第二話 レベルアップ!
〜ここまでのあらすじ〜
食事が栄養ゼリーだけの世界で、政府は全てを左右するVRMMOを開発した。
峰大は萌奈香に告白するため、学区ランキング1位を目指す。
狩りを終え、萌奈香の発言でドキリ。☜イマココ
〜登場キャラ紹介〜
・ガッツリン:多部 峰大
主人公。高2。取柄はゲームの腕で負けず嫌い。
・ローカロリー:相須 萌奈香
峰大と同じクラス。ハイスペックな天然女子。
・多部 翔
峰大の双子の兄。学区1位で全国でも5本の指。
・TKG
中学時代の同級生。中二病は高校からデビュー。
・爆殺クチャラー
ネット上の親友。関西弁が特徴のエンジョイ勢。
・アイムマヨラー
時代劇風のキャラ作りをしているネトゲ廃人。
「ひょっとして順位あげようとしてるの?」
「当然だろ。次の期末までに1位を取るんだからな」
俺の言葉に、一瞬の沈黙が走る。
ローカロリーこと萌奈香が、戸惑いながら問いかけてきた。
「……え? それってどういうこと?」
「ん? ……あ、いやいや、そろそろ本気で狙おうかなって思ってさ」
すると萌奈香から《プライベートチャット》が飛んできた。
『ローカロリー:1位を取るって……もしかして、翔君を目標にしてるの?』
『ちがっ……わないな。勝たないと俺の未来はない』
『ローカロリー:……ふふっ、峰大らしいね。でも、本当に勝てるの?』
幼馴染である萌奈香だけは、俺たちの関係性を知っている。
学区1位の多部 翔は双子の兄だ。
両親が離婚し、俺は父方、兄は母方に引き取られた。学校では誰も兄弟だなんて知らない。
知っているのは、生まれた時から隣に住んでいる萌奈香くらいだろう。
最初に恋心を自覚したのは、確か幼稚園の頃か。
その頃までは兄の翔と一緒に暮らしていた。
同じ双子なのに、いつも先を行く翔へほんの僅かに抱く嫉妬。
双子だからこそ、感じるコンプレックスだった。
奥歯と握り拳に思わず力が入る。
『勝つさ。絶対にな』
そう、俺は勝つ。そして、萌奈香に告白する。
この戦いは、俺にとってただのゲームじゃない。人生そのものなんだ。
『ローカロリー:じゃあ、私も手伝ってあげる。だって……』
最後まで言い終えずにプライベートチャットを終了する萌奈香。
(おいおい、ちゃんと言えよ! 気になるだろ?)
萌奈香が少しだけ視線をそらしながら、微笑む。
「さ、食事食事。ガッツリン、鍋から煙出てるよ?」
「うぉ!?」
会話に夢中になって、危うく失敗する所だった。
また後で聞けば良いと思うし、ここは集中して美味しい料理を仕上げるとするか。
一度下茹でして臭み抜きを終えた肉に、ローリエとローズマリーをまぶして揉みしだき、香りを馴染ませるべく時短ボックスへ突っ込んで暫し放置。
フライパンでガーリックを炒め、ガーリックの香りをオリーブオイルへと移していく。
辺り一帯に食欲をそそるガーリック臭が漂い出す。
時短ボックスから取り出した肉は、一度ハーブ類を取り除いてから塩コショウで下味を整え、風味の増したオリーブオイルの浅瀬に寝そべらせる。スプーンを使い熱々のオイルを何度も掛け湯してやり、テカテカにコーティングしていく。
あぁ、素敵な光景だ。
よく晴れた日の夕焼けのように、鮮やかなキツネ色へ変わってゆく時間が俺にとってのゴールデンタイム。
「そろそろかな?」
ローズマリーはタイミングが重要。早すぎると焦げるし、遅いと生のままで苦みが残る。
程よくしなったところでバターを投入。
焦げない様に火加減を調整しつつ、ムラが出ないように馴染ませる。
溶けたバターからは暴力的なまでの香りが放たれ、皆も待ちきれないのかソワソワしている。
皿に盛り付けた後、オリーブオイルの残りを使ってハニーマスタードを作っていく。
はちみつ、粒マスタード、塩などを適量ぶっこんでささっと混ぜれば完成だ。
「よっし出来た! 飯にしようぜ!」
【大地と月の恵みロースト〜ハニマス添え〜】
我ながら上出来だと思う。
「溶けたバターの良い香りがするね!」
「春キャベツで、ロールキャベツも巻き巻きしたぜ」
「どちらも良いでござるな!」
いつものメンバーで楽しく食事を始める。
リアルではゼリーばかりだから、こっちの食事の方が落ち着く。
香草とガーリックの香り高いモグラビットのロースト。
モグラビットのくず肉をミンチ状にして、春キャベツで包んだロールキャベツ。
どちらも凶悪なまでの誘いを鼻孔に仕掛けてくる。
鉄板皿の上で爆ぜる油の音も耳に心地よい。
