1話
声が聞こえる。大きな、苦痛を含む声だ。すでに空は暗く、窓に差し込む光は月光ばかりのはずなのに、やけに部屋が明るい。
まどろみの意識の中、声も光も確かに感じる。布団から出て、扉を恐る恐る開けた。
燃えている。幾度となく過ごした村が燃えていた。オレンジ色の光が村を陽炎のごとく包んでいる。
家に戻り父と母を探すが、自分以外に誰もいない。
早く家族と会いたい。その一心で、意識がぼやけたまま、靴を履くのを忘れ、裸足で地面を踏みしめながら村を眺めて歩む。
村に近づくにつれ、言いようのない恐ろしい気配を強く感じ始める。この気配……どこかで感じたことのあるような気がした。
何が起こっているのだろう。幼い自分にはわからない。それでも不安が背中を押す。村から少し離れたここからでも、焦げるにおいが強く、道中でせき込んでしまう。民家が集中している場所まで進むと、目の前の光景がより鮮明に映った。
多くの見知った顔が血を流して横たわっている。見開かれた目に生気は感じられない。
次第に不安が恐怖に変わる。
恐る恐る倒れた人に触ると、体はまだ温かい。でも呼吸など一切の動きはなかった。
これは死だ。他の生き物の死は何度か見たことがあるが、人の死は初めてだった。
なぜ死んでいる。どうしてこんなことになっている。
息が乱れ、足がすくむ。
「はぁ、はぁ……に、兄ちゃん……」
恐怖が体を染め上げる中、優しい兄の顔が思い浮かぶ。兄は今夜、村の夜警で家にいなかった。兄を案じる気持ちが恐怖を押しのけ、体を突き動かす。
燃える家の間を抜け、大通りへ向かう。すると、燃える音とは違う、何かがぶつかる音が聞こえた。音が鳴る度、炎によって明るくなっている空に別の強い光が刺す。
誰かがいる。その確信を持って走り出す。
ほんの数分で大通りにたどり着くと、通りの中央に二人の人影があった。さらに駆け寄ると、そこには兄と父が向かい合って立っていた。
家族を見つけ、一瞬だけ安堵するが、そんなものは勘違いであることに気づく。
二人の表情は今まで見たことがないほど険しく、互いを射るように見つめていた。それぞれの手には、抜き身の血塗られた剣が握られている。
疑問が頭の中で渦巻いていると、再び二人が動きだす。自分の目には捉えきれないほどの速さで肉薄する。
一度まばたきをした瞬間、自分の目を疑った。
兄が、父の胸に剣を突き刺していた。
「ルシ……フル……」
兄ルシフルは剣を抜き去り、父の小さな声とともに苦しげな表情のまま地面に崩れ落ちた。
乱れていた呼吸がさらに速くなり、もはやできているのかわからないほど浅くなる。
「なんで……兄ちゃん……」
父を見下ろしていた兄がこちらを見る。その顔には、優しかった兄の面影が一切ない。
何よりも恐ろしかったのが、兄の眼であった。眼球全体が闇を流し込んだように黒く染まり、瞳孔は獣のそれのように縦長で歪んでいる。
「……セフラ」
兄が俺の名前を呼ぶと、血に濡れた剣を片手に、こちらへ向かって歩いてくる。
その時、ようやく思い出した。
この言いようのない恐ろしい気配。この気配を一度だけ感じたことがあった。危険な場所だからと教えられた洞窟の奥にあった角と同じ気配だ。
同行していた父はこう言っていた。
『あれはかつて勇者が命を賭して倒した存在、魔王の角の一部だ』
そんなわけがない。ありえない仮説に思わず首を振る。
まるで……兄が魔王なのではないかと。
疑問が頭の中で渦巻くが、近づく兄を見てすぐに一変する。
殺される。命が脅かされると確信させるこの感覚は、きっと殺気というものなのだろう。
到底耐えきれない現実から、意識が遠のいていく。
そこから先は……どうなっただろう。




