クーリングタイム 【久慈正樹視点】
●久慈正樹
5回終了、クーリングタイム
「大丈夫?静真くん」
千々和先生が静真にアイスベストを着せ、熱中症になっていないか確認のため呼びかける。
「何も問題ありません」
静真は涼やかな笑顔で、アイススラリーの蓋をひねる。その動作に熱中症の初期症状は見られない。
「いつもより、スピードがでてないし、変化球も少ない」
「どこか怪我してたり、体調が悪いなら隠さず言ってくれ」
それでも静真を心配して、みんな集まってくる。静真らしからぬピッチングにみんな体調の悪化を懸念しているようだ。
体調不良を隠すようなことは、静真はしない。隠すことで、もっと迷惑がかかることを知っているから。
球が荒れだしたのは、違う理由だろう。静真は、たぶん……
「兄ちゃんの悪癖がでてきただけじゃろ。のう、兄ちゃん」
アイススラリーを飲みながら大地が、静真に確認をとる。
「悪癖?」
みんな当惑した表情になっていく。辰海と俺は、確認し合うように視線を交わす。
「兄ちゃん、天才じゃけえ、なんでも簡単にできよる。簡単すぎて退屈してくると難しいこと試し始めるんじゃ」
「難しいこと?」
みんなの戸惑いに答えられるのは、この場に4人だけ。不動兄弟と辰海と俺。
そう、静真の悪癖を、俺たちは身をもって知っている。
「……静真、打たせて取るピッチング、してるよな?」
確認のため静真の顔を見ると、なぜか照れくさそうにうなずく。褒めようとしてるわけじゃないんだけどな。
「常永との練習試合でやったような?」
副主将が怯えた目で静真を凝視する。
「やめてくれええぇぇ!!今やってるの、大会の試合だぞぉ!!」
「俺たちがミスって、点を取られたら終わりだって、わかってるよな?」
キャプテンと古二も状況がわかって、取り乱しだした。
いくらこちらが4点差で勝っているとはいえ、野球は逆転劇のあるスポーツ。
できるなら、打たせないでくれたほうがいい。
「オレはみんなのこと信頼しています!ええ守備してました!」
「そういうことじゃねえ」
静真がキラキラした目で俺たちを称えてくる。
「球数制限のことを考えたら、打たせて捕る投球を身に着けんと、この先、きつくなると思うんです。オレも大地も耐久力はまだないんで、球数を減らさんとどこかで無理が来る。キャプテンのように、打たせてアウトにしていけば、投球数が抑えられる」
「俺は打たせてアウトにしようとしたわけじゃなく、ただ、打たれただけだ!」
静真の詭弁に、キャプテンが反論を試みる。
「……確かに投球数を抑えるのは、うちみたいな少人数チームには必要な技術ではあるけど……」
ピッチャーが3人いるとはいえ、登板外でも野手として試合に出なくてはいけないから投手3人の負担が必然的に大きくなっている。特に静真はキャッチャーの役割と、バッターとしての活躍も期待されているから負担の軽減は考えないといけないところ。だからと言って……
「静真兄ちゃんさぁ。バッターを打ち取るより、守備の活躍でアウトを取ることに楽しみを覚えてるよね?」
辰海が静真の顔をじっと見ると、気まずそうに視線を逸らす。辰海の言葉が正解だと言ってるようなもんだ。
投球数より、そっちがやりたいことだろうな。
「俺たちを実践で鍛えようとしてるってことか……」
佃先輩の顔が引きつっていく。
「兄ちゃん、根っからの育て屋じゃけえのぉ。隙あらば育てようとしてくるんじゃ」
達観した表情で、大地が笹かまを食べている。
大地は静真の悪癖の一番の犠牲者だからな。あきらめも早い。
「悪癖すぎるだろぉ!」
みんなが事態を悟り、恐慌状態に陥る。
静真がピッチャーをを務めるという安心感ある試合から、エラーの許されない緊迫感のあるゲームに様変わりしたんだからな。静真に試されているようなもんだ。這い上がっていく資格があるかどうか。
大会という本番の試合ですら、容赦がない。
だが、このまま静真に弄ばれるわけにはいかない。
「……ポジションを入れ替えましょう。大地をセンターに変更。一塁には鞍掛キャプテンが入ってください」
「大丈夫なのか?センターは外野のリーダー。大地には荷が重いんじゃ……」
キャプテンの不安は当然だ。センターは、最も広い守備範囲をカバーするだけでなく、レフト・ライトへ指示する役割もあり状況判断力が必要なポジションだ。大地には向いてない。だからこそだ。
「弟に甘い静真は、大地のところに打球が飛んで行かないように調整して投げるでしょう。なので、外野に飛んでいくのを防げます。もし、飛んで行った場合は、桧山と古二の2人が、大地を全力でカバーしてやってくれ」
「静真のブラコンを利用するわけだな」
大地は守備がうまくない上にルールもよくわかってない。大地のところに飛んで行ったら、ほぼ点が取られてしまうだろう。さすがに、静真もそこまで無茶はしないはず。
「静真の気を変えられないなら、それしかないか」
「外野に飛ばなければ点にはなりにくい。内野手の負担が大きくなるが、それで行くしかない」
3年生たちが覚悟を決めた目になる。
勝つには内野手3年の3人と辰海が、打球をうまくさばいてアウトにして行くしかない。
キャッチャーの俺も、ただ捕球すればいいだけではなくなる。
キャッチャーは、「扇の要」と呼ばれているようにディフェンスの司令塔にならなければいけない。
本塁死守、バント処理、ファウルフライの捕球、内野手への指示。
グラウンド全体を見渡せる場所にいるキャッチャーの役割は広い。
静真が一番に鍛えたいのは、俺なのかもな……
胃が痛くなりそうだ。




