勝てる相手 【甲武信学園監督 視点】
●甲武信学園 監督
「今日の相手は、県立の連合チーム?よくここまで、残ったな」
ろくに監督も部員もいない県立高校の野球部が、2回戦でシード校を破るのは、そうないことだ。
「甘利が負けたのか?甘利はどうしちまったんだ?」
「主力が怪我で出場できなかった見てえだな」
「県立に負けるほど、弱体化してんのか。情けねえなあ」
部員全員が、甘利が上がってくると思っていたようだな。まさか、シードの甘利が、県立の連合に負けるとは誰も思わない。
主力が怪我で出場できなかったというのが利いたのだろう。
県内トップ3に入るような強豪校でもない限り、人材豊富というわけにはいかない。シード校とはいえ、甘利は県内でそこそこ強いという程度だ。主力が抜けた穴を埋められるほど選手層は厚くない。主力が抜けてしまえば、そこらの一般校より少しうまい程度になり下がる。
集まりすぎているんだ。上位の強豪校に、うまい連中が。
うちでさえ、選手集めは一苦労だからな。全国で通用するレベルに達しているのは、せいぜい9人ほど。ギリギリで戦力を維持している状態だ。
「運よく勝ち上がってきた連合ちゃんには悪いけど、軽くひねらせてもらうかなぁ」
すっかりリラックスしちまったな。うちの連中。
相手が県立の連合で、さして強くないとなると、やる気も起きないのは仕方ないが。
うちが先攻。北仙丈・帯那連合が守備につく。
「あれが向こうのピッチャーか」
なかなかにガタイがいい。なるほど、甘利の攻撃を抑えられるくらいのピッチャーはいるわけか。
「こりゃまた、イケメン」
「野球やるより、モデルとかのほうが向いてんじゃねえか?」
「顔採用ってやつ?」
準備投球に入る相手投手に、からかい半分のヤジを飛ばす部員たちに、呆れてタメ息が出る。
まったく、身体は鍛えられても、中身はまだまだガキだ。
礼節に厳しかったのも昔の話。今は表面だけ取り繕っているにすぎない。
今の子供は、あまり厳しくしすぎると逃げるし、すぐにハラスメントだの言いだす。この程度のことで叱っていては、部を維持していけない。自分が若い時には、なんて考えても意味がない。
幸い聞こえてないらしく、相手投手は気にした様子もなく、準備投球をはじめ……
「っ?!」
なんだ?あのピッチャー……
スピードが……
「……ぉ、思ったより速いな」
「まあ、甘利に勝ったくらいだ、少しはやるか……」
ベンチがざわついてしまっている。
少しはやるなんてもんじゃない。あのフォーム。あれは……
まずいな。選手の意識を変えさせなくては。
「準々決勝だ。弱いチームなど、残っているはずないだろう。甲子園に行きたいなら、侮らずにベストを尽くせ」
選手たちの動揺を打ち消すように、手を叩いて意識を拡散させ、ざわつきを消す。
連合チームということで、見くびっていたのは、俺もだったな。あれほどの投手がいるなど想定外だ。
「深澤、頼んだぞ」
キャプテンの深澤の顔を見たら、こわばった顔つきのまま微動だにせず相手投手を見つめている。思った以上に動揺しているな。先ほどまでの余裕はなくなっている。
深澤には、冷静になってもらわんと。うちの支柱であり、攻撃の要。
深澤の肩に手を置き、落ち着かせるように少し力を入れ掴む。
「深澤、お前なら打てる。落ち着いていけ」
「はい!打ちます。こんなところで、終わるつもりはありません!」
深澤は意図を汲んでくれたらしい。他の部員に聞こえるように大きな声で返事をしてくれた。
深澤なら大丈夫だ。フィジカルだけでなく、メンタルも強い。
あのピッチャーから点を取らなければ勝てないのだから、打ってもらわないことにはな。
……不動静真、聞いたこともない名前だが……
あんな伏兵がいたとは。
一番バッターがボックスに立つと、サイレンが鳴り響く。
試合が始まった。




