第三十話 魔法の一皿
◇◆◇◆◇ギルド拠点部屋。
埴のユニークスキルのレンタル期間が終了。
俺の大切な物を取り戻せたことに安堵する。今は奴の顔も見たくない。ギルド内でも要注意人物としてマークされている。
スキル発動条件としてこちらの瑕疵という貸しを作ることが含まれるので、今後は気を付けたいと思う。
あの時、埴からのメッセージを適当にあしらってしまい、「明確に拒否を示さない場合は許諾したと見なし、不履行の際はガッツリンの瑕疵とする」というのを軽視してしまった。あんな危機は二度とごめんだ。
ギルドのワンバウンド包囲網が敷かれる中、俺たちは狩りに勤しんでいた。
今日も大豊作で、手際に感心したのかアイムマヨラーは頻りに頷いている。
「ガッツリン殿は誠に力をつけたでござる」
「これも店長の珈琲と、オリハルコンの武具のお陰だよ」
「それだけではござらん」
聞けば、俺の一挙手一投足から自信が漲っているそうだ。
劇的に変わった自覚は無かったけれど、萌奈香へ弱い部分を曝け出したことで肩の荷が下りた気はする。
ギルドで最強のアイムマヨラーから褒められるのは本当に嬉しい。
「社会人で、大人の女性でもあるアイムマヨラーからそんなに絶賛されると照れるよ」
「いやいや、デートもまだな若輩者の拙者は、御二方に学ばねばならん立場でござる」
最近の仲をからかわれて顔が火照り、ローカロリーと二人して黙ってしまう。
しかし、黙っているとドンドンと下ネタが降ってきたので、慌てて反撃した。
「俺らのことよりも、アイムマヨラーも早く初の彼氏を作ったら?」
「お? 堂々とセクハラでござるか? 受けて立つでござるよ!」
あー、交際経験が無いと話す割に下ネタ大好きなんだよなアイムマヨラーは。
その後、「現実と同じ弾力でござる。どうでござるか?」と、逆セクハラのヘッドロックの柔らかさを暫く味わった。
ローカロリーからの視線が冷たくなってきたのと、俺の一部が熱くなってきたのも同時にヤバくて振り解いた。
助け舟を出してくれたのは爆殺クチャラーとTKGだ。
「ガッツリンが自信つけたんは間違いないわな。あれやろ? パティシエも手に入れたゆうとったし」
「我が同胞よは降り注ぐ一等星の輝きを手に天狗フライハイ。双丘は独占する禁忌に煉獄の断罪と罪科の詠唱を以って禁呪カタストロフを……」
二人の早口の通り、俺はスキル《パティシエ》を入手し、レパートリーが大幅に増えた。
やや興奮しているTKGは何言っているのか若干不明だが、俺が調子に乗っていることと、さっきのヘッドロックが余程羨ましかったのだろう。今もアイムマヨラーの胸をチラ見している。
本人はバレていないつもりだろうけど、女性には100%バレているから気を付けないとな。
ふいに珈琲の香りが部屋に広がり、店長がキッチンから戻ってきたことに気付いてそちらを見やる。
周囲に珈琲を配り終えた店長は最後のカップを運んできた。
「ガッツリン氏の分だニャ~。皆も頑張りを認めてるんだニャ~。もう暫定1位だニャ~」
「いや、それ暫定の使い方間違ってるから」
珈琲カップを受け取り、一口すする。
店長は眠そうな目を細め、穏やかに尻尾を揺らした。
「ちょっと肩の力を抜くんだニャ~。免許皆伝をあげるから、自分を褒めてやるんだニャ~」
腰の辺りを肉球でポンポンと叩かれた。
認められたこそばゆさと、皆が醸し出す温かさで心が満たされていく。今日のブラックも苦いけれど、普段よりも背伸びしないで美味しいと自然に思えた。
「店長、レシピを改良するから付き合ってくれよ」
「ニャ~!」
◇◆◇◆◇
今日はギルドマスターたち含め、ギルドの幹部連中に俺と店長のタッグをお披露目することになっていた。
仁王立ちのギルドマスター。その隣にいるテツジンがコック帽を脱いで俺に一礼する。
「ガッツリン様のお手並み拝見といきましょう。あ、ガシマ店長、最近見つけた毛生え薬が割と良い効果ありますから、店長もお一つどうです?」
