28.5、ワタクシの物語3~聖女グロリア~
あれから十年が経ち、ワタクシの心配などをよそに、家庭教師もつけられて最低限の勉強もマナーも教えられた。父も母も小説と同じでワタクシなどには興味もないようで、厳しくされる事も痛みを伴う様な酷い暴力のような躾をされたりなどもなかった。
まぁ、期待されていない愚鈍な次女ですもんね!
姉のユリアナは母譲りの美貌の持ち主に成長して勉学もマナーもすべてが完璧な公爵家の後継者になり、いつの間にか婚約者までできていた。こちらも大体は予想通りだけど、婚約者が第二王子ではないのよね。
ユリアナの婚約者はヨハンネス・ネーベンという伯爵家の三男だった。公爵家と伯爵家による事業提携を目的としたこの世界でも珍しくもなんともない、いわゆる政略結婚である。ネーベン伯爵家の領地は我が家の領地の隣にあり、家同士の付き合いも長く二人は幼馴染同士でもある。
ん?その設定の人物は、小説ではグロリアの婚約者じゃなかった??
名前がわからなくて幼馴染って事しか情報がなかったから確証はないけど、キルッカ家の事業に関係する婚約なのだからワタクシと婚約していた可能性もある。ヨハンネスはすらっとした長身でアッシュブロンドの髪を肩近くまで伸ばし緑の優しそうな目をした姉のひとつ上の男の子だった。姉の横に並んでもその存在が霞む事などなく、いつだって愛おしそうな目で姉を見ている。
へぇ……小説の中のグロリアの婚約者ってあんな感じの人だったんだねぇ。もしかして、優しそうなあの目でワタクシを見ていたのかしら?だって小説のあらすじには優しい婚約者って書いてあったじゃない。それって、ワタクシに対してもあんな風に接してくれていたって事でしょう。でも、ユリアナのせいでワタクシを裏切るのだから酷いわね。結局は愛人にしかなれなくて、あっさり捨てられるのだから可哀そうな人。そのままワタクシを愛していれば幸せになれたでしょうに……。
「あ、辺境伯……」
あらすじをもう一度思い出せば辺境伯と王太子達の存在も思い出し、ヨハンネスがいたら辺境伯との愛され生活がなくなってしまう。
「これでいいのよ」
ヨハンネスなど姉にくれてやればいいんだわ。一応は義兄になるのだから、ワタクシが聖女になった時にでもワタクシの逆ハーレムメンバーに迎え入れて愛してあげる。裏切ったあなたを受け入れてあげるのだから、聖女のワタクシに感謝でもして生きていきなさい。その時が来るまではユリアナの側に居ることを許してあげましょうね。
「ああぁ……ワタクシはなんて優しい聖女様なのかしら」
慈愛の微笑みを二人に向け、静かに踵を返す。味方などひとりもいないこの屋敷はいつもよりざわついている。
とうとうあの子が帰ってくる。
ワタシクからすべてを奪っていく、あの愚かな妹が……。
十年ぶりに、妹が王都の屋敷に帰って来た。せっかくだから出迎えでもしてやろうかと、二階の階段上でこっそりと様子をうかがってみる。
父も母も姉も、そして姉の婚約者や使用人達までも玄関扉の外で待っているのだろう。扉の内側でも残った使用人達が今か今かと待ち受けており、その扉が開くのを楽しみにしているようだ。
ワタクシもある意味では楽しみで……。
「いつまで待たせるのだろうね」
そんなことを口にしてしまう程、楽しみでしかたがない。扉の外が騒がしくなり、いよいよ扉が開いたその先にあの子はいた。
共にこちらに来たのであろう祖父母、待ち構えていた父と母と姉にその婚約者、彼らに囲まれながら屋敷に入ってきたあの頃より成長した妹。ピンク色に輝く不思議なブロンド、青空を落とし込んだような空色の瞳。キラキラとしたオーラを纏い輝く笑顔を浮かべた妹がそこにいた。双子であるはずなのにワタクシと似ていない、どこか他人のような妹に不思議な気持ちになったが、そんな事はすぐにどうでもよくなった。
あの方はどなた?
妹の近くにいる黒髪の美丈夫。長身で鍛え上げられた体に騎士服がとても似合っている。あの子の近くにいるのだから護衛騎士なのかもしれない。それにしては二人の距離が近く感じるが、またあの子が我儘でも言って自分に侍らせているのでしょうね。
つい、覗き込むように上から見ていたら彼と目が合ってしまった。鋭い青紫の瞳に射抜かれて思わず息を止めてしまいそうになるくらい、彼の瞳がワタクシを捕えている。
その瞳に惹かれて無意識にふらりと近づいてしまいそうになった。
「お姉様……」
ワタクシを呼ぶ声に意識が戻される。次に目が合ったのは妹のアマリア。大きな空色の瞳を揺らして不安そうな顔でワタクシの様子をうかがっている。
なぁにその顔?
まるでワタクシに何かされるのではと言わんばかりに怯えながら、気丈にもまっすぐ立ち向かっていますアピール?誰に、何のアピールなのかしらねぇ……あぁ、姉の虐めに耐えながら、そんな姉でも健気に慕っているわ・た・しアピールなのね。ほら、周りも騙されて妹を心配する雰囲気になっている。
そうやってすぐにワタクシを除け者にしようと罠に嵌める性悪な妹には、心底呆れてしまいますわね。
「付き合っていられません」
あの子からはすぐに目を外して、ため息と共にこの場から立ち去る事にした。それでも、もう一度だけあの方を見るぐらいはかまわないでしょう?そっと目を向ければ、きっとワタクシに視線を送っているに違いない。
さっき見つめ合った時にわかったのよ。あの方はワタクシの最愛となる方……そう、この出会いは運命で二人は結ばれる未来が待っている。妹になんか邪魔されたって、切っても切れない運命の糸で結ばれているのだ。
「うふふっ、初めまして辺境伯様。やっとお会いできましたね」
今まで感じたことのない歓喜に震える体を両手で抱きしめ、廊下の先にある暗闇に身を委ねれば黒を纏うあの方の腕に抱きしめられたかのように錯覚する。
物語がひとつ、また動き出す音がワタクシの耳に聞こえた。




