元尾白中学校 【桜宮八尋視点】
●桜宮八尋 高1
野村と揉めているところに、誰かが声をかけてきた。声のしたほうに視線を移して硬直してしまう。
そこにいたのは、背の高い若い男。ジャージ姿からでもわかる筋肉の厚み。手をポケットに入れ上から見下ろしてくる威圧的なポーズ。どう見てもただもんじゃない。
「……いやぁ、オレたち、そういう人種じゃないんで」
「暴力はちょっと……」
見るからに暴力で解決を図るタイプの大男。
本能が逆らうなと警告してくる。
オレの陰に隠れるように移動した野村が、大男を避けるように大回りして逃げていく。
「オレは辞めるからな!お前みたいな女癖の悪い奴とやってられっかっ!」
「勝手にすりゃあいいだろ!」
捨て台詞はしっかり言っていくんだな。誰も頼んで入ってもらったわけじゃねえのに。面倒くせえ奴。
「もう、ええんかのう?」
「え?ああ……」
なぜか、大男は去っていかない。
「道を尋ねたいんじゃ。ここらに廃校になった中学があるはずなんじゃがのう。野球部が練習しとる。知らんか?」
なんだ、道を尋ねたかっただけか。
「元尾白中学校のことだろ?野球部の見学をしたかったのか。だったら、オレもそっちに行くからついて来いよ」
ヤカラ系じゃなくスポーツマンか。脅かすなよ。
「なんじゃ、あんちゃんも野球部か?」
この男の目はふしあなだな。
「いや、どう見ても違うだろ。オレは旧校舎のほうの利用者。音研部だよ」
ギターケースを見せつける。
「ほうかぁ、あんちゃんはミュージシャンか」
「いや、ミュージシャンじゃなく、ただの音楽好き。ギター弾いたりはするけど、聴くほうが専門だな」
聴いてるだけじゃ物足りなくなって楽器を弾いたりもしてるけど。典型的な下手の横好きって奴だ。
少し歩くと、Y字路に差し掛かる。
「そっちじゃなく、こっちの道」
「……木しかないのう」
元尾白中学校は雑木林に囲まれた辺鄙なところにあるから、初見だと迷うんだよな。
「どこ出身?移住組だよな?その方言」
あまり聞いたことのない西日本の方言。ここらは移住者が多い地域だけど、西日本からっていうのは珍しい。
「広島じゃ。ガキん時に住んどっただけじゃけぇ。もう、ほとんど広島なまりは残っちょらんがのう」
「いや、がっつり残ってる」
その風体で広島弁は似合いすぎて怖えよ。
「あんちゃんは?地元か?」
「あ?オレ?オレも移住組。東京からだよ。んでもって、高校1年、名前は、桜宮八尋」
「洒落とんのぅ」
なにがだ?名前か?東京か?
まあ、深く考えるようなことじゃないか。
「で?あんたは?」
「不動大地。中3じゃ」
ん?……中3?中3!?
「中坊かよ!年下かよ!」
無駄に緊張しちまったじゃねえか。
よく見りゃあ、体つきに似合わない童顔。中坊の顔つきじゃねえか。中坊のくせに威圧感ありすぎなんだよ。
「中学生がなんでこんなとこにいんの?」
廃校になって5年は経っている元中学校に、現役中学生が用事があるとも思えない。
「兄ちゃんに呼ばれたんじゃ」
「兄ちゃん?」
廃校に兄ちゃんがいるってことか?
「ああ、野球部に兄ちゃんがいんのか」
「ほうじゃ」
本当にただの中坊なんだな。兄ちゃんとか言ってると、子供に見えてくる。
緩やかな坂道を登り終えると、旧尾白中学校が見えてくる。小さな校舎と、最低限の設備しかない校庭。その校庭で野球部が練習している。
「寂しいところじゃのう」
「ああ、日常的に利用してんの、野球部と音研部くらいだからな」
廃校になった中学校は、現在、北仙丈校が利用している。主に利用してるのは野球部で、今年から音研部も利用できるようになったけど、ほとんどそれ以外の者は近づかない。なにせ、辺鄙なところにあるからな。部外者が来ることはほとんどない。
「どれが兄ちゃんだ?」
「球投げとるのが。兄ちゃんじゃ」
みんな球投げてるけどな。
マウンドでやたら豪快な球を投げてる選手がいるけど、そいつのことだろうか?
「あのピッチャーが兄ちゃん?」
「ほうじゃ」
なるほどな。遠目でも比較的体格のいい選手だとわかる。こいつの兄ちゃんなら、そうなるよな。
「大地!」
大地を見つけた兄ちゃんがマウンドから降りて、こっちにやってくる。
「じゃあな、オレはもう行くわ」
「道案内、助かったけえ、だんだんじゃぁ」
「お?おう、貸しにしとくな」
だんだん?