ローストはバターの甘さが口の中に広がり、噛みしめるたびに肉汁が溢れ、鼻に抜けてくる香りがいつまでも食欲を刺激する。
「う、うま!」
しっかり下処理した肉は獣臭さが抜け、適度な柔らかさとなっていて食べやすい。若干薄味になってしまったが、ガーリックバターのパンチの強さがコッテリ感を補っていた。
舌の上で溢れてくる肉汁は、一度茹でたと思えない程に濃厚だ。
ロールキャベツの方もくず肉と思えない出来。
キャベツの優しい甘さと良く馴染んで、それでいてジビエ肉特有の弾力がとても心地よく、食べ応えがある。
全く力を入れずとも、キャベツにスッと入るカトラリーのナイフ。切り口からは湯気が立ち上り、一口頬張れば胃腸にその温もりが広がっていった。
驚きで目を見開いている爆殺クチャラー。格闘家の爆殺クチャラーは、有り余る筋肉を打ち震わせ喜びを表す。
「今回はアタリやな。えらい上がったけど?」
皆が驚く様子に自然と口角も上がってくる。
普段からニヤついている顔がキモいと言われているけど、食べてくれる人の笑顔が嬉しいからディスられるのは必要経費だろう。
そんな風に喜びを噛みしめていると、ふいに力が漲る感覚が全身に行き渡っていった。
多幸感と高揚感が俺をすっぽりと包む。
【ガッツリンはレベルアップしました!】
光エフェクトに続いて脳内へ機械音声が鳴り、慌ててステータスを確認する。
香草の組み合わせ分量が良かったのか、俊敏、技量、幸運が大幅にあがった。
「お、拙者、筋力があがったでござる」
「アイムマヨラーはまだ胸筋を増やすのかよ」
「セクハラでござるか? ガン見しすぎでござるよ」
TKGや爆殺クチャラーもニヤけた顔をしているので、レベルアップしたんだろうな。
「あ~、やっぱりVRの飯は最高だ……」
ふと、イン前に口にした栄養ゼリーを思い出す。
あの無味無臭の灰色のゼリー。トロリとした液体が喉を通るだけで、食べた気がしない。
それと比べて、このジューシーな肉の旨味。バターのコク、スパイスの刺激……自然と笑顔になる。
見渡すと幸せそうな顔が並んでいるし、言葉数が少ないのは、間違いなく美味しいということだ。
大ボリュームのそれらを完食。
脳内で「今日のレシピはキープ」とメモしていたら、アイムマヨラーが合掌したポーズのまま、申し訳なさげにペコペコと頭を下げ始めた。
「あ、拙者は明日早いのでそろそろ落ちるでござる」
社会人のアイムマヨラーが、午前二時にログアウトする。
そこまで気を遣わなくても良いと思うけど、時代劇風なキャラ作りもあって、律儀に挨拶をする人だ。
「Forget? 陽が半ば巡る間宇宙の彼方」
「あ、俺も明日用事あるから、ほなまたな~」
TKGがログイン時間を言うから、やたらと疲労感が跳ね上がった。
爆殺クチャラーもすぐにアイコンがログアウト状態に変わってしまう。
二人がログアウトするのを見送ったローカロリーがこちらへ振り返る。
「ねぇ、今日はもう終わりにしない?」
その提案に、TKGも自身のヴァンパイアマントを体に巻きつけて眠たいことをアピールしている。TKGは、アイムマヨラーがログアウトする時間帯になると、いつもやる気を失くすからな。夜型の見た目とのギャップが酷い。
「そうだな。効果も確認できたし、お開きにすっか。土曜はインできる?」
アイテムボックスを整理しながら、明日の予定を尋ねてみたけど、二人は肩を竦める。
「我は一人旅」
「……私も、ちょっと……」
なんだよ。萌奈香も用事あるのか。
少し不貞腐れ気味に手を振って解散し、一人になった。
(ソロでもやるぞ!)
1位になるには、立ち止まっている暇はない。
そうして俺は次の狩場へと足を向けた。
───表記説明:
通信メッセージは二重鉤括弧(『』)で統一していて、相手の姿が見えない代わりに発言相手をコロンで表記しています。
※作中では送信者として表示されているイメージ。
───用語説明:
【レベルアップ】
VRMMOでは食事による多幸感を得るとレベルアップをする。
レベルアップまでの行動に関連するパラメータが上昇。力仕事が多ければ筋力、素早く動いていれば敏捷といった具合に影響を受ける。
【ステータス:HP】
いわゆる体力ゲージ。
VRMMOでは行動スタミナの回復量にも影響する。ピンピンしているときは回復が早く、行動やスキルを連発し易い。逆に瀕死の時は回復が遅く、連続行動が出来なくなっていく。
そのため、ダメージ状況を問わずHPが高いほど安定した動きを取ることができる。




