第五話 運命の出会い
〜ここまでのあらすじ〜
食事が栄養ゼリーだけの世界で、政府は全てを左右するVRMMOを開発した。
峰大は、ガシマと名乗る謎のNPCの強力を得て1位を目指す。
ガシマの淹れた珈琲でついにユニークスキルを手に入れた! ☜イマココ
〜登場キャラ紹介〜
・ガッツリン:多部 峰大
主人公。高2。取柄はゲームの腕で負けず嫌い。
・ローカロリー:相須 萌奈香
峰大と同じクラス。ハイスペックな天然女子。
・爆殺クチャラー
ネット上の親友。関西弁が特徴のエンジョイ勢。
・アイムマヨラー
時代劇風のキャラ作りをしているネトゲ廃人。
・ガシマ店長
二足歩行で歩く銀毛のスコティッシュフォールド。垂れた耳と眠そうな目がトレードマークで喫茶店開業の野望に燃える。
弾むように指先を操作し、スキル詳細を開く。
《お母さんの苦悩と知恵袋》:
──食材の組み合わせによる効果を最大限に引き出す。さらに、食事の好みやアレルギーを考慮した料理を瞬時に編み出すことが可能。
「……なんか妙に生活感あるスキルじゃね?」
眉をひそめていると、食べ過ぎから復活した店長もトテトテと近づいてきた。
「どんなユニークスキルなんニャ~?」
「うーん、調理スキルっぽいんだけどさ……」
苦手やデメリットを取り除き、効率を最大化する魔法扱いの調理スキルだ。
「ふむふむ。勝ち組になれそうなスキルかニャ?」
「微妙。本音を言えば戦闘スキルが欲しかったけど、仕方ないな」
会話が一段落したとこに、萌奈香からプライベートチャットが飛んできた。
『ローカロリー:ガッツリン、お待たせ~』
『あぁ、いまギルド拠点の俺の部屋にいるから、こっちに来てくれるか?』
そういや、昼頃にインすると言っていたな。
いずれバレるんだし、萌奈香たちにはガシマ店長を紹介しておこう。
と考えて、ローカロリーを招待したのだが……。
「可愛い~! ねぇ、店長さん。撫でていい?」
「ニャ~? ちょっと触りすぎニャ~やめるニャ~」
萌奈香が猫好きなことをすっかり忘れていた。
物凄く好き好きオーラ全開でガシマ店長を撫でまわしている。当の被害者は何かトラウマを想起したのか、全身の毛を逆立てて部屋の隅で警戒モードだ。
間に入るしか無いと思い、俺は小さく嘆息した。
二人は「過度なお触り禁止条約」を結んだし、これからは仲良くやれると思う。
その後は爆殺クチャラーも合流して自己紹介を済ませる。
出会いの記念にガシマ店長が得意料理を振る舞ってくれる流れになった。
店長がキッチンへ籠って小一時間ほど経っただろうか。鼻をくすぐる芳ばしい香りが漂ってくる。
「おっ、これはいい匂いだな」
「これ、何の料理だろう? ケチャップの甘い匂いがするね!」
「俺、ケチャップの甘さがちょっと苦手やな~」
俺は新しいレシピに興味津々だが、爆殺クチャラーは微妙な表情をしている。
辛い食べ物が好物の彼は、スイーツ以外の甘い物があまり好みではない。
色々と語りながら席で料理を待つ。
自慢ありげな声がキッチンから聞こえてきて、出来上がったことを悟った。
「今、ちょうどできたんだニャ~」
ひょこひょことした足取りで運ばれてきたのは、鉄板皿に盛られたナポリタン。
それをテーブルに置いた店長は、腕を組んで得意げに猫背と尻尾を伸ばした。
「なぁ、このスパゲッティは邪道やないんか?」
「店長さん。あのね? 私、ピーマンが苦手だから無い方がいいな!」
席に着いた二人が一口ずつ食べた後に、要望という名のダメ出しを始める。
そこまで言われると思って無かったのであろう店長は、半閉じの瞼が普段より気持ち見開かれていた。
「なんてワガママなお客さんニャ~。ナポリタンはこういう料理ニャ~。それにピーマンは必需品だニャ~」
「すまん、店長。俺も改善点が多いと思う」
「ニャ!?」
腕組みのまま、天を仰ぐ店長。
リアルでの食事がゼリーだけになった俺たちは偏食家ばかりだ。その需要を満たすための調理スキルが足りていないのだと思う。
「作り直してくる。3人ともちょっと待ってろ」
15分のクッキングを経て、湯気の立ち上る鉄板皿を人数分テーブルへと運ぶ。
【小金瓜のもちっと麺〜ガッツリンスペシャル〜】
「おお、これは……! ほな、いただきます!」
爆殺クチャラーはさっそくフォークを手に取り、ひとくち頬張る。
「……うまいわ! ケチャップの甘さが抑えられとって、からしマヨがええアクセントになっとる」
