プロローグ② 開戦
ヤマト暦2053年。
ターマハラは、かつてないほどの大混乱に包まれていた。
ヨモツクニ同盟が、ターマハラ連合に対し、正式に宣戦布告を行ったのである。
宣戦布告文は、以下の通りであった。
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ターマハラ連合に告ぐ。
我々ヨモツクニ同盟は、
本日をもって、ターマハラ連合に対し、
正式に宣戦を布告する。
この決断は、感情によるものではない。
恐怖によるものでも、憎悪によるものでもない。
すべては、合理的判断の結果である。
ターマハラ連合は、かつて我々と同じ道を歩もうとしていた。
人口統制、感情抑制、人工知能による意思決定。
それらは、人類が数千年にわたる戦争と破壊の歴史から導き出した、
最も成功率の高い生存戦略であった。
しかし、ターマハラはその道を自ら放棄した。
感情を「尊重すべきもの」と称し、
非合理な選択を肯定し、
再び人類を不確実性と混沌へと引き戻そうとしている。
我々は断言する。
感情は、価値ではない。
人間性は、進化の目的ではない。
それらは、
争いを生み、差別を生み、戦争を生み続けてきた
欠陥である。
ヨモツクニ同盟は、
人類が「人間」であることよりも、
存続することを選ぶ。
我々は、感情を制御し、
人口を管理し、
人工知能によって最適な未来を算出する。
そこに自由意志は不要であり、
個人的幸福も必要ない。
必要なのは、
社会全体としての最適解のみである。
ターマハラ連合が掲げる
「人間性への回帰」という思想は、
過去の悲劇を再演する、危険な幻想にすぎない。
それは希望ではない。
退行であり、脅威である。
よって我々は、
ターマハラ連合を
人類存続に対する重大なリスクと認定し、
これを排除する。
この戦争は、侵略ではない。
矯正である。
この戦争は、破壊ではない。
最適化である。
感情にすがる時代は終わった。
人類は、ついに「人間」であることを超える。
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それと同時に、第三世界外衛星タカギに対して、
数千発にも及ぶ核ミサイル攻撃が実施された。
その多くは迎撃されたものの、
八発の核ミサイルがタカギの都市部に着弾。
結果として、タカギ全都市の約一〇%が壊滅状態に陥り、
一瞬にして、数億人もの人命が失われた。
同盟軍は直ちに大規模な艦隊をタカギへと差し向け、
タカギ宙域は全面的な戦闘状態へと突入した。
これに対し、ヤマト政府も即座に大艦隊を編成。
カムツキの艦隊と合流させ、
タカギ救援に向けて出撃させた。
そしてヤマト国内では、
摂政による臨時の国民演説の準備が進められていた。
ヤマト国民には、電脳メガネが支給されている。
これを装着することで、
誰もがいつでもインターネット空間へ接続することが可能だった。
多くのヤマト国民は、この電脳メガネを通じて、
同盟国タカギへの攻撃が行われたことを、
いち早く知ることとなった。
ほどなくして、全国民の電脳メガネに、
政府から一通のメッセージが届く。
──これより、ヤマト国摂政による国民向け演説を行う。
指定された演説会場へ、直ちにログインせよ。
その通知が広がると同時に、
ヤマト国全土は、異様な静けさに包まれていった。
演説会場となる仮想空間には、無数のアバターが集っていた。
老若男女、装着者を投影したアバターたちが、
同じ空間に立ち尽くしている。
その仮想空間の中心には、高台が設けられていた。
高台の上には椅子が置かれ、
そこに一人の、長い黒髪の若い女性が静かに腰掛けている。
すでに周囲は、大勢のアバターで埋め尽くされ、
かすかなざわめきが広がっていた。
高台の椅子に座っていた女性は、ゆっくりと立ち上がり、
演説台の前へと歩み出る。
「皆様、ご静粛に。
おおよそお揃いのようですので、始めさせていただきます」
仮想空間が、静まり返った。
「ヤマト国摂政の、ナミカでございます」
「女王陛下に代わり、摂政として、
皆様方へご報告すべきことがございます」
「何卒、最後までお聞きください」
ナミカは静かに一礼し、正面を向いて演説を始めた。
「すでにご承知の方も多いかと思いますが、
ヨモツクニ同盟はターマハラ連合に対して宣戦布告を行い、
同時に、タカギへの核攻撃を実施しました」
「まず初めに、この攻撃によって失われた多くの命に対し、
