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帰路

 街への帰路、マリーの話を聞きながらのんびり歩く。

 前後に男子の護衛だ。

 空はどこまでも青く澄んでいて、暑くも寒くもない。

 風はときおり吹いてきて心地よいが、長い髪がながれてうっとうしい。

 切ってしまおうかと思うと胸が締め付けられる。これは、確実にオレの感情ではないな。何か髪の毛に思い入れがあったのか。

 この体の持ち主は、実は死んでいなくて、オレが体を乗っ取っているだけだったらどうしよう。寝たら勝手に動きだしたりして・・・まあ、どうにもならないので神様を信じるしかない。


「へー、みんな同じ孤児院の出身なんだ」

「そう、だからみんな兄弟みたいな感じ」

 マリーと話をしながら、とぼとぼ歩く。

「なんで冒険者なんて、こんな危ないのに」

「ん~、あんまりいいお仕事ってないのよね。たまに帰ってくる人たちから聞いても、みんなつらそうな話ばっかりで。それに、みんな離れ離れになっちゃうし・・・」

 おおっ、テンションが一気に下がってしまった!

 これは、別の話題に切り替えなくては。

「離れ離れねぇ・・・。誰か好きな人でもいるの?」

「えっ!そんなんじゃないけど・・・」

 男どもは、少し緊張した気配が。

 マリーは、顔を赤くして下を向いてしまった。

 みんな若いねぇ。そっち方面はからきしのオレでも分かる。

 男の子たちは、みんなマリーが好きで。

 マリーには意中の子がいる。まぁ、盾持ちの子ジョンかな。

 怪我した時ずっとそばに居たし。

 アレンも倒れていたっていうのに。

 ジョンはこの中では一番体格がしっかりしていて背も高い。

 性格は・・・、まだわからないけど、おとなしそうでやさしそう。

 顔は他の子と比べるとちょっと見劣りする。

 若い子は見た目なんじゃないの?この年でもう堅実路線!?

 いつから好きなのかは知らないが冒険者になる前からだったとしたら、自分の恋のためにみんなを巻き込んだとか。冒険者を二人でやるのはリスキーだろうからね。

 ・・・いや、変な妄想はやめとこう。マリーが怖くなってくる。

「リューさんは居なかったんですか?好きな人。昔とか」

 コイバナですね。

 無駄に他人の記憶を覗きたくないのでパスします。

「昔すぎて忘れちゃったなぁ」

「ずる~い」

 まさか、昔は男だったので初恋が女の人でした、なんて話もできないし。

「そのうちね。そのうち。ところで、冒険者って(もう)かるの?」

「ぜーんぜん。今日は、たまたま。リューさんがいなかったら大赤字」

 ちょっと不満顔のマリーだったが、日ごろのストレスがたまっていたのか、その後、愚痴(ぐち)が止まらなかった。

 薬草採集だけでの生活は何とかなる程度。薬草が取れなくなる冬には仕事が無くなってしまう。そのためできるだけ切り詰めて生活して武器を調達し、ゴブリンで経験を積んでから次にやっと稼げる討伐依頼を受ける予定という。この街の冒険者ギルドでは堅実なパターンだそうな。

 親元で暮らしているならもっと楽にスタートできるが、孤児院は働き始めたら出ていかなくてはならない決まりとか。

 薬草採集は一日平均100Cr。一人当たりだと20Cr、2000円か。無いな。

 宿は雑魚寝の大部屋で一人5Cr。安っ!

 食事は朝晩2回、露店で買って一食5Cr前後。

 この周辺は魔物が出るので耕作地が少なく食費は高めらしい。

 よく装備が買えたなと思ったら、孤児院の庭でこっそり野宿もしたとか。

 歩いていると川があった。川の向こう岸に沿って街道がある。

 一見透明できれいな清流に見えるが、街が上流にあるならこの水は飲みたくない。

 下水処理とかしてなさそうだし。

 浅瀬を渡るが、30Kgもの荷物を持って石の上を飛んでいくわけにもいかず、じゃぶじゃぶとブーツをはいたまま。予想はしていたが防水ブーツではなかったようで、冷たい水が足を濡らした。渡りきったところで、ブーツを脱いで水を出そうと思ったが、足首から膝下までヒモでがっちり縛ってあり簡単には脱げそうもない。

 みんなは、どうしているのかとよく見てみるとサンダルだった。木の板にひもを通してあるだけの。これで森や林を歩き回るのは危険だ。怪我でもして破傷風(はしょうふう)になったら大変だろうに。いや、そもそも異世界に破傷風菌がいるのか不明だが、少しでも傷ついたら泥まみれの足だ、何らかの感染症にかかってもおかしくは無い。歩けなくなったら仕事ができない。貯えがなかったら食べることも出来なくなる。

 この子たちは命がけの綱渡りをしているという自覚があるのだろうか?

