蝉の大合唱 【千々和乙葉視点】
●千々和乙葉先生
準々決勝の次の日。旧校舎の部室に集まり、ミーティング。
大木に囲まれた旧校舎は、蝉の大合唱で人の声もかき消されてしまいそう。
疲れた表情の鞍掛キャプテンが、みんなを見渡す。いつになく重苦しい空気。
「えー、それでは、準々決勝の試合を振り返って、みんなの感想を聞いていきたいと思います。まずは、問題点を思いつく限り言ってくれ」
キャプテンの言葉に、みんなの目が鋭くなる。
「静真の悪癖」「静真の悪癖」「静真の悪癖」「静真の悪癖」「静真の悪癖」「静真兄ちゃんの悪癖」「静真先輩の悪癖」「特にないのぅ」
「……大地、兄ちゃんに甘くすんな」
大地くんだけ、いつもと変わらず。
大地くんのところにだけ、打球が飛んでいくことなかったものねぇ。
「では、静真くん、試合を振り返って思うところがあれば言ってください」
キャプテンが断罪するかのように静真くんを見つめる。
「みんな、ええ守備しとりました。エラーはありましたが、カバーリングが速く、進塁を最小限に抑えられました。必ず捕球しアウトにしようという気概が伝わってきました」
キラキラとした瞳で静真くんが、みんなを見渡す。みんなの顔がヒクつく。
「ただ、ランナーがいると動きに迷いが生じることがあったので、次戦に向けて、そのあたりの練習をせんとあかんと思います」
「あ、ああ、そうだな。その練習はしないとな。次の試合に向けて」
みんながうなずく。次の試合という言葉で、顔つきが変わっていく。
準々決勝 県立北仙丈・帯那連合 対 甲武信学園
4-1
県立北仙丈・帯那連合の勝利
結果を見れば、余裕の勝利のようだけど……
心臓に悪い試合だった。
静真くんにあんな悪癖があるとは……
「準決勝は、淵沢工だったよな?」
佃くんが姿勢を正して、話し合う空気を作る。
「次の対戦相手は淵沢工業高等学校。甲子園出場経験もある強豪校だ」
鞍掛キャプテンの顔が少しこわばっている。次は準決勝。ここまでくると、対戦相手は全国クラスの強豪しか残っていない。運で勝てるようなことはなくなる。
「淵沢工業か。意外だったな。昔は強かったらしいけど、最近は名前を聞かなくなってたのに」
和泉くんが不思議がるのも無理ないわね。
有望な選手たちは、私立の強豪校が掻き集めてしまう。私立のようになりふり構わず人材を集めることができない公立校は、どうしても弱体化していく。
けど、最近は例外も出てきた。それが淵沢工業高校。
「一時、淵沢工業は低迷していましたが、近頃は練習試合で強豪校も負かすほどになってます」
マネージャーの千秋ちゃんがタブレットを取り出し、話始める。頼もしいわぁ。
「何があったんだ?淵沢工業に」
佃くんが千秋ちゃんに尋ねる。キャプテンが促し、千秋ちゃんが説明をはじめる。
「新しく来た監督が、とにかく有能みたいですね」
「監督かぁ」
合点がいったという風に、何人かが頷く。
高校野球というのは監督の存在が大きい。成長途中の選手たちは監督によって、大きく飛躍もすれば、すり潰され選手生命が終わってしまうこともある。
「もともと淵沢工業は、強豪校からあぶれた選手が行くこともあって、選手は揃ってるのよね。監督の指導次第で飛躍的に強くなることも十分あり得るわね」
私立の強豪校は県内だけでなく県外からも有望選手をかき集めてくるから、県内の野球がうまい子たちが相当数あぶれる。そのあぶれた子たちが行くのが淵沢工業。
随分と前になるけど不祥事から大会出場を何年か禁止になった時期があって、それからずっと淵沢工野球部は燻っていたと聞いていたけど。監督が火を起こしたのね。
教育者として淵沢工の監督には、畏敬の念を抱かずにはいられない。次の試合では敵だけど。
「淵沢工の添田監督は、実業団で選手の経験があるんですが、怪我で20代で引退。その後、アメリカに留学。帰国後、実業団の監督に就任。実業団で監督をしていた時は、曲者と評判だったようです」
「実業団で監督?!」
「さらに、会社経営もしているやり手で、経営ノウハウを活かした指導方法で選手たちからの信頼も厚いとか」
千秋ちゃんの調査報告に、騒然となる。
「そんなすげえ監督なのかぁ」
野球の指導は人材育成し成功へ導くというビジネス的なノウハウが使える部分もあるのよね。やりすぎると選手の個性をつぶしてしまう危険があるけど。淵沢工の監督は、持っている知識をうまく活用している。手強そうねぇ。
「監督がすげえって場合、どういう対策したらいいんだ?」
「ん~、全く思い浮かばない」
異色の経歴を持つ監督にみんな戦々恐々となってしまったみたい。
「凄い指導者なら、うちにもおるじゃろ」
やれやれといった感じで大地くんが言葉を挟む。
みんなが私を見るが、すかさず手を横に振り、そのまま手のひらを静真くんに向ける。
「そうか、うちの実質的な指導者って静真兄ちゃんになるんだ」
芦崎くんが目を輝かせて、静真くんを見つめる。
そう、うちの練習メニューを決め、一人一人にコーチングしているのは静真くん。私はあくまでサポート役。
「兄ちゃんに比べたら、そこらの監督なんぞ、全員三下じゃあ」
「何言うちょる。オレは指導者と言えるほどのことはしとらんけえ、同じ土俵にも立っとらん」
大地くんのお兄さん自慢に、静真くんがあきれたように否定するけど。
「ほかの監督のことはわからないけどさ。選手育成にかけては、静真がピカイチなのは、俺たち自身が身をもって知ってるよな」
「静真のおかげで随分と成長したもんなぁ。準決勝に行けちまうほど」
鞍掛キャプテンと和泉副将が、実感をこめて話すと、みんな頷く。
「やりすぎて地獄見させられることもあるけどな」
佃くんの言葉に、みんな、昨日の試合を思い出して、げんなりとした表情になってしまう。
空気を換えなくては。
「静真くんの育成法が、優れていることは確かよね。顧問を引き受けてから、名将と呼ばれている監督の指導方法を調べてみたのだけど。……なんというか。名将であればあるほど、選手は従うだけになってしまいがちで。静真くんは同じグラウンドに立つ選手同士だから、従うというより相談し合っているでしょ。それがみんなの自主性につながっているように思うの」
うちの部には大人の指導者がいない。私は野球を見るのは好きだけど、経験者ではないから指導らしい指導はできない。普通ならマイナスでしかない状況だけど、うちはそれが強みになっている。静真くんという指導者のおかげで。
「なるほど。確かに静真に指導してもらっているけど、言われたことだけやっているわけじゃあないな」
「問題点に気づいたら自分で調べて、静真に相談して改善を図るって感じだしなぁ」
普段の練習風景を思い出し、みんなが納得だと頷く。
選手同士で教え合うと教えられるほうも自然と自ら考え試行錯誤する。そのことによって、選手一人一人が、理解度の高い上達ができている。
「言われたことだけをやるのではなく。みんなが一つ一つの練習の意味を理解し、必要だと感じ、練習に取り組む。面倒ではあるけど、上達の早道なのよね」
静真くんに負担をかけすぎないように、みんな自分でできることはやる。その精神がいい結果を生んでいる。
「静真は唯一無二の名監督だな」
みんなが、うんうんと頷く。高校生の指導者なんてそうそういないものねぇ。
真似のできない名監督と言えるわね。
「オレばかり褒められるのものぅ。千々和先生だって有能な指導者ですよ」
「え?わたし?」
「広い視点でこうしてオレたちが気づかないことを、言葉にして伝えてくれる。意識できる切っ掛けをようくれてます」
静真くん……。人心を掴むのほんとうまい!そんなこと言われたらうれしくなっちゃう!
「確かになぁ。千々和先生のアドバイスは、清涼剤みたいな感じだよなぁ」
佃くんまで……。みんな私のほうを見て、頷く。
「ふふ、ありがとう。教師冥利に尽きるわね」
そこまで言ってもらえるようなことはしてないけど。うれしいなぁ。
「そっか、こっちには名将が二人もいるんだから、淵沢工の監督を恐れる必要ないんだ」
「よし!次の試合に勝って、うちの名将二人の名を轟かせよう!」
「「「おう!」」」
元気よく、気合いを入れるみんなの姿は頼もしい。
うちは強豪校のように名の知れた監督はいなくても、静真くんだけでなく、みんなが監督のようなものだもの。恐れる必要なんてないのよね。
次は準決勝。対戦相手は、淵沢工業高等学校。
ここまで来たなら、勝って決勝に!
私ができることは少ないけれど、みんなが力を出せるように精一杯やれることはやってあげよう。
みんな、頑張って!