深い哀悼の意を表します」
深く一礼し、ナミカは続ける。
「このような暴挙が、
決して許されるべきものでないことは、言うまでもありません……」
「人類は、このターマハラから興りました。
ヨモツクニ同盟諸国にとっても、母なる大地です」
「人類はこれまで、数多くの戦争を経験し、
多くの反省を積み重ねて、今の世界を築いてきました」
「しかし、このような事態に至ってしまった背景には、
かつてターマハラが“人類効率化”と称し、
様々な改革を推し進めてきたことが、
遠因となっているのも事実です」
「ですが、突如戦争を仕掛け、
武力によってねじ伏せ、
核攻撃を行うような行為は、
もはや国家のすることではありません」
「ましてや、人間のすることではありません!」
「ターマハラ連合は、
かつて世界大戦を経て独立を勝ち取ったにもかかわらず、
今度は我々が掲げる
『人間性への回帰』という政策を脅威とみなし、
それを力で封じ込めようとしています」
「彼らは、戦争模擬実験によって勝算が見えれば、
いつでも戦争を選択する。
それこそが、“人類効率化”の成れの果てではないでしょうか」
「ターマハラは、そのような存在になってはなりません」
「そのためにも、まずこの戦争に勝たねばならないのです。
これは、人類存続を懸けた戦いです!」
「我々は、ターマハラ連合の国民を、
そしてヨモツクニ同盟の国民をも救うために、
戦わなければなりません!」
「人間には、他者を慈しむ心があります。
かつては、もっと確かに存在していました」
「この戦争に勝利し、
もう一度、人類にとっての『幸せ』とは何かを、
共に考え直そうではありませんか」
「そのような話し合える社会を、
我々は築くべきだと、私は信じています……」
「以上で、話を終えます」
ナミカは深く一礼し、高台を降りた。
ヤマト国摂政ナミカの演説の後、
ターマハラ連合からヨモツクニ同盟に向けて、
正式な返答文が送付されることとなる。
以下全文。
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ヨモツクニ同盟に告ぐ。
ターマハラ連合は、
ヨモツクニ同盟による一方的な宣戦布告、
ならびに第三世界外衛星タカギへの核攻撃を受け、
これを断じて容認しない。
よって本日、
ターマハラ連合はヨモツクニ同盟に対し、
正式に宣戦を布告する。
我々はまず、
この攻撃によって失われた、
あまりにも多くの尊い命に対し、
深い哀悼の意を表する。
ヨモツクニ同盟は、
感情を「欠陥」と呼び、
人間性を「排除すべきもの」と定義した。
しかし我々は、
感情こそが人類をここまで導いてきた良心であると考える。
怒りがあったから、暴力を悔いた。
悲しみがあったから、争いを止めようとした。
恐れがあったから、未来を慎重に選ぼうとした。
感情は、
人類が犯してきた過ちを忘れないための、
唯一の仕組みである。
ヨモツクニ同盟が掲げる
「効率」と「最適化」は、
確かに社会を安定させるだろう。
だがそれは、
命を数値に変換し、
意思を演算に置き換え、
選択する権利を奪う安定にすぎない。
それは平和ではない。
停滞であり、沈黙であり、思考の死である。
ターマハラ連合は、
かつて誤った道を歩んだ。
人類効率化の名のもと、
感情を抑え、
個を削り、
合理性のみを追い求めた。
その結果が、
今この戦争の遠因となっていることを、
我々は否定しない。
だからこそ、我々は選び直す。
恐れながらも考え、
迷いながらも選択し、
衝突しながらも対話を続ける道を。
人間であることを、
放棄しない道を。
この戦争は、
復讐のためではない。
支配のためでもない。
人類が再び
「考え、感じ、選ぶ存在」であるための戦いである。
ターマハラ連合は、
自らの過去の過ちを引き受け、
それでもなお未来を諦めない者として、
この戦争に臨む。
我々は戦う。
だが、滅ぼすためではない。
感情を失った世界に、
再び言葉と対話が届くその日まで。
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最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回までがプロローグとなります。
次回以降が本編となり、タイトルは「アヤネとカガセオ」を予定しております。
引き続き、お付き合いいただけましたら幸いです。




