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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
セーカ編
33/65

記憶の中へ

(前回までのあらすじ)

カイルからミカイロの死を知らされたセルシオは、やっとミカイロの父親と狼神復活の儀式に真実について語り出す。それによると、儀式を発案したのは、ミカイロの祖父であり、プレーナに恋人を奪われたことが発端だった。そのことを知ったミカイロの父ザイルは儀式を否定したが、ミカイロが祖父の意志を引き継ぎ儀式を復活させたのだった。結局儀式は果たされることはなく、テラリオもユピと共に姿をくらました。ヒラクは二人が確実に姿を現す分配交換の場でユピを奪還することを決意する。

 地下世界では夜明けを確かめることはできない。

 セーカの民は大小さまざまな砂時計で時を知る。

 一日の経過を示す砂時計を反転する数を数えながら、ヒラクはシルキルの家で分配交換の日を待った。


 アノイの地を離れてからすでに一ヶ月以上が経過していた。


 出発の日は月が満ちる前だった。山を越えたときにはすでに月は欠け始めていた。そしてまた満ちていく月……。地下世界では明けない夜を延々と過ごしているような感覚で、ただ長い一日が果てしなく終わらないように思えた。


 分配交換(ぶんぱいこうかん)の儀式を明日に控えた前日。

 ヒラクはシルキルの室の小さな石の寝台の上に寝転がり、敷布と掛布に挟まれてじっと目を閉じたが、ユピのことが気にかかり、なかなか寝つけないでいた。


 やっとうとうとしかけたとき、ヒラクは誰かが自分を呼ぶような声を聞いた。


 目を覚ましたヒラクは寝台の脇に立っていて、暗がりの中で横たわる自分を見下ろしていた。


(これは……おれ……?)


 寝台の上で背を向けて寝ているのはヒラク自身だった。

 触れて確かめようと手をのばしたとき、ヒラクは、自分の手が、腕が、緑色に発光していることに気がついた。


(何これ? この手は? 一体誰の……)


 その時、室の外からうめき声が聞こえた。

 その声のする方に行こうと思っただけで、ヒラクはすでにもう別の場所にいた。


 そこは今まで自分がいた(へや)とはちがう室だった。

 寝台にもたれてシルキルが眠っている。

 うめき声をあげているのは、その寝台で眠る人物だ。


 横たわっているのは小柄な老人だった。

 老人は死んだ魚のような目をしてぼんやり宙をみつめながら、ぶつぶつと何か言っている。

 ヒラクはその人物の顔をのぞきこんだ。

 すると老人はカッと目を見開いた。

 そしてぱくぱくと口を開け、すぐには物も言えない様子で顔をひきつらせた。


「おおおおお! お許しを……!」


 老人は震える手をのばし、やっとの思いで声を発した。


「どうしたの! おじいちゃん」


 シルキルは目を覚まし、祖父の異変に気がついた。


「わかんないけど、なんかおれの顔見て急に……」


 ヒラクは自分の横にいるシルキルに声をかけるが、シルキルはまったく聞こえていない様子だ。


「おじいちゃん、落ち着いて! だいじょうぶだよ、いつもの夢だよ」


 シルキルは起き上がろうとする祖父の肩を必死に押さえつける。

 ヒラクもそれに手を貸そうとした。

 するとシルキルの祖父は凍りついたような目でヒラクを見た。


「わ、わしが悪かったのです、全部わしが……。許してくだされ」


「何言って……」


 ヒラクはハッとした。

 シルキルと一緒に老人の体を押さえているはずの自分の手が形を失っている。

 自分から発している緑の光が腕からのび広がるようにして、シルキルの祖父の体を包んでいる。

 ヒラクは驚いてシルキルを見た。そして確信した。

 シルキルには自分の姿は見えていない。


「おじいちゃん!」


 シルキルは、何かにおびえたように目を見開いたまま硬直している祖父の体を揺さぶった。

 シルキルの祖父はただじっとヒラクの顔をみつめている。

 だがシルキルの祖父の目には、ヒラクの顔のあたりがもっとも強い光を放っているように見えて、それが誰であるかまではわからない。人の形をした緑の光が水のようにうねりながら自分を包み込もうとしていることに、シルキルの祖父はおびえていた。


 ヒラクは、体が溶け出す感覚と同時に、何かちがう者の意識が自分の中に入り込んでくるのを感じた。そしてヒラクはまるで自分の記憶を思い出すように、流れ込んできたシルキルの祖父の古い記憶を回想していく。




 いつのまにかヒラクはそれまで自分が寝ていたシルキルの室に戻っていた。

 ヒラクは、ランプの置かれた低い石の机に向かってせっせっと何かを書き綴っている。


(何これ? おれは一体誰?)


