。
一八世紀程度の文明には、きちんと印刷されて製本されたこれは説得力がある。プリンターとか無いのだ。
もし、『日本』側から来訪し、国交を結ぼうとしてきたら? こちらの国民が迷い込んできたはずですが、と問いただされたら?
この考え方は、俺の生命線でもあるのだ。
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「どうしてこんなことを」
あきれ顔で詰問する衛視。ぶすっと、ふてくされる私。
人の行き交う事務室の片隅。
補導……されました……。
「お金を節約しようと思って……」
「だからって道ばたで焚き火とか、何考えてるの!」
「じゃあ焚き火しないから……」
「そういうこと言ってるんじゃあ有りません!」
うひゃあ。
衛視の剣幕に身を竦める私。
ズルズル伸びる父親探し。
ホテルに泊まり続けると、程なくお金が無くなってしまうので、私は野宿することにした。
ホテルの外。軒先でやろうとしたら『営業妨害だ』と怒られた。
仕方なく公園でやろうとしたら、『宿泊はダメ』と怒られた。
行くところが無くて、広場の隅っこでやろうとしたら、衛視に補導されてしまった。
世知辛いなあ。
妖精領は、こんなこと言われなかったのに。
「今晩は泊めてあげるから、明日からちゃんとしたところに泊まりなさい。いくら煉瓦でも防火は必要なの。なにより女の子が町中で野宿なんてダメ」
「はい……」
凹むぅ。
----- ◆ -----
『会議は踊る、されど進まず』
ウィーン会議を評する言葉だ。
目の前に交渉相手が居て、守るべき国益がはっきりしている時、官僚は最大の力を発揮する。
しかし、存在も定かではない相手だと、着地点が決められないようだ。
俺の世界だって、異星人はいると言われてる。
でも表だって外交しようとぶち上げる指導者はいない。
国交を結ぶにしても、結ばないにしても、相手に届かない。しかし居ることは判っている。
具体的アクションを起こせない、絵に描いた餅であることがネックらしい。
国の方針が未決のままでは、ムーとしての立場が定まらないのだ。
いまだ会議は踊り、結論は出ず、俺は留置されている。
話すべき事はあらかた話してしまった。
あとはムーの出方次第。
俺はのんびりと本を読んでいる。
スマホを使えないので、せめて本を差し入れて欲しいと頼んだのだ。
メモを取るだけなら、ノートと鉛筆でも良いのだが、ノートの内容に関心を持たれるのも気持ちが悪い。
差し入れられた本は『生け贄の男』。
いわゆる、東西南北を使う人達の童話のひとつだ。
穏やかでないタイトルだが内容はこうだ。
太陽の蛇に心臓を捧げられた男。
彼はくじ引きでそれに当たってしまった。
そして気がつけばこの世界に居た。
死んだと思ったのに第二の生を得た彼は、王ならば死なずに済んだのにと思うようになった。
王になるには黄金が必要だ。
旅の果てに錬金術を見いだした男は、鉄を、銅を、錫を、鉛を、どんどんと黄金に変えた。
身の回りを黄金で埋め尽くした男は、黄金の船で故国へ帰っていった。
男は帰れたのだろうか、それとも僻地で果てたのだろうか。
だれもしらない。
過去に拘って、今得られた物をオールインし、結果の分からない賭に出る。
それを諫める童話として書かれているのだろう。
ページが少ない割に分厚いこの本は、絵柄から考えて絵本の類いなんだろうな。
これだけなら、単なる昔話なのだが、いくつか気になった。
太陽の蛇に心臓を捧げる。これは南アメリカの古代文明に有った風習に似ている。
そして、挿絵の『生け贄の男』。
黄金の物品に囲まれ、黄金の船に乗り、黄金の仮面を被った半裸の男。
その仮面がインカ風に描かれているのだ。
どっちか一つなら偶然と考えるのだが、両方となると唸ってしまう。
世界中にある太陽信仰。
子供が無意識に書く、笑顔の太陽。
これにはもしかして繋がりが……。
----- ◆ -----
「すみません。働きたいんですけど」
「おや。カワイイ娘さんだねえ。稼ぎたいのかい?」
お金が無いなら稼げば良い。
そう思い立った私は、果樹園の営業所に足を運んだ。
農作業なら、ある程度勘も有るし。
「あれ? もしかして妖精さんかい?」
「はい、樹精です。もうすこしこっちに居たくて」
人の良さそうなおばさんは、麦わら帽子のおじさんと顔を見合わせる。
「うん、働いてもらえるとこっちも助かるんだけど、査証は大丈夫かい?」
「……え?」
なんと、査証には種類があるらしい。聞いてないよぅ。
いや、聞いては居たんだろうけど、聞き流してたかも。
確かめてみると、私のは観光査証。働くには就労査証じゃないとダメらしい。
それで入領するには一度妖精領まで戻らないと。こっちの領事館でも出来ないことは無いけど、人間領の身元引受人が必要なんだって。
そうしないと家が借りれないから、住所が無い。住所が不定だと働けない!
