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第一段 裁定者

帝国旗艦・空中城「シエラ」――。


それは、まるで巨大な都市そのものを空へ浮かべたかのような超巨大戦艦であった。


周囲には数多くの大型艦艇が浮遊していたが、シエラの威容の前では、それらですら小型艦のように見えてしまう。


シエラの最上部には皇帝の宮殿が建造されていた。


その宮殿近くのドックへ、一隻の船がゆっくりと接近していた。


船内を静かに見つめる一人の女性がいた。


窓越しに船を眺め、小さく呟く。


「……お着きになりましたね。」


船はドックへ接岸した。


タラップを降りてきたのは、立派な髭を蓄えた初老の男。


コウ国国王である。


伝統的な軍服に身を包んでいたが、その表情には隠し切れない緊張が浮かんでいた。


「これが……シエラか。」


思わず漏れたその言葉に、一人の中年の男が歩み寄る。


「コウ国国王陛下。ようこそお越しくださいました。」


男は一礼した。


「帝国大臣ムズと申します。皇帝陛下がお待ちです。どうぞこちらへ。」


国王は無言で頷いた。


長い回廊を歩き、広大な庭園を抜ける。


やがて巨大な扉の前へ案内された。


「コウ国国王陛下、お連れいたしました。」


ムズの声とともに、重厚な扉が静かに開き始める。


「どうぞ。」


国王は静かに息をのみ、足を踏み入れた。


部屋は驚くほど広かった。


しかし、玉座はあるが誰も座っていなかった。


一人の若い女性が立っていた。


「……あなた様は?」


女性は静かに近づき、国王の前で優雅に一礼する。


「裁定者、アヤカシコネと申します。どうぞアヤネとお呼びください。」


「裁定者……?」


国王は眉をひそめた。


「オオトノヂ皇帝陛下ではないのか?」


「陛下はおられません。」


一拍置き、アヤネは静かに続けた。


「この件につきましては、私が全権を委ねられております。」


国王は困惑した。


「私は降伏条約締結のために参った。裁定とは、どういう意味だ?」


アヤネは国王をじっと見つめる。


数秒。


沈黙だけが部屋を支配した。


「……コウ国王。」


「はい。」


「あなたは、ご自身がここへ何をしに来られたのか、本当に理解されていますか?」


国王は息をのむ。


「無論だ。戦争を終わらせるためだ。」


「いいえ。」


アヤネは静かに首を横へ振った。


「あなたは、裁かれるためにここへ来たのです。」


部屋の空気が凍り付いた。


「……何?」


「帝国は、本日をもってコウ国との戦争を終結させます。」


「しかし、その前に一つだけ終わらせねばならない問題があります。」


アヤネの声には怒りも憎しみもない。


だからこそ恐ろしかった。


「コウ国による、帝国首都への核攻撃未遂。」


国王の顔色が変わる。


「……!」


「心当たりはございますね?」


国王は答えられなかった。


沈黙が肯定となる。


「申開きがあるのでしたら、お聞きします。」


しばらく俯いていた国王は、小さく息を吐いた。


「……隠しても意味はないようだ。」


「確かに、我が国は核兵器を発射した。」


「未遂に終わったとはいえ、それは事実だ。」


アヤネは静かに頷く。


「もし迎撃に失敗していたなら。」


「帝国首都は数百万人の民ごと消滅していました。」


「それは通常兵器による戦争ではありません。」


アヤネは国王の目をまっすぐ見据えた。


「文明そのものを滅ぼそうとした犯罪です。」


国王は何も言えなかった。


しばらく沈黙が続いた後、重い口を開く。


「……この件については、貴国に対し、本当に申し訳ないことをしたと思っている。」


「軍部が暴走し、この戦争を打開する唯一の手段として核攻撃を提案した。」


「だが、私は発射の許可を出してはいない。決して。」


アヤネの表情は変わらない。


「つまり、本件の責任は軍部にある、とおっしゃるのですね。」


国王は静かに首を振った。


「いや……すべてを軍部の責任にするつもりはない。」


「当時は国の存亡が懸かっていた。」


「国内は混乱を極め、私自身も国家を完全に統制できる状況ではなかった。」


「その責任の一端は、当然、私にもある。」


国王は苦しげに目を伏せる。


「さらに国内には帝国を激しく憎む者が多かった。」


「メディアは核攻撃を煽り、世論もまた、それを支持していた。」


部屋は再び静まり返る。


アヤネはゆっくりと口を開いた。


「……なぜ、そこまで帝国を信じることができなかったのですか。」


「敗北するくらいなら核を撃つ。」


「その選択を、多くの国民が支持した。」


「私は、それが理解できません。」


国王は答えない。


アヤネは静かに続ける。


「帝国にも家族がいます。」


「子どももいます。」


「戦場とは無関係に暮らす人々もいます。」


「そのすべてを、一瞬で消し去ろうとした。」


「そこまで人は、憎しみに支配されてしまうものなのでしょうか。」


国王は拳を握り締めた。


しかし、返す言葉はなかった。


しばらくの沈黙の後、アヤネが静かに口を開く。


「国王陛下……先ほど、責任の一端はご自身にもあるとおっしゃいました。」


「国家元首として、その言葉は誠実なものだと受け止めています。」


国王は静かに頷く。


「王族であるあなたの血筋は、遺伝子編集をほとんど受けていない天然遺伝子の家系です。」


「そして、帝国皇族もまた同じ天然遺伝子の家系。」


「さらに遡れば、その祖先は一つです。」


国王はゆっくり顔を上げた。


「……何をおっしゃりたいのですか。」


アヤネは少しだけ視線を落とした。


「正直に申し上げます。」


「私は、この裁定に苦慮しております。」


国王は思わず息をのむ。


「核攻撃未遂という重大な犯罪。」


「では、その責任を誰に負わせるべきなのか。」


「命令を下した軍部なのか。」


「それを止められなかった国家なのか。」


「あるいは、その国家を率いた国王なのか。」


部屋は静まり返る。


「私は何度考えても、その答えを見つけることができません。」


アヤネは静かな口調のまま続けた。


「人類は遥か昔、生き延びるために遺伝子を改変しました。」


「当時には当時の事情があり、それによって文明は発展したのでしょう。」


「戦争もまた同じです。」


「勝利だけを求めるのであれば、核兵器という選択を捨てることは難しかったのかもしれません。」


「ですが――」


アヤネは国王を見つめた。


「今回の核攻撃は、あなたの意思に反して実行された。」


「国家が国家元首の統制を失った。」


「それは、一体誰の罪なのでしょうか。」


国王は目を閉じた。


その問いに、すぐ答えられる者はいなかった。

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