第十二話「国境線と雨の日の珈琲」3
第三章 白亜の聖地へ
ゴーストラインを撃退し、一行は国境検問所へと到達した。 雨上がりの夕日の中、ミサイア共和国の巨大な防壁がそびえ立っている。 検問所のゲートは固く閉ざされ、武装した警備兵たちがバリケードを築いて待ち構えていた。 先ほどの戦闘の爆音と魔力反応を感知し、厳戒態勢が敷かれているのだ。
「止まれ! 直ちにエンジンを切れ!」
拡声器からの警告。 無数のライフルと、対車両用魔導砲の照準がオフロード車に向けられる。
「……どうする、キリコ。通行手形を見せるか?」
ジン(夜刃迅)が問う。 だが、キリコ(九十九霧狐)は首を横に振った。
「ダメよ。……荷台の『黒胎』の反応が強すぎる。近づけばセンサーが感知して、問答無用で拘束・隔離されるわ。手形を見せている間に囲まれて終わりよ」
正規の手続きを踏めば、間違いなく荷物を没収される。そうなれば、ルシウスに届ける前に「処理」されてしまうかもしれない。 ここを通るには、選択肢は一つしかない。
「……やるしかねえな」
運転席のチャーリー・Sが、不敵に笑った。彼はサングラスをかけ直し、シフトレバーを握りしめる。
「シートベルトを締めな。……舌噛むぞ!」
「総員、衝撃に備えろッ!!」
ジンの叫びと共に、チャーリーがアクセルを床まで踏み込んだ。 エンジンが咆哮を上げる。 減速ではない。全速前進。
「なっ……!? 止まれ! 撃てッ!!」
警備隊長の怒号。一斉射撃が開始される。 聖銀の弾丸が車体を叩くが、鏡花による改造装甲と、ルカが展開した結界がそれを弾き返す。
「どきな! ……急ぎの荷物だ!!」
チャーリーがハンドルを切る。車体から水流が噴出し、巨大な衝角を形成する。
ドゴォォォォォン!!
激突音。 数トンの鉄塊と化したオフロード車が、鋼鉄のバリケードを紙細工のように粉砕した。 ゲートがひしゃげ、吹き飛ぶ。 警備兵たちが慌てて左右にダイブする中、車は土煙を上げて国境線を突破した。
「侵入者あり! 総員、追跡せよ!!」
背後でサイレンが鳴り響く。 装甲車やバイク部隊が追ってくるが、チャーリーのドライビングテクニックはそれらを寄せ付けない。
「ヒャッハー! 歓迎されてるぜ!」
車は、白亜の聖地へと雪崩れ込んだ。
壁の向こう側に広がっていたのは、整備された美しい都市だった。 白く輝く石畳。整然と並ぶ街路樹。 平和な夕暮れの街を、泥だらけのオフロード車が猛スピードで駆け抜ける。 悲鳴を上げて逃げ惑う市民たち。 パトカーのサイレンが、静謐な鐘の音をかき消していく。
「……綺麗だけど、これじゃ観光どころじゃないわね」
ルカが、揺れる車内で目を回しながら呟く。彼女が夢見た「外の世界」への第一歩は、指名手配犯としての逃走劇だった。
「最短ルートを行くぞ! 目指すは中央、首相官邸だ!」
キリコが『千里眼』でルートを指示する。 迷路のような市街地を、ドリフトとショートカットで突き進む。 階段を駆け下り、広場の噴水を飛び越える。 それは、美しい絵画に墨汁をぶちまけるような、強烈な違和感と疾走感。
そして、目の前に巨大な石造りの建物が現れた。首相官邸。 かつてのH.L.O.H.本部跡地に建てられた、この国の心臓部。 その正門前には、既に重装歩兵部隊が展開し、壁を作っていた。
「止まらないぞ! ……突っ込む!」
ジンが叫ぶ。 もはやブレーキは効かない。このまま官邸の玄関にクラッシュする――その寸前。
「……待て。道を開けろ」
静かな、しかしよく通る声が響いた。歩兵部隊が、どよめきと共に左右に割れる。
その先に立っていたのは、一人の男だった。 仕立ての良いスーツを着こなし、しかしその瞳にはかつての「処刑人」の鋭さを宿した男。
ルシウス・クロウリー。
キキィィィッ!!
チャーリーが急ブレーキを踏む。 タイヤが白煙を上げ、ルシウスの鼻先数センチで、車は停止した。
静寂が戻る。 プシュゥ……と、ボンネットから蒸気が上がる。ドアが開き、泥だらけの四人が降りてきた。 包囲する数百の銃口。 だが、ルシウスは手を挙げて兵士たちを制した。
「……派手な到着だな。玄関を壊す気か」
ルシウスは、呆れたように、けれど懐かしむように苦笑した。
「悪いな、首相サマ。……検問が厳しすぎてな」
「おたくの警備、優秀ね。……振り切るのに苦労したわ」
チャーリーとキリコが、悪びれもせずに答える。ジンは、荷台から二つのケース――『黒胎』と『小箱』を下ろし、ルシウスの前に置いた。
「黒狐便だ。……荷物を届けに来た」
ジンが告げる。 ルシウスは、黒いケースから漏れ出す瘴気を見て眉をひそめ、次に漆塗りの小箱を見て、ハッと息を呑んだ。そこから放たれる神気。天帝の気配。 そして何より、彼が懐から取り出した聖遺物『ゴルゴダ』の欠片が、小箱に呼応して強く脈打ち始めたのだ。
「……間違いない。これは、私が待っていたものだ」
ルシウスは、兵士たちに向き直り、宣言した。
「警戒を解け! 彼らは敵ではない。……国賓だ」
ざわめきと共に、銃が下ろされる。 ルシウスは、キリコたちに歩み寄り、その泥だらけの手を握った。
「よく来てくれた。……そして、よく運んでくれた」
その時。 官邸の奥から、一人のシスターが駆け寄ってきた。 シスター・ノア。 彼女は、ボロボロになったルカの姿を見つけ、目を見開いた。
「……ルカ?」
「ノア、様……」
ルカが駆け寄る。10年ぶりの再会。感動と、安堵の涙。
「……任務完了だな」
ジンが呟き、キリコが頷く。 長い旅路の果てに、ようやく一つの目的地へと辿り着いた。 強行突破の末に掴んだ、束の間の休息。
だが、彼女たちは知っている。 これが終わりではないことを。 この小箱の中身こそが、次なる冒険――次元を超える旅への招待状であることを。
夕日が、白亜の街を赤く染めていく。黒狐と黒翼は、聖地の中心で、次なる風を待っていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