「オラの円形脱毛症は自然治癒に拘ってるんだニャ~」
店長はハンチング帽を深く被り、テツジンの誘いを断っていた。そもそもVRゲーム内で禿げてしまったテツジンは、一体何をしたんだろうか。
店長が帽子を両手で抑えながら見上げてくる。
「ガッツリン氏、やるニャ~!」
「おう、頑張ろうぜ!」
◇◆◇◆◇特設キッチン。
最初に栗の甘露煮を用意する。剥いた栗とクチナシの実を茹でて火が通ったら時短ボックスへ突っ込み、クチナシの色を沁み込ませてから取り出す。軽く熱した砂糖水と栗を煮詰め、再び時短ボックスへ。これで味が沁み込んだ栗の甘露煮の出来上がり。
次に各種クリーム。ギルド全員分は途轍もない重量感だ。
今回メインのマロンクリーム、バターたっぷりのアーモンドクリーム、それからサツマイモやパンプキンも。アーモンドクリームには風味付けにアプリコットのブランデーも少し混ぜておいた。
続いてパイシートを用意する。今回は5層構成。
1層目には全体的に薄くバターを。2層目の上半分にアーモンド、3層目の右側にパンプキン、4層目は左にサツマイモを塗っていく。最後は中央に砕いたナッツ入りのマロンクリームを塗り、ど真ん中に栗の甘露煮を鎮座させる。
パイを閉じる部分に卵を薄く塗り、くっつけて巾着の形に整形していく。
外側にもバターを軽く塗ったらオーブンへ。
焼き上がりの香ばしい匂いが漂う。
お好み用のディップとして、ホイップクリーム、ヨーグルトクリームに加え、メープルシロップも完備。
【店長の恋心パイ包み〜ガッツリンスペシャル〜】
俺たちの研究の集大成として、最高のスイーツを仕上げた。店長は甘さ控えめの鴛鴦茶を用意している。
料理が全員に行き届いて、食事タイム。
「うますぎる!! それにユニークスキルが進化したぞ!?」
珈琲を初体験の者も多くいて、ギルドのロビーフロアは大盛況となっている。
隣に座っている店長を見やると、誇らしげに頷いていた。
「俺らも食おうぜ」
「頂くとするんだニャ~」
──サクッ!
切り分けるパイ生地の音が心地よい。
黄金の巾着は切り取る断面毎にその味わいを変化させ、様々な秋の味覚は森の中に訪れたと錯覚させる程に豊かだ。
衣が解かれるほどに、パイとバターの香ばしさや、栗や南瓜、さつまいもの甘い誘惑が鼻孔を包み込む。杏の香りの艶やかさも見つけた。
サクサク生地となめらかなクリームのハーモニー。クリームは濃厚なのに口溶けは軽い。
主役の甘露煮は口の中でほろほろと解けていくし、偶に訪れるナッツのカリッとしたアクセント。舌の上は秋の大自然で溢れ、多彩な味の変化は季節を凝縮したかのよう。
そして、店長の淹れた鴛鴦茶を口に含む。
豆の苦みが森の深さを濃くしていき、茶葉の華やかな香りが秋空の爽やかさを運んでくる。
仄かなミルクも、秋のすじ雲の如くスッとひいていく。
気づけばロビーを埋め尽くすほどの拍手の雨が鳴り響いていて、コック帽を握り潰したテツジンが歩み寄ってきた。
「悔しいですが、完敗です。今回、もし中途半端なスイーツを出されたら、ガシマ店長に相応しくないと二人を引き離す予定でした。ですが、貴方は私の想像を遥かに超える味を打ち出してきた。認めましょう。私のライバルとして」
求められた握手に応える。これ程の料理人が本気で俺を認めてくれているのが、握られる手の力強さからも伝わってきた。
握手の隣で店長が、穏やかなのにどこか寂しげな顔で尻尾を垂れさせる。
「ガッツリン氏が認められてギルドに居場所が出来て良かったんだニャ~。オラも自分の居場所を見つけたいニャ~」
そういや仲間とはぐれているとも言っていたっけ。
「店長の居場所はここだよ。俺の拠点部屋が、店長の帰る家であり故郷だからな」
垂れ耳を少しだけ弾ませる店長。
「居候なのに、居場所で良いのかニャ~?」
「当然だよ。居候だけど、もう家族なんだから……」
嬉しそうに細める店長の目尻には、涙が浮かんでいた。





