いるべき場所 【淵沢工 煙浦視点】
●淵沢工業高等学校 煙浦
「チッ、やられた……」
未完成のナックルボールが通用するほど甘くなかったか。
「なにが、投手対決だ」
相手にもなってねえ。完全に完敗だ。
あっちの打線が甘ちゃんぞろいで、ここまでもったが、さすがにバレちまったな。
うちの弱点は、投手層の薄さ。オレも投手としちゃあ、まだまだ未熟なことは自分でわかってるさ。それでも先発投手を任されているのは、他に使える投手がいないからだ。決勝に備えてエースを温存するには、2番手のオレが投げるしかない。
優秀な投手は取り合いだ。私立の強豪校が、めぼしい連中を引っ攫っていっちまう。
強豪校以外は残りかすを、どうにかピッチャーに仕立てるしかない。そうはいっても、投手はすぐに育成できるものじゃねえ。ましてや、強豪校のバッターを打ちとれるようなピッチャー
監督のおかげで、多少は強くなったとはいえ、淵沢工はまだ野球強豪校とは認識されていない。うちに来る投手なんざ、オレのような半端ものくらいだ。
強豪校との差はそこにある。
「……不動静真」
お前はなんでそんなところにいるんだよ。
オレのような半端もんじゃねえのによぉ。本物がなんでそんなところで燻ってやがるんだ?
「次の回からピッチャーを交代する。岡田、いけるな?」
「はい!監督!」
エースの御登場か。オレとは違い、岡田さんは本物だ。もう、点は取られないだろう。
1点差。逆転できる差。投手が不動静真でなければ……
「煙浦はライトに入れ」
添田CEOはオレを下げない。まだ、使い道があると思われてるってことか。
「不動……静真か……」
CEOが低くうなるように呟いた名前に、腹が熱くなっていく。
「高校生であれほど完璧な投手が存在するとはな。変化球のフォームはストレートと変わらないのが理想だ。握りと手首の角度だけを変えて、ボールの回転軸を変化させる。わかってはいても、人間なら無意識になんらかのサインがでるもんなんだが、それがない」
添田CEOが相手チームの投手を褒めてやがる。褒めることなんてほとんどねえのに。
まあ、仕方ねえか。
不動静真の投球は研究した。したが、意味はなかった。
投手が変化球を投げるという意識を持たずに変化球を投げることができれば、打者に悟られることはない。
それをやってのけていやがる。一癖どころじゃなかったな。北仙丈のエース、やってくれたよ。
「どうだ?打てる見通しは立ったか?
「……どう打てばいいのか。打てると思ってバットを振ると、するりとすり抜けていって」
4番が情けないことを言ってやがる。
……まあ、あんな球を投げられちゃあなぁ。スピードもコントロールも上等。変化球は絶妙なタイミングで曲がりやがる。
「正面から勝負して勝てるような投手じゃない……か」
うめくようなつぶやきを漏らす添田CEO……
「不動静真をつぶせ。北仙丈には不動静真以外、まともな投手はいない」
低く響き渡る監督の指示。
ベンチの空気が変わる。
「まあ、そうなるよな」
他に勝つ手立てが見いだせない。正攻法じゃあ、打てやしねえ。
不動静真。
一般校にいるには強すぎた。強豪校に行かないからだよ。代えのピッチャーがいないような弱小校で、飛び抜けたピッチャーがいたら、どうなるかなんて決まってる。
いるべき場所にいない。あんたが悪いんだよ。