 靴の中の水くらいは我慢しよう。


 街道を北へ、川の上流へ、しばらく道なりに歩くと遠くに石壁が見えてきた。

「ちょっと休憩にしよう」

 ジークの提案で皆が腰を下ろした。

「あそこって・・・」

「そう、オレたちの街、マデリンだ」

 距離的にはまだ2Km以上ありそうだな。

 こんな重い荷物を持っていたから、かなり疲れたらしい。

 ちょうどいい、ブーツを乾かそう。

 濡れたブーツのひもは堅かったが何とか緩める。

 ずぶ濡れの靴下を脱いで水を絞る。

 やばい臭いはしなかった。

 きれい好きだったのかな。こういう部分は非常に好感が持てる。

 魔法で空気を温めながら風を送る。

 魔法って便利だな。ドライヤーいらないじゃん。

「すごいですね」

 マリーが手元をのぞき込んでいた。

 音もしないのに何をやっているのか分かっているようだ。

「魔法って便利だなぁ」

「じゃあ、教えてあげようか?」

 せっかくの出会いだし、何かもう少し助けてあげたいと思ってしまった。

「えっ!?いいんですか?あの・・・お金持ってないですよ!」

 そこまで言って、マリーは何かに気が付いたような顔をした。視線の先は荷物のお肉。

 一気に顔色が悪くなっていくのが目に見えた。

「いやいやいや、お金は要らないから!お肉を狙っているわけじゃないから!」

 必死で否定する。

「本当ですか?」

 少し涙目のマリーだが、これは疑っているな。

 自分の利益にならない事をするはずがないと思っていそうだ。

 スラムじゃなくて孤児院育ちって言っていたよな。そんな殺伐とした環境だったの?おっと思考が脱線した。

「じゃ、こうしよう。たまに街の外に出たいときもあるけど一人では危ないからその時は同行してもらって、ついでにいろいろアドバイスするような」

「えっ、逆にオレたちが護衛してもらいたいくらいなんだけど」

 ジークの鋭い指摘。

「いくら腕に自信があっても、一人だと数で囲まれたら対処できない。そんなとき少しでも足止めしてもらえれば、一匹づつ倒していける」

「そんなもんなのか?」

「そうそう、実際この鎧は狼の群れに襲われてこうなってしまったものだし」

 胴体部分がちぎれているリューの革鎧を見てジークは思った。

「よく生きていられたな」

 しまったぁ!

 ですよねぇ。

 実際死んだんだから。

 言い訳のしようがない。

「そ、それは・・・、ひ・み・つ♥」

 やっちまったぁ!!!

 いくらてんぱっていたとはいえ、こんな・・・。

 自責の念で笑顔が引きつってきたような気がした。

 目を合わせることができなくて、後ろを向く。


 誰もそれ以上追及してこなかったが、気まずい空気が流れる。

「でも、私でも使えるようになるのかな?魔法」

 マリーの言葉には、期待が交っている。

「みんな魔力を持っているらしいよ。ただ、どのくらい持っているかは、個人差が大きいって聞いたけど」

「そうなの?」

「今使っているこの魔法だと、10分以上使える人もいれば、10秒しか使えない人もいる」

「オレ、魔剣士になりたい!オレにも魔法を教えてくれ!」

 ジークは、元気だね。

「日常生活に便利で、比較的簡単に覚えられる生活魔法というのなら教えられるけど。魔剣士になれるような強力な魔法は、教えるのも習得も難しいから無理かな」

「でも、やってみなきゃわかんないだろ!」

「そうだけど、知らない魔法は教えられないから」

「・・・」

 ジークは、それ以上語らず、がっくり肩を落とした。

 グゥ~・・・

 そのとき、静寂を貫くように、自分のおなかが鳴った。

 そうだよ。朝から何も食べていないんだからおなかぐらいすくさ。

「ちょっと、お肉でも焼いて食べない?」

 しかし、反応は鈍い。

 どうやら男子は、マリーの反応を伺っている。

 マリーは・・・、目をつぶって腕を組んでいる。

 なんとなく考えていることは分かるようになってきた。全部お金に換えたいのかな。仕方ない、ここは大人な対応でいこう。自分が持っていた袋を差し出す。

「今回は、私のおごり!このお肉を食べていいから」

 グワッ!と音がしたかのように、全員の視線がリューに集まった。

「いいんですか?」

 マリーの言葉は疑問形ではなく、確認だ。目がハートになっているのかもしれない。

 肉は全て無くなってしまっても、毛皮があるから問題ないはず。6人で10Kgも食わないだろう。余る・・・と思う。

「じゃあ、決まり!男子は(まき)を集めてきて」

「やった!」

「肉だ、肉食える!」

 飛び上がって喜びながら走っていく男子たち。

「マリーには、お肉を一口大に切ってもらおうかな」

「任せてください!」

 どこからかナイフを取り出して笑顔のマリー。

 しかし、考えてみたら調理道具が何もない。

 まな板が欲しい。

 肉を置いておく場所も無いので毛皮を広げた。

 その上に肉を置く。

 マリーはナイフに慣れていなそうで危なげな感じだが何とかなりそうだ。

 金網も欲しいな。

 今日は枝で串を作ってあぶり焼きかな。

 肉が少し臭いので道すがら拾ってきたハーブを使う。手ですりつぶして肉に揉みこんだ。胡椒なんてものは無い。

 塩はポーチに少しだけ入っていた。


 男子が戻ってきたところで、薪を組んで魔法で着火。

「「「おおーっ!」」」

 手ごろな細い枝を手早く削いで串にする。そして、肉を何個か刺して焚火(たきひ)の近くの地面に立てる。

「後はやっといて、ちょっとトイレに行ってくる」

 思わず普通にトイレとか言ってしまったが、野外だし、トイレなんてあるはずもない。女の子はお花摘みとか言うんだっけか?ま、そこまで女子をロールプレイするつもりも無いけど、『オレは男だ』と主張するつもりも無い。

