03
シリウスは、ジャーマンシェパードを模した動物型補助機械だ。
大半が本物の動物に似せてふわふわの毛で覆われている動物型補助機械には珍しい黒色のフルメタルで、付けている焦げ茶色の首輪には筆記体で《Sirius》の文字と青、緑、無色の小さな石が付いている。
「なんで小学校は持ち込み出来るのに、高校はダメなのかなー」
「そんなの、小さい子供向けだからに決まってるでしょ。」
(動物型補助機械の主な機能は防犯にある。不審な人が接触してくれば、ブザーが鳴るし録画もされるし警察に連絡もされる。
それが高校生に必要かと言われれば、必要だと言いたいが…対応出来るお年頃ではある。
しかも庶民なら不要なのは尚更だ。お金持ちの貴族様と悪者に狙われる確率が違うのだ。しかし…)
「大人も咄嗟に行動出来なかったりするじゃん。もしもの時に備えは必要だと思うんだよね。」
「シリウス、防犯機能付いてないでしょ。」
「ぐっ…」
(そうなのだ。シリウスには防犯機能が付いていない。)
「今のは他の動物型補助機械の話!こんな可愛い子を家に一人にしておけないから一緒に学校に連れて行きたいの!」
「電源切っておけば良いでしょ。」
「ぐっ…そ、それに!防犯機能付いてなくても、色々助けてくれるし!」
「それは、わたー」
「泥棒ー!」
後方から聞こえた叫び声にモカは言葉を止め、二人は振り返った。
それと同時に電動自転車に乗った男が猛スピードで二人を追い越して行く。
離れた所には先ほどすれ違った老婦人が倒れていた。上半身を少し上げ、ふるふると震えている。
「モカ、おばあさんをお願い。」
「ちょっ!響!?」
響は電動自転車に乗り男の後を追った。
「シリウス!アナログ運転モード解除!速度のリミッターも解除して!」
「ウォン!ウォン!」
シリウスの目が二度点滅し、それに呼応して電動自転車の電源ボタンも点滅する。
電動自転車は速度を上げ、男へとぐんぐん追いついて行く。
「そこの泥棒!止まれー!」
男は振り返ることなく必死に電動自転車を走らせた。
(まあ、止まらないよね。
この先は下り坂…なら!)
響はさらに速度を上げた。そして、下り坂に入る直前大きく宙へと飛んだ。
「悪人退散!」
電動自転車は放物線を描き、男の背中に後輪からダイレクトに着地する。
悲鳴を上げた男は電動自転車に乗ったまま倒れ、響は気絶して伸びた男の前に華麗に着地した。
「悪人退散じゃないから。退散って散らしてどうすんだよ。流血沙汰か。」
暫くして老婦人を軽々と背負いジトリ目のモカが合流した。
「アハハ…聞こえてた?でも、そんなに流血してないから安心して。」
「こちらです」と響は鼻血を出して転がる男を両掌で示しご案内する。
しかし、モカは心底興味がないとでもいうようにそれを一瞥しただけだった。
「安心して、じゃないわよ。また危ないことしたんでしょ。」
「アハハハッ…」
笑ってごまかすが、モカの目は厳しい。
(モカさん怖いって!でも、リミッターを外した禁止行為については何も言わないし、そこは目を瞑ってくれたのかな…)
「お嬢さん方、本当にありがとう。」
モカの背から降りた老婦人は、取り返したバックを手に頭を下げた。
「いえいえ、お役に立てて良かったです。」
照れ笑いを浮かべ、響は両手を左右にブンブンと振る。
(おばあさん、ケガもなくて良かった。)
『時間です。時間です。』
シリウスから男性の機械音声が流れた。
「あっ!約束の時間!」
「ここは私がやっておくから。響は行って。」
「ごめんモカ!あとは任せた!」
「任された。
くれぐれも危ないことはしないでよ。」
「大丈夫!一言伝えて、渡す物渡したら直ぐ帰るから!」
シリウスを肩に乗せ、響は電動自転車を走らせながら振り返り手を大きく振る。
モカも離れていく響へ手を振り返した。
「ほんとに大丈夫かしら。」
腕を組み短く溜息を吐く。
そのモカの肩の向こうに、微笑んでいたおばあさんの目がスッと鋭い眼差しへと変わった。
背筋も真っ直ぐ伸び、先程までの人物とは全く別人の雰囲気だった。
「モカ様。」
後ろから聞こえた静かな声に、モカの体が固まる。
(うそでしょ…)
「このような危険なこと、お嬢様は許されておりません。」
(くっ…)
モカは平静を装い振り返った。
綺麗な立ち姿でこちらをじっと見る視線とかち合う。
「危険なことからは距離を置き、直ぐに警察に連絡されるべきでした。ご自身のお立場をお忘れなきよう。」
「ちょっとやり方が汚いんじゃないの?」
「そうお思いでしたら、お嬢様に直接お伝え下さい。」
(はいはい、今回のこれはあの人が考えたんでしょうね。)
「言えるわけないでしょう。」
これから待ち受ける叱責を想像し、モカは深い深い溜息を吐いた。
◇◇◇
郊外まで来ると、高さ2m程の塀が続く街道へと出た。
車も人気さえもない静かな所だった。
モカが言うには、待ち合わせの工業地帯は広大な森に隣接していて、それ以外の所はこの塀で覆われているそうだ。
入口はこの街道を進んだ先に一箇所あるだけ。
その入口を目指し塀に沿って走らせていると、1人の男性が不審な動きをしているのが見えた。
(何やってんだろ、あの人。)
入口横の自販機前、男は前かがみになり必死な形相で鞄をあさっていた。
男から十分に距離を取り、スピードを落とす。
通り過ぎざま目を凝らしよくよく見れば、自販機の画面に『投入金額100円』と表示されている。
「み、みずぅぅぅ…」
男から漏れ出た声には必死さが滲み出ていた。
(ああ、お金探してるのか。)
「………」
少し考え、来た道を折り返して電動自転車を停めた。
「シリウス、巾着出して。」
「ウォン!」
肩に乗るシリウスが返事をした後、電動自転車のハンドルに跳び乗った。
そして後ろ足で立つと同時にお腹のハッチが開き、中から錫色のベルベット生地の巾着が姿を見せる。
(水の値段は…110円ね…)
それを手にし、がさごそと中を探って硬い箱を押しのけ底にあったコインケースから10円を取り出すと、巾着をまたシリウスに戻した。
ハッチを閉めたシリウスが肩に戻ると、響は電動自転車を押して男に近付く。
男は探すことに夢中で響に気付いていなかった。
(どう話しかけよう…
ん〜断られそうな気もするし…どうするかなあ…)
しかし、逡巡しながら近づき間近で見た男の顔にかいた汗と顔色に、迷いは消えどうするかは直ぐに決まった。
電動自転車を停め、一歩歩み寄る。
響は何も言わず、手に持っていた10円を自販機に入れた。