 ヒラクは自分が何をやっているのかまるでわからない。

 第一ヒラクは読み書きなどできない。

 ヒラクは自分の意志とは関係なく動くペン先を見ながら、自分が今、誰かちがう人間の中に入り込んでいるのだということを知った。


『ずいぶん熱心だな』


 背後から声をかけられてヒラクは驚いたが、ヒラクが入り込んでいる人物はうれしそうに振り返り、声の主を見た。


『ザカイロさん』


 ザカイロと呼ばれた青年は親しげに笑った。

 傲岸な口元と鋭いまなざしが印象的な青年で、自尊心の強さが顔全体ににじみ出ているかのようだったが、その目の奥はひどくさびしげに見えた。


『いつ帰ったの?』


『さっきだ。おまえの父さんも一緒だ』


『ネコナータの民の調査で新たな発見はあった?』


『あいかわらず好奇心旺盛だな』


 ザカイロは、ヒラクが入り込んでいる人物の肩に手を置いた。

 二人はかなり親密な様子だ。ただ、それとは別に、ヒラクはさきほどから、どうもザカイロという名前に聞き覚えがあるような気がしていた。顔もどこかで見たことがあるような気がする。


『ぼく、早く父さんやザカイロさんみたいに、外に調査に出たり、古い文献を読んだりしたいんだ。セーカの歴史の過去と未来を探る立派な仕事をやり遂げるんだ』


 ヒラクは、自分の口から発する言葉を、自分の耳で改めて聞く思いでいた。二人はセーカの日常言語で会話しているというのに、言葉がわからないはずのヒラクはなぜか話の内容が理解できた。


 ザカイロは複雑そうな表情で目を伏せた。


『俺は、おまえやおまえの父さんとはちがうよ。俺はただ多くの資料や情報の中から、自分が求めるものだけを選び出そうとしているだけだ。立派でもなんでもないさ』


 ザカイロは自嘲するように笑ってみせると、ヒラクが入り込んだ人物の髪を荒っぽくなでた。


『シルキオ、おまえ、ずいぶん大きくなったなぁ。一丁前のこと言うようになりやがって』


『ぼく、もう十二だよ。いつまでも子ども扱いしないでよ』


 ザカイロは、振り払われた手を口元に持っていき、おかしそうに笑った。


『昨日までは一人じゃ寝られなくて、俺に添い寝させていたくせに』


『一人じゃ寝られないってわけじゃないよ』


 ヒラクが入り込んでいる少年は口をとがらせた。


『ザカイロさんが寝るときにいつも聞かせてくれるお話がおもしろいから、つづきが聞きたくてそばにいてもらったんだ』


『あんな話がおもしろいって?』


『うん。悪い魔物に囚われた女の子を救うために、幼なじみの男の子が、眠りについている別な魔物を呼び出そうとするんだよね? もしもその魔物が呼び出されたら、女の子を放そうとしない魔物はやっつけられちゃうんだよね? そしたら女の子は男の子のところに帰ってこられるんだよね?』


 ヒラクは、シルキオという少年の口から出る言葉を聞きながら、何かがひっかかるような思いでいた。


『さあな、実はその男の子は、眠りから覚めたがっている魔物に利用されているだけなのかもしれないしな』


『何それ? 新しい展開?』


 シルキオがわくわくとした思いでいるのを、ヒラクもまた感じている。

 ザカイロは暗い目でシルキオを見た。

 シルキオの目を通してザカイロをみつめているヒラクは、シルキオとはまったく別の思いで、何か嫌な胸騒ぎを覚えた。


『本当の魔物は男の子の中にひそんでいるってことだよ』


 そう言って、にやっと笑ってみせるザカイロの目の奥に、ヒラクは邪悪な光を見た。

 以前ヒラクが見たときには、ザカイロはそんな暗い瞳をした青年ではなかった。赤茶色の鋭い瞳には激しくほとばしる情熱が宿っていた。


 ヒラクは思い出していた。

 前にザカイロを見たのは「井戸の間」だ。

 ザカイロは、プレーナを目指そうとするセーカの娘キルリナを引き止めようとしていた。

 幻というにはあまりにも鮮明だった。

 さらに今、ヒラクはシルキオという少年の中に入ってザカイロと接触している。

 今のこの光景は一体何なのか? 

