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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
セーカ編
31/65

狼神復活の儀式

(前回までのあらすじ)

ヒラクはカイルと共にシルキルの住居に案内された。そこでシルキルの父セルシオと会う。セルシオは狼神復活の儀式に必要な九人の使徒のうちの一人だった。セルシオはミカイロからユピを奪還しようとするテラリオを自分の代わりに儀式に参加させていた。それを聞いたカイルは儀式の場所を聞き出しテラリオの元へ急ぐ。ヒラクはシルキルに引き止められ、セルシオの親友だったミカイロの父親は、ミカイロに殺されたのだという事実を知らされる。

 カイルとヒラクがシルキルの家にいた頃、赤い布を頭に巻きつけた一人の男が、ランプの明かりが漏れる孔の前に立っていた。


「我、狼神に忠誠を誓う者なり」


 男はくぐもった声で言うと、全身をおおう赤いマントをひるがえし、熱気のこもる円形の室に足を踏み入れた。


 (へや)の中ではかがり火がたかれ、煙がもうもうと立ち込めていた。

 煙の向こうで赤い布で全身をおおい隠す八人の男たちが床に円座している。

 男たちの前にはそれぞれランプが置かれていた。

 ランプの炎は、いつもは中心にある土器を照らしているが、今はちがう。

 器の代わりにあるのは、赤い布をかぶせられた何かだ。

 室に足を踏み入れた男はそれをじっと見た。自分が取り戻そうとしているものに間違いない。


「遅かったじゃないか」


 ミカイロは立ち上がり、男の前に歩み寄る。

 男は顔を伏せ、頭に巻きついた布の下で息を潜める。

 ミカイロは男を見てにたりと笑い、耳元に口を近づけた。


「あまり遅いから裏切ったのかと思いましたよ。まあまだ信用はしていませんがね」


 ミカイロのささやきに、男は自分の正体がばれているのではないかと思い、動揺した。

 赤布でしっかりと身を隠しているのは、セルシオになりすましたテラリオだ。


「さて、九人の使徒が一同に会したところで、真の器をお目にかけよう」


 ミカイロはテラリオに背を向けると、床に座る男たちを見渡し、中心にあるものにかけられた赤い布をさっと取り除いた。


 布の下から現れたのは白い肌をあらわにしたユピだった。

 青ざめた顔で、辱めに耐えるように身を固くして、ひざを抱えて小さくなっている。


 ユピはミカイロの言葉を思い出していた。


『……あなたはかりそめの姿だ。封印の地で眠る狼神の夢の中にいるようなものなのだから……』


(かりそめの姿……夢の中にいるようなもの……)