妖精領まで戻るお金があったら困ってないよぅ。
お父さんが居たら身元引受人に……って、見つからないから困ってるのにぃ。
もちろん、領事館に助けを求めることは出来る。でもそれをしたら、間違いなく強制送還になっちゃう。
(どうしよう……どうしよう……)
役場のソファーで頭を抱える。行き詰まっちゃった。
だれか身元引受人になってくれないかな。でも知己はだれも……。
そうだ!一人居る!
そうすれば全部解決するかも!
----- ◆ -----
「結論が出ました」
いつもより広い会議室。
前回の4人の官僚。
「ムーは日本と平和裏に共存したいと考えています」
「はい」
「しかし現状、交渉すべき相手もおらず、その予定も立たない」
「そうですね。私は日本の一国民ですのでそのような権限はない」
「ムーとしても、その為に人員と予算を割り当て、いつ始めるか判らない交渉に備え続けることは出来ません」
「ふむ……」
「そこで、日本を知り、仲立ちになり得る人物に、嘱託で最初の仲介をさせてはどうかとの意見が出ました」
「え? それってもしか……」 「あなたです」
かぶせるように言われた。
なんだってー!
「実際に日本と接触したとき、間に立って平和裏な交渉が行えるよう取り計らって欲しい。しかし……」
ルイスが乗り出すように俺を見つめる。
「それには問題があります。貴方は難民だ」
「貴方は現在、不法入国の容疑が掛かっており、判決が留保されているに過ぎない。判決が出れば領外退去となります。犯罪を犯した者を嘱託でも職員にはできません。そこで……」
ぱん、ぱん。ルイスが手を鳴らす。
すると応接室の扉が開き、あのときの審査官が入ってきた。
「お久しぶりです。……お入りください」
審査官に促されて入ってきたのは……レアーナ!
なんでこんな所に?
俺を見つけたレアーナの顔がぱっと明るくなる。
「彼女をご存じですか?」
ルイスが問いかける。
「……はい。私は遭難している彼女を助け、一緒に旅をしてここへきたのです」
ルイスは視線を審査官に向ける。
「彼女の入領時の証言とも一致します。『グレゴルー・トリエステ』における遭難救助報告書にも同行者として記述が有ります」
審査官は官僚の一人に書類を渡す。たぶんあのとき槽で渡されたものだろう。
報告書は4人の官僚に回し見された。
ルイスは足下に置いてあったブリーフケースから一枚の書類を取り出し、内容を確かめ署名をすると審査官に手渡した。
審査官はその書類を一瞥し、俺に向き直ると口調を変えて宣言するように言った。
「中村健一郎殿。ムーは本国の保護すべき旅客を救命救助したことに感謝し、これを賞する。……これは救急救命感謝状。滅多に起こらぬ困難な状況で独自の判断により救急救命を行ったものに贈られる賞です」
ルイスが後を引きつぎ、さらにもう一枚の書類を取り出し、掲げて見せる。
「そしてこちらは不法入国の起訴状です。留保中で有るため発効しては居ません。我が国には慣例として、功罪一等を相殺できるというものがあります」
ルイスと審査官は目配せをし、それぞれの書類を引き裂く。
「これで貴方は罪人ではない。これで前提が整いました」
ルイスの隣の官僚がブリーフケースから黒い手帳を取り出し、その場で署名。隣に手渡す。
そこでは赤いクレヨンの様な封蝋を紙面にぐにょっと押しつけ、打刻印(木槌みたいなあれ)を取り出し、ドカンと刻印。さらに隣に手渡す。
今度は大きな改札鋏のような器具を取り出す。串のような棒が複雑な形に並んでいる。それで手帳の表から裏までガシュンと穿孔した。
なるほど、不正改ざん防止の契印だな。
一気に加工された手帳は審査官の手に渡る。
「これは貴方の人間領ムー国の旅券です。貴方はこのムーに暫定的な居住資格を得ます」
急激に進んだ状況に戸惑う俺は、それを機械的に受け取った。
審査官が前を開けると、後でそわそわしていたレアーナがわっと飛びついてきた。
「よかったぁ! これでもうだいじょうぶだよね!」
「え? じゃあこれは……」
「ケンが私を助けてくれたんだって役場と入領事務所に相談しに行ったの。そうしたらこういう話になったんだ」
「そうか。なんかまた助けられちゃったな」
「うん。だから私も助けて」
「え?」
何のことだ?
混乱する俺に、審査官が助け船を出してくれた。
「彼女は観光査証を就労査証に書き換えたいようなのですが、妖精領に戻らずにそれを行う為には、現地に身元保証人が必要です」
「ええ、それが?」
「唯一の知己として彼女が挙げたのが貴方です。そういえば今、居住資格を得ましたね。あとは住所が定まれば身元保証人として問題ありませんな」
俺は呆然としてレアーナの顔を見た。
レアーナはいたずらっぽい顔で言った。
「君を助けるから、同時に俺も助けてくれ。文字通り助け合いだ。お父さんを見つける手助けをして欲しい」
なんか同じ事言った覚えがある。おれの口真似しやがった!
「うまいこと、まとまりましたな。偶然にも」
ルイスがにやりと笑った。
こうして二人は誼を結び、仲間になりました。
これから人間領での新しい暮らしが始まります。