「私も」

 マリーがついてきた。

 女の子と連れションとか、緊張するんですが・・・。嫌とも言えず。

 そこそこ離れた場所で立ち止まる。

 息子を取り出そうと思って気が付いた。

 立小便できないじゃん!

 この体の持ち主、エレーナの記憶に頼るほかない。

 この辺は腰くらいまでの草が生えている。

 足で草を踏み倒し、屈めるくらいのスペースを作る。

 屈んでみる。

 草があるので周りからは見えません。

 後、スカート状の革鎧もいい仕事しています。

 スボンは穿()いてないので、ふんどし状のパンツをずらして用を足す。

 柔らかい草の上にすると音が小さくなります。

 堅い草や石の上だと飛び散り危険です。はい、そうですね。

 マリーもちょっと離れたところで屈んでいます。背中合わせのようだ。

 この絶妙な距離感を覚えておくことにしよう。

 終わったら左手で水魔法を使用して、きれいに水洗い。魔法は超便利。

 左のポケットに入っていた布でふき取ります。

 右のポケットにも布切れが入っているが、それは汗を拭いたりする布ですね。分かりました。

 ずらしたパンツを戻して、ふんどしの先を引っ張ると、元通り。

 ミッションコンプリート!

 マリーはまだ終わっていないようなので、振り向かずに水魔法で手を洗い、右のポケットの布で拭く。少し顔が熱い、顔も拭く。大事な事をいろいろ勉強させてもらいました。ふぅ。


「早いですね」

 マリーが立ち上がりながら声をかけてきた。

「長年の経験・・・かな?狩人歴長いからね」

 オレは、初体験だけどね!

 用足し中に魔物に襲われても即応できるスタイルという事らしい。

「マリーは、男の子と一緒のパーティで気を使ったりしない?」

「昔から一緒に育ったから、慣れちゃったかな」

「え、いつも見られながらしているの?」

「そんなことしないよ!木を挟んで反対側で・・・」

「木が無かったらどうするの?」

「この辺は森だから大丈夫。リューさんはどうしてたんですか?」

「ずっと一人だから、経験なし。素早く済ませるスタイル。ま、今まで住んでいたところは、あまり魔物はいなかったから、そんなに警戒する必要も無かったけどね」

 他の事に気を回すことができるようになかったからか、なんか股下がスースーしてさびしい。スボンをはきたいが今のスタイルが崩れる・・・どうするか。悩みどころ。ズボンを下ろしているときに魔物に襲われたら、素早く上げたとしても(ひも)を縛る時間なんてない。ずり落ちて足がもつれたら大変なことになる。

 その辺は、郷に入らば郷に従え。ここの人たちの慣習に合わせていく事にしよう。


 みんなのところに戻ると早速魔法をせがまれた。

「魔法は魔力操作と、イメージ力。まずは、詠唱。これが魔力操作を補助してくれます」

 両手を出して、水をすくうような形にする。

「炎の妖精サラマンデル。(あまね)く世界に満ち満ちたるその御力の残滓(ざんし)よ、我が手に集いてその力を示せ。顕現(けんげん)せよ」

 こんなことを真顔で言っているとひどく恥ずかしくなってくるが、周りのみんなは真剣だし、ぐっとこらえる。自分を捨ててエレーナになりきるのだ。

「そして、詠唱しながら自分の中の魔力を練り上げ、手のひらに集める。火が燃えているイメージを強く持ちながら、発動句『ファイア』」

 ふっと、小さな炎が現れて揺らめく。マッチやライターのように、ポッと点火される感じではない。不思議だ。

「「おおっ」」

 また驚きの声が上がる。さっき見ているのにね。

「この時、頭の中でスイッチが入ったと思えるほど集中する必要があります。一瞬だけでいいです。掌の中で炎が揺らめくイメージ以外は見えなくなるくらい集中出来たらきっとできますよ」

「え~、できるかな~」

 少し自信無さげのマリー。

「慣れです。何事も練習あるのみ。慣れれば詠唱も発動句も無しで使えるようになります」

 とはいうものの、この中で初心者がつまずく点は魔力操作。普通に生活していて身につくことは無いから。教える側もその点が難しい。

「じゃ、マリー。両手をこうやって」

 自分と同じようにさせる。そして、背中側に回り込み、マリーの手を外側から包み込むように自分の手を添える。

 ここから魔力同調という特殊な技術を使う。これを行うと、マリーの魔力を操作できるようになる。

 なんでそんなことができるのか・・・

 エレーナは孤児院から、そして、街から逃げ出した後、森の中で死にそうになっているