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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
セーカ編
38/65

砂漠に降る雨

(前回までのあらすじ)

砂嵐が去った。カイルもアクリラもテラリオも無事だったが、テラリオは何かにひどく怯えた様子だった。外に出てきたシルキルは、ヒラクがプレーナに去ったと知り、ヒラクが「プレーナの娘」であることを確信する。ユピはヒラクを失った悲しみの中、ヴェルダの御使いに「黒装束の女」に会いに来たことを告げ、ヴェルダの御使いがヒラクをすでに知っていたことを知る。

 生き残ったプレーナ教徒たちは、プレーナ教徒の居住区の三階層にある墓地に多くの死体を運んだ。いつもなら老主へ死の報告がなされた後、遺体は墓地の指定された場所に移され、地上から運び込んだ土をかぶせる。そこに老主が生命の水を数滴落とし、プレーナへの祈りを捧げ、死者のための罪の許しを乞う。


 だが今はもう老主はいない。



 砂嵐の前、老主は審問の牢獄を出たカイルたちにより、審問の牢獄に投げ込まれていた。

 時間のなかったカイルたちは老主を入り口付近に放置した。

 やがて老主は同じくその場で縛り上げられていた配下の男により介抱された。カイルに殺されかけたのをヒラクのおかげで命だけは助かった男だ。

 プレーナと一体化したヒラクの緑の光は彼らのもとにも届いていた。

 カイルに縛り上げられていた男は、その時になぜか拘束が解けたが、老主は縛られた状態のままだった。


 そして、老主を担いで広場に戻った男は、折り重なるプレーナ教徒の死体を見た。

 生き残ったプレーナ教徒たちが、老主を目にして群がった。


「さわるな!よるな!はやくわしを自由にしろ!」


 老主はそう言ってわめいた。


 プレーナの光が老主の元にも届いた時、老主が感じたのは一体化の安らぎではなく、自分の存在が跡形もなく消されるような恐怖だった。

 ひどく怯えて暴れる老主を運ぶため、男は拘束を解くことができなかった。


 プレーナ教徒たちは、取り乱す老主の姿を呆然と見ていた。

 プレーナ教徒たちの死体には目もくれず、我が身の安全のみに気を配る老主の姿に失望する者もいた。やがてその失望は怒りへと変わっていく。

 折り重なる死体の中に自分の母親と妻の姿を見た男は絶叫し、担ぎ上げていた老主を岩壁に思い切り叩きつけた。やり場のない怒りと悲しみを込められて、老人の小さな体は無残に転がった。それを後から後から踏みつける者たちもいた。

 広場には残された者たちの狂気と怒りと悲しみが充満していた。

 それとは対照的に死んだ者たちの表情はどれも穏やかで満ち足りていた。


 それからさらに十日ほどが過ぎた。


 死体の山をおおい隠せるほどの土もなく、プレーナ教徒たちは死体を墓地に投げ込むという作業を機械的に繰り返していた。

 親を亡くした子どもたちは泣き叫ぶことにも疲れ、無表情に座り込んでいる。

 残されたプレーナ教徒たちは、もはや祈りも救いも恐怖も何も感じられないようになっていた。


 さらに時間は経過し、砂嵐の夜からすでに数週間過ぎた。


 プレーナ教が壊滅状態にあることは狼神の旧信徒たちの間でも知れ渡っている。

 そしてまた、彼らを影で支配していたミカイロの姿がないことも、彼に仕えていた者たちの口から徐々に広まっていった。

 プレーナの怒りの矛先がどこに向かうかわからないとして身の処し方にまだ慎重な者もいたが、プレーナ教徒たちへの贖いの労働というものはもはや意味を成さないとして労働を放棄し始める者がでてきた。

 プレーナ教徒への食糧配分はすでに途絶えていた。

 狼神の旧信徒たちの中で、自分たちを虐げてきたプレーナ教徒たちへの積年の恨みが爆発寸前となっていた。

 狼神の旧信徒たちがいつ大挙してプレーナ教徒の居住区を襲ってきてもおかしくない状況だったため、カイルとテラリオとアクリラは、シルキルの住処に身を寄せた。

 そこには先にシルキルに保護されていたユピもいた。

 ユピの姿を見てテラリオは混乱して叫んだ。


「……早く追い出せ! 殺されるぞ! 殺される……」


「落ち着けよ、テラリオ。神帝国はまだ動きを見せていない」


 カイルはそう言ってテラリオをなだめる。

 シルキルもカイルも、テラリオはユピを理由に神帝国が攻め込んでくるのを危惧しているのだと思った。


 そして、カイルとセルシオが地下の動きを偵察するために(へや)を出ていた隙にテラリオは姿を消した。

 ユピの姿もなかった。

 室に戻ったカイルたちは、アクリラとシルキルの母親が気を失って床に倒れているのを発見した。

 カイルはあわててアクリラに駆け寄った。


「テラリオの奴!」


 こめかみから血を流すアクリラを見て、カイルは吐き捨てるように言った。

 セルシオも倒れた妻を抱き起こしながら、テラリオの仕業だと信じて疑わなかった。


 その日からカイルは、テラリオが神帝国と共謀して何か仕掛けてくるにちがいないと警戒しながら見張り場に張りついた。


 だがカイルがそこで見たのは神帝国軍ではなかった。


 自分の目が信じられず、思わず外に飛び出したカイルは、体が濡れていくことで今起きている現象を知った。


 砂漠に雨が降っていた。


 それが果たして雨といえるのかはわからない。

 淡い緑の雫が空から落ちてくる。

 水気を含んだ空気は、瑞々しく爽やかな新緑の季節を思い起こさせる。

 それと同時にカイルはなぜかヒラクの気配を近くに感じた。


 それは分配交換の夜から九十日目の朝のことだった。





(登場人物)


ヒラク……北の少数民族アノイの長の息子と山の向こうの「神の国」から来た異民族の母との間に生まれた。母が信仰する神プレーナを求めて山を越え、地下の町セーカに迷い込む。プレーナの使徒とされるヴェルダの御使いと同じ緑の髪をしている。


ユピ……ヒラクが五歳の頃、砂漠でみつけた神帝国の美しい少年。神帝国人であることからテラリオに捕まり、ヒラクと離れ離れになってしまう。狼神復活の儀式で内なる何かを目覚めさせる。


カイル……労働が罪とされるプレーナ教徒の中であえて労働に従じる仕事をする「罪深き信仰者」。テラリオとは幼馴染。ユピを捕らえているテラリオを追うためヒラクと行動を共にする。


テラリオ……カイルと同じプレーナ教徒の「罪深き信仰者」であると同時に、ミカイロとも通じている狼神の信徒。ユピを利用し、神帝国にセーカを滅ぼさせカイルと共に神帝国で自由に生きることを夢見る。


アクリラ……敬虔なプレーナ教徒。ヒラクをヴェルダの御使いと信じるが、ヒラクと関わるうちに自分が信じるプレーナへの信仰が揺らぎ始める。


老主……プレーナ教の教主。プレーナを絶対的存在とし、自らの支配力や影響力を害する狼神や神帝の存在を否定し、ヴェルダの御使いとされるヒラクの存在をも疎ましく思う。


シルキル……セーカの歴史や言語に関わる学者の一族の末裔。狼神の旧信徒居住区に住む。


セルシオ……シルキルの父。

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