 自分が自分ではない感覚を言い表すのに最も適した言葉のようにユピには思えた。

 「器」と呼ばれることへの違和感もなかった。

 ユピは、時々自分の肉体が他人のものであるように感じていた。


 ユピはミカイロの言葉にすがってもいた。

 それは「解放」の一言である。

 ユピは夢とうつつの境を漂う状態から脱したかった。


 ユピは、ミカイロの言葉に誘導されて自分が一種の催眠状態にあることに気づいていなかった。

 そしてミカイロもまた、自分が目覚めさせようとしているものの真の正体を知らなかった。


「順に一人一人前に出て、器に血肉を捧げよ」


 ミカイロの言葉に狼神の使徒たちは困惑し、互いの顔を探り合う。


「どうした? 狼神の使徒の血肉で器を満たすのだ。いつものとおりにすればいい」


「だが、どこに器が?」


 困惑顔で尋ねる使徒の一人に、ミカイロは当然のことのように言う。


「この方は偉大なる狼神の仮の姿、狼神を身に宿した器だ。血肉をこの方に捧げるのだ」


「馬鹿な。こいつはただの神帝国人じゃないか。一体狼神と何の関係が……」


 そう言ってミカイロの隣にいた男が立ち上がった。

 そして次の瞬間にはその場に崩れ落ちていた。

 ミカイロがまとう赤い布の下に潜む剣から鮮血がしたたり落ちた。


「ミカイロ……何を……」


 男はミカイロに突然斬りつけられ、わき腹を押さえながら床にうずくまる。

 ミカイロは男の腕をつかんでひきずると、ユピの前に投げ捨てるようにして手を離した。


「血肉を捧げるとはこういうことだ」


 ミカイロは口の端を横にひきのばすようにして笑った。


 ユピの前にうずくまる男は、頭に巻きつけた布の隙間から血走った目でユピを見た。

 その目は不信と恐怖を訴えていた。

 ユピは目をつぶり、抱え込んだひざの間に顔を埋めるようにして体をこわばらせた。


「無駄に血を流すな」


 ミカイロはそう言って、残りの使徒たちを見た。


「我、狼神に忠誠を誓う者なり!」


「今こそ狼神の目覚めのとき!」


 叫びあげ、一人、また二人と、使徒たちはマントの下に忍ばせていたナイフで手のひらに傷をつけた。


 六人の男たちがユピを中心に円陣を組むようにして、傷をつけた手のひらをユピの上にかざした。

 ユピは一瞬顔を上げたが、男たちの手のひらから血がにじみだすのを見て、おびえたように再びひざの間に顔を埋めた。

 男たちの手のひらから赤い雫がしたたり落ちて、ユピの白いうなじから、肩から、背中にかけて、幾筋もの血の痕がつく。


「まだまだ足りぬと狼神は機嫌を損ねていらっしゃる」


 ミカイロは血に染まる剣を取り出すと、男たちの周りをゆっくりと歩いた。

 ミカイロに斬りつけられた男はすでに虫の息だ。

 その姿を目の当たりにして、手をかざす男たちは恐怖に凍りついた。

 そして周回するミカイロが背後にくると、発作的に自分のもう片方の手、あるいは腕などをナイフで切りつけた。


「我、狼神に自らを捧げん!」


「狼神の忠実なるしもべなり!」


 男たちは口々に叫ぶ。

 その異様な光景をテラリオは遠巻きに見ていた。

 立ち上る熱気と息苦しさにめまいがしそうだった。

 今やもう当初の目的は頭から離れかけていた。

 なぜ自分はこの場にいるのかという思いだった。


「まだまだ足りぬ……」


 ミカイロのその言葉に、一人の使徒がその場から逃げ出そうとした。


 男が身をひるがえしたと同時にミカイロの剣が振り下ろされる。


「狼神に背を向けるなど失礼だろう」


 ミカイロはにたりと笑った。

 もはやミカイロは正気ではなかった。


「足りぬ。足りぬ。器を満たすにはまだまだ足りぬと狼神が欲している。血肉を与えよ、その身を捧げよ、自らの血に身を投げよ」


 ミカイロは叫びながら、残りの使徒たちを斬りつける。

 一人は応戦しようとミカイロに向かっていったが、握り締めたナイフは血のぬめりで手のひらからすべり落ちた。男は自らミカイロの剣の切っ先に飛び込んでいったようなものだった。

 男の体に突き刺した剣を引き抜くと、ミカイロは高らかに言った。


数多(あまた)(しかばね)を重ねて、器を破壊し構築する。血肉で満ちた器に、神は再び甦る」


「狼神よ、我の血肉を受け止めよ!」


 ミカイロの言葉に応じるように、一人の使徒が手に持つナイフでのどをついてその場に果てた。


「もう、もうやめろ」


 震える声でユピが言う。ミカイロの耳には届かない。


「もう、これ以上……」


 ユピは目に涙をためて、自分を取り囲むように倒れる男たちの死体を見た。

 男たちが身にまとっていた赤布のすそが広がり床をおおう。

 その光景はユピの記憶にある何かを刺激した。


「赤い……赤い絨毯……」


 まるで夢の中の光景を思い出すように、ユピは脳裏に浮かび上がるものを口にした。


「やめろ、僕は行きたくない。行きたくないんだ」


 赤い絨毯が長い廊下にのびている。奥に行くほど薄暗い。

 足はユピの意思をまるで無視して歩き出す。

 その先に何があるのか、ユピにはすでにわかっている。

 廊下の先には部屋がある。

 ドアを開くと壁一面の格子窓から青白い月明かりが差し込んでいる。

 そこには布をかぶされている何かがある。


「……だめだ、布をとったら……!」


 頭の中に浮かぶ光景の中で、ユピはその布に手をのばす。


(これは誰の手なんだ?)


 その手はユピの手でありながらユピではない。


 布をはぎとると、そこには抱え込んだひざの隙間に頭をうずめる一人の少年がいた。

 少年はゆっくりと顔をあげた。


「君は……僕?」


 ユピは今この場にいる自分自身とみつめあっていた。


「僕は……誰?」


 頭の中の光景と、今の自分の状態がないまぜになり、現実が混沌とする。

 ひざを抱え込む少年は、目を細め、にんまりと笑った。


「うわあああああああああああああああああああああああああああ!」


 ユピは両手で頭を押さえて絶叫した。


「いよいよだ! 狼神が目覚めようとしている!」


 ミカイロは叫び、狂ったように笑いだす。


「一体、何が起きようとしているんだ……」


 テラリオは赤い布の下で呆然とつぶやいた。


 ユピは両手で頭を押さえ込んだまま沈黙した。

 身動き一つせず、その場に座り込んだままの姿勢でいる。


「狼神よ、いかがなされた?」

 ミカイロは床にひざをつき、血の海の中の死体をかきわけながらはい寄って、ユピの顔をのぞき込もうとした。


 ユピはゆっくりと顔をあげた。

 それまでのおびえた様子とはまるでちがう。

 血の気の失せた顔に冷酷な微笑を浮かべ、目の前のミカイロに無慈悲なまなざしを向ける。


「狼神よ、私はあなたに忠誠を誓う第一の使徒です」


 そう言って、ミカイロはユピの言葉を期待した。

 ユピは虫けらでも見るような目でミカイロを見て、ゆっくりと口を開いた。


「何をもってこの私に忠誠を誓うというのか」


 低く響く声だった。息を漏らすようにひっそりと話す、いつものユピの口調とはちがう。


「我はあなたの忠実なるしもべ、我はあなたとともにあり、あなたに我が身を捧げ……」


「口上はいい」


 声をうわずらせながら、なめらかな調子で語りだすミカイロの言葉をさえぎり、ユピはゆっくりとその場に立ち上がった。


「おまえのいう忠誠とやらを示してみろ」


 ユピは、ひざまずくミカイロを冷たい目で見下ろす。

 ミカイロは、ごくりとつばを飲み込んだ。

 目の中に、血に染まる使徒たちの死体が飛び込んでくる。

 ミカイロのこめかみに汗がにじみだし、呼吸が次第に荒くなる。


「我は狼神に忠誠を誓う者なり!」


 ミカイロは叫び、懐から出したナイフで自分の手のひらに傷をつけた。

 そしてさらに取り出した狼の牙を傷口にくいこませるようにして、ぐっとこぶしに力を込めた。


 ユピは興ざめしたように言う。


「それがおまえの言う忠誠か」


「我、狼神に忠誠を誓う者なり!」


 ミカイロはもう片方の手を切りつけた。


「それだけか」


 ユピは表情一つ変えない。


「我、狼神に……」


「もういい」


 ユピはミカイロに背を向けた。

 その背中を見たとき、ミカイロは、追いかけてきたもののすべてが遠ざかるような気がした。


「狼神よ!」


 その叫びに、再びミカイロを顧みたユピが見たのは、赤い鮮血の中に崩れ落ちる哀れな男の姿だった。ミカイロは、使徒たちの血に濡れた剣を自らの胸に深く突き刺していた。


「血肉を捧げん……我が狼神よ……」


 ミカイロは剣を抱きかかえるようにして、その場にはいつくばりながら、すがるような目でユピを見た。


「我こそが、あなた様の第一の使徒……どうか、新しい命を……あなたの復活の息吹を私に……」


 ミカイロは口の中にあふれる血にむせびながら言う。

 だがユピは、その様子を見て眉一つ動かさない。そして冷たく言い放つ。


「おまえには失望した」


 ミカイロは血走った目を見開き、つき立てた剣を引き抜くこともできずに、震える両手で胸をおさえた。そして迫り来る死を恐れながら、ミカイロは絶望しきった様子で息絶えた。


 ユピは何の関心もない様子でミカイロの死体を眺めると、その場に呆然と立ち尽くしたままのテラリオに目を移した。


「それで?」


 ユピはゆっくりとテラリオに近づいていく。


「おまえには何ができる?」


 テラリオは膝頭を震わせて、その場に腰を落とした。目の前には、しゃがみこむユピの顔があった。その目はぞっとするほど冷たい。


「ろ、狼神よ、私は……」


 テラリオは声を震わせる。

 ユピは非情なまなざしを注ぎながら、嘲るように笑って耳元に顔を近づけた。


「誰が狼神だって?」


 その言葉にテラリオは愕然とした。


 血肉を捧げた使徒たちの屍の中で目覚めたのは、狼神ではなかった……。


(登場人物)


ヒラク……北の少数民族アノイの長の息子と山の向こうの「神の国」から来た異民族の母との間に生まれた緑の髪の子ども。13歳。母が信仰するプレーナの正体を求めて山を越え、プレーナを信仰するセーカの民が住む地下の町へ迷い込み、緑の髪のせいで、プレーナの使徒ヴェルダの御使いと間違われ、シルキルには「分け身の神」と呼ばれる。


ユピ……ヒラクが五歳の頃、砂漠でみつけた神帝国の美しい少年。15歳。神帝国の言語を母語とするが、ヒラクと話すときはヒラクの母親の言葉である「禁じられた言葉」を使う。テラリオに拘束され、神帝国がセーカを攻め入る計画に利用されようとしていたが、ミカイロに「分け身の神」とされて軟禁される。


カイル……労働が罪とされるプレーナ教徒の中であえて労働に従じる仕事をする「罪深き信仰者」。テラリオとは幼馴染。テラリオと共に地上での自由を求めたが、セーカをも滅ぼそうとする計画には賛同できず、今はテラリオの暴走を止めようとしている。


テラリオ……カイルと同じプレーナ教徒の「罪深き信仰者」であると同時に、ミカイロとも通じている狼神の信徒。ユピを捕らえてミカイロの前に差し出し、忠誠を示して見せたが、ミカイロにユピを奪われてしまう。地上での自由を得るためには手段を選ばない利己的な青年。カイルにだけは心を開いている。


ミカイロ……プレーナに背信し、狼神を信仰する「狼神の使徒」の中心人物。


シルキル……セーカの日常語を作った一族の子孫。セーカや神帝国の歴史に精通し、繰り返し混乱や変化を引き起こしてきた分け身の神の存在に注目している。


セルシオ……シルキルの父。ミカイロの父親は無二の親友だった。

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