「ピーマンの苦みも気にならない!」
ローカロリーもご満悦の様子。
トマトピューレと生トマトを投入して、ケチャップよりもトマトの香りが立つようにアレンジした。
素材の赤も一層鮮やかに映える。
刻みニンニクとピーマンをオリーブオイルで一度炒めたことで、苦みを抑えつつシャキシャキの食感だけを残せたと思う。
隠し味としてカラシマヨネーズを絡め、ケチャップを減らした分の濃厚さは、追い半熟卵でカバーした。鉄板皿の余熱で良い感じに麺に絡んでコクと風味が増し、皆の奏でるフォークの音と絶賛が止まらない。
逆にガシマ店長は、部屋の隅で体育座りをして、「こんなのナポリタンじゃ無いニャ~」と繰り返し呟いている。
「店長のふる……もとい化石のような伝統をフレッシュトマトでイノベーションしといた」
「オブラート包み仕立て風を装った雑なフォローをやめるニャ~~!」
◇◆◇◆◇
数日後。
ギルドマスターから納品物に関しての報告を求められて、ガシマ店長のことは伏せながら説明したけれど、珈琲の出所なんかを疑われて大変だった。
それを社会人のアイムマヨラーへ愚痴る。
「……で、マジ大変だったんだよ」
「それは災難であったでござるな。だけど、店長殿の存在はいつまでも隠し通せぬと思うでござるよ」
今の忠告は正しいだろう。
港町エリアでは喋るタヌキャット情報が出回っていて、バレるのは時間の問題。
自称猫魔族の居候がご立腹な様子でテーブルを打ち鳴らす。
バン! バン!
「だ~か~ら~! オラはタヌキじゃないのニャ~」
「うっせーぞ、店長」
「拙者、タヌキャットの画像持っているでござるよ」
画像を見たら見たで「この素敵なお嬢さんはどこの人ニャ~」と騒ぎ出した。相変わらず眠そうな目だけど、普段より心持ち真剣に画像を眺めている。
この画像のタヌキャットはメスだったのか。一体どこで判別すんだよ。
俺のすぐ隣で、ガシマ店長の頬はだらしなく緩む。
「くりくりとしたお目目が可愛いのニャ~」
「いや、ギラついてる凶暴な目付きじゃねーの?」
「ワイルドな毛並みのヌード写真は凄く刺激的ニャ~」
「いやいやいや、モンスターは基本、服着ねーし」
タヌキャットをベタ褒めするガシマ店長は、不満があるのかこちらを睨みつけてきた。全然怖くないけど。
そもそもNPCの美的センスや価値基準とは全く相容れない。
タヌキャットは敏捷が非常に高い、機動型の魔導士モンスターだ。魔法は凶悪なのを幾つも持っているし、ソロで戦ったなら俺も高確率で負ける。
大切そうにタヌキャットの写真を抱えている店長とは分かり合えないかもな。
アイムマヨラーが写真を取り返すのを諦めて肩を竦める。
「そんなことより、学区ランキングを上げるのであれば、もっとレベリングしていくのでござろう?」
「あぁ、なるべく参加してくれる?」
「むむむ……拙者、そろそろデスマに突入しそうで、難しいかも知れないでござる」
アイムマヨラーは社会人だし、無理はさせられない。
俺は軽く肩を叩き、「社畜優先で」と告げた。
「かたじけない。拙者が力尽きた時は骨を拾ってくだされ」
「ニャ~、調理スキルが手に入らないのニャ~。どうやったらできるのかコツを教えてニャ~」
会話に割り込んでガシマ店長が泣きついてきた。
「そろそろ諦めたら?」
「オラのレベルは幾つなんニャ~? システム音声なんて聞こえないニャ~!」
どれだけ練習しても、NPCだからなのかスキルを獲得できていない。
「オラも火加減が欲しいニャ~」
VRMMOは、様々なスキルが存在する。
代表的な調理スキルは「火加減」や「塩加減」などだろう。
「拙者、店長殿のナポリタンも好きでござるよ」
「中途半端な慰めが一番残酷ニャ~!」
適度に励ましつつ、俺たちは料理特訓に付き合った。
───用語説明:
【ギルドへの納品物】
戦績以外だとギルドの貢献ポイントがランキング評価に大きな影響を及ぼす。
そのため上位を目指す者はギルド活動、又はレアアイテム納品を行っている。
【調理スキル】
無数の調理スキルが存在し、未確認情報ながらその数は四桁に上るとされる。
Lv1~Lv9まであり、カンスト後に「匠の」を冠する上位スキルを獲得できる。
【ステータス:筋力】
装備可能な総重量を決める重要項目。
怪力を必要とするスキルの条件にも用いられる。筋肉は……裏切らない!!