 目の前のザカイロはヒラクが最初に見たときよりも年を重ねたように見える。

 ヒラクはこの二つの出来事を自分の中で整理できずにいた。

 混乱するうちに、すべてが闇に落ちた。




 次にヒラクが見たのは、見覚えのある老人の顔だった。


『ほう、これが例のヴェルダの御使(みつか)いに託されたという生命の水ですか』


 ヒラクの口から出た言葉は、さきほどまでの澄んだ声ではなく、低く乾いた声で語られた。

 水の入った小瓶をつかんでいる手は、何かを書き綴っていたときよりも厚みを増し、節くれ立った指の関節にはしわが寄っていた。


『シルキオ、おまえはどう思う?』


 すぐ目の前にいる老人が尋ねた。

 ヒラクは、自分がまだシルキオという人物の中にいることを知った。

 だが、もはやシルキオは少年ではない。


『どうとおっしゃいますと? 老主様』


 自分が呼びかけた言葉で、ヒラクは目の前の老人が老主であることを知った。

 だが現老主ではない。

 見覚えがあると思ったのは、「老主の聖室」でヒラクが見た老人と同じ人物だったからだ。

 緑色に輝く光と水でできたような女の足元にひざまずいていた老人は、このときはまだやせ細ってはいない。瞳は穏やかで、老獪(ろうかい)で高慢な今の老主とはまるでちがった印象だ。


『なぜヴェルダの御使いは、それを特定の個人へ渡すようにと指示したのであろうか。何か特別な意味があるのだろうか』


 老人は眉根を寄せて、シルキオが手にもつ小瓶をじっと見た。


『なぜそれをヴェルダの御使いにお聞きにならなかったのですか?』


『わしの方から何かを質問するなどとんでもないことじゃ。あの方はその小瓶とは別に、ちゃんとわしらセーカの民のために生命の水をくださった。それ以上に何を望むことがあろうか』


『本当にそうでしょうか?』


 シルキオは含みのある言い方をして思わせぶりに笑った。


『プレーナと一つとなることがあなたの望みのはずでは?』


『……それは、わしに限らず、プレーナ教徒全体の望みでもあるはずじゃ』


 老人は、人のよさそうな顔をかすかにひきつらせた。

 その動揺にシルキオはつけこむ。


『もしもこの瓶の水が特別なものであったらどうされます?』


『特別……?』


『果たしてあなたがいつも受け取っている生命の水とまったく同じものなのでしょうか?』


『まさか……ちがうと?』


『さあ、それはわかりません。ただ、それを確かめてみることはできるかもしれません』

 ヒラクはシルキオの鼓動が高鳴るのを感じた。


『私が調べてさしあげましょう。この瓶の水とあなたが受け取った生命の水が同じものであるのかどうか。この瓶の水と比較するために、生命の水を少々私に与えていただくことになりますが』


 ヒラクはシルキオの目を通して、反応を探るように老人を見た。


『……しかし、もとはプレーナ教徒とはいえ、おまえたち一族はいまや狼神の旧信徒たちとなんら変わらぬ身じゃ。それに、狼神の旧信徒の居住区に生命の水を持ち入らせることなどわしにはできぬ』


 ためらう老人にたたみかけるようにシルキオは言う。


『言っていることが矛盾しておりますね。ではなぜその瓶の水をザカイロに渡すよう私におっしゃるのです? 彼が病に伏している場所もまた狼神の旧信徒たちの居住区ではありませんか』


『じゃが、その小瓶の水はヴェルダの御使い自らザカイロという者へ託されたものじゃ。言いつけには背けん』


 老人は苦渋に満ちた表情だ。


『……もしかしたら、この水は救いの水なのかもしれませんな』


 シルキオはもったいぶったように言った。


『どういう意味じゃ?』


 老人は食いつくような目でシルキオを見た。


『ザカイロももとはプレーナ教徒なのです。だが彼は異流の信徒にまで身を落とした。小瓶の水は罪深い彼を救うための生命の水なのかもしれません。死を迎えようとする彼がこれを呑むことでプレーナと一つになることができるのかもしれません』


 シルキオの言葉は明らかに嘘だとヒラクにはわかった。

 老人を(はか)ろうとするシルキオの思いがヒラクの中に流れ込んでくる。


『……なぜ、ヴェルダの御使いは、その者にだけそのような情けをかけようとするのじゃ』


 老人は平静を装おうとするが表情はどこかぎこちない。シルキオの言葉をほとんど信じているのは明らかだった。


『私にはわかりませんが、彼は、もとは敬虔(けいけん)なプレーナ教徒だったといいます。死を前にする彼の祈りがプレーナに届いたのかもしれません』


『……では、早くその小瓶を渡してやるがよかろう』


『本当にそれでよろしいのですか?』


 シルキオは、老人が本当はそれを望んでいないことを見抜いていた。


『この小瓶の水が特別なものである場合、それを調べた後、老主様にお返ししてもいいのですよ』


『何を馬鹿な!』


 そう言う老人の声は上ずっている。


『それにこの小瓶の水が生命の水とは限らない。それを確かめてからザカイロに渡しても遅くはないと思いますが』


『……』


 老人は目を閉じ、シルキオの言葉を考え込んでいる様子だった。


『……わかった』


 老人は、ため息と同時にそう言った。


『では、これをおまえに(たく)そう。生命の水は後ほど授ける』


『ありがとうございます』


 シルキオは深々と頭を下げた。



 そしてまた、すべては闇に包まれた。


           


「おじいちゃん!」


 シルキルの声にヒラクはハッとして我に返った。


「おじいちゃん、しっかりしてよ!」


 シルキルの話すセーカの言語がわからなくなっていることで、ヒラクはもう自分がシルキオと呼ばれた人物の中に入っていないことを知った。

 寝台に押さえつけられているシルキルの祖父は、相変わらず目を見開いたまま硬直したように動かず、シルキルに体を揺さぶられている。

 緑の光を放つヒラクが自分の実体を失い、シルキオという人物の中に入り込んだ時からほとんど時間が経過していない。

 ヒラクは夢の中で夢から覚めたような気分でシルキルとシルキルの祖父の様子をぼんやりと眺めた。


 その時、突然、ヒラクはまた誰かに呼ばれたような気がした。


 それはシルキルの室の寝台で眠っていた自分を呼び覚ました声だ。

 ヒラクは全身でその声を感じ取ろうとした。

 すると急にヒラクはシルキルの祖父の寝台の枕もとに置かれていた木箱が気になりはじめた。

 それは木をくりぬいて作られた、細かな線模様が掘り込まれたふたつきの箱だった。

 ヒラクはその木箱に手をのばそうとした。

 すると、木箱はガタガタと揺れ始めた。ヒラクは思わず後ずさりした。


 突然、ふたが勢いよく飛んだ。


 木箱の中から女の手がのびてヒラクの腕をつかむ。

 ヒラクは恐怖に声も出なかった。

 だがその耳ははっきりと声をとらえた。


「ザカイロ!」


 女の手は緑の光を放ち、形を失っていく。

 同様に、女につかまれたヒラクの腕も光と混ざりあうように溶け出していった。


 ヒラクは自分がその女に取り込まれていく気がした。


(やめろ!)


           


 全身で緑の光を拒絶したヒラクは、汗まみれで目を覚ました。


 そこはシルキルの寝台の上だった。

 ヒラクは横たわったまま、自分の手をじっと見た。

 緑色の光が放たれていないことにヒラクはほっとした。

 ヒラクは寝台から起き上がると、両腕を高く上げて伸びをした。

 夢の感覚がまだ生々しく残っている。

 シルキルの祖父の興奮した様子、それをなだめるシルキルの姿、シルキオと呼ばれる人物の中に入って交わしたザカイロとの会話、前老主との会話、そして、木箱の中から出てきた女の手が自分の腕をつかんだ感触……そのすべてを、ヒラクはしっかりと思い出すことができた。


(あれは一体何だったんだろう?)


 ヒラクは考え込みながら、シルキルの(へや)を出た。

 通路を挟んで向かい側の室はシルキルの祖父の室だ。

 入り口は布で完全にふさがれていて、中の様子は見えない。

 ヒラクがシルキルの祖父の室の入り口をじっと見ていると、通路の先から声がした。


「目が覚めましたか?」


 通路の孔の向こうからセルシオが顔をのぞかせた。

 ヒラクは(あな)の向こうの室に入った。


 そこにはセルシオとシルキルの母親の姿があった。

 二人は床の敷布の上に座り、向き合って食事をしていた。

 セルシオはヒラクに声を掛けてきたが、シルキルの母親の方はまるでヒラクを見ようとはせず、せっせとパンを口に運んでいる。


「おなかはへっていませんか?」


 セルシオがそう言うと、シルキルの母親は立ち上がり、食べ終えた器を片づけた。

 そして水と小麦粉を混ぜて薄くのばし、かまどの上に乗せて焼き始めた。


「どうぞおかけください」


 セルシオにうながされ、ヒラクはさきほどまでシルキルの母親が座っていた場所に腰を下ろした。

 ヒラクが席につくと、シルキルの母親が、温めた牛乳にくずしたいもを入れたスープを盛った器を床の上に置いた。それをじっと見ながら、ヒラクはまだぼんやりしていた。


「いよいよ明日は分配交換(ぶんぱいこうかん)の儀式ですね。昨夜は緊張であまり眠れなかったのではないですか?」


「うん、まあ……」


「食事をとれば少しは気分も落ち着きますよ。さあ、どうぞ」


 ヒラクは、勧められるままに、焼きあがって出された薄いパンをぱりぱりと食べた。

 味などよくわからない。まだ夢の中にいるかのようだ。

 それでも持ち前の好奇心がヒラクの中でうずきだす。


「シルキオって誰のこと?」


 ばかばかしいと思いながらもヒラクはセルシオに尋ねた。

 だが、セルシオは目を丸くしてヒラクを見た。


「なぜ、父の名前を知っているのですか?」


 そう聞き返すセルシオの言葉にヒラクは逆に驚いた。

 シルキオとは、シルキルの祖父のことだったのだ。


「じゃあ、ザカイロっていうのは?」


 ヒラクの問いに、セルシオはさらに驚いた。


「なぜその名を? 父と話したのですか?」


「そういうわけじゃないけど……」


 ヒラクはなんと言っていいのかわからず口ごもった。


「また父が夜中に興奮して叫んでいたのですね。向かいの室ではうるさくて眠れなかったでしょう?」


 セルシオに聞かれて、この際そういうことにしておこうとヒラクは思った。


「……で、ザカイロっていうのは?」


「ザイルの父であり、ミカイロの祖父である者の名です」


 その答えにヒラクは驚きながらも、自分が体験したのはただの夢の中の出来事ではないのだと確信した。


「おれ、ちょっとシルキルの様子見てくるよ」


 ヒラクは立ち上がり、シルキルの祖父が眠る室に入っていった。



 すべての悲劇の発端となる出来事が明かされようとしていた。


(登場人物)


ヒラク……北の少数民族アノイの長の息子と山の向こうの「神の国」から来た異民族の母との間に生まれた緑の髪の子ども。13歳。母が信仰するプレーナの正体を求めて山を越え、プレーナを信仰するセーカの民が住む地下の町へ迷い込み、緑の髪のせいで、プレーナの使徒ヴェルダの御使いと間違われ、シルキルには「分け身の神」と呼ばれる。


ユピ……ヒラクが五歳の頃、砂漠でみつけた神帝国の美しい少年。15歳。神帝国の言語を母語とするが、ヒラクと話すときはヒラクの母親の言葉である「禁じられた言葉」を使う。テラリオに拘束され、神帝国がセーカを攻め入る計画に利用されようとしていたが、ミカイロに「分け身の神」とされて軟禁される。


カイル……労働が罪とされるプレーナ教徒の中であえて労働に従じる仕事をする「罪深き信仰者」。テラリオとは幼馴染。テラリオと共に地上での自由を求めたが、セーカをも滅ぼそうとする計画には賛同できず、今はテラリオの暴走を止めようとしている。


テラリオ……カイルと同じプレーナ教徒の「罪深き信仰者」であると同時に、ミカイロとも通じている狼神の信徒。ユピを捕らえてミカイロの前に差し出し、忠誠を示して見せたが、ミカイロにユピを奪われてしまう。地上での自由を得るためには手段を選ばない利己的な青年。カイルにだけは心を開いている。


ミカイロ……プレーナに背信し、狼神を信仰する「狼神の使徒」の中心人物。


ザイル……ミカイロの父。


ザカイロ……ミカイロの祖父。ザイルの父。


シルキル……セーカの日常語を作った一族の子孫。セーカや神帝国の歴史に精通し、繰り返し混乱や変化を引き起こしてきた分け身の神の存在に注目している。


セルシオ……シルキルの父。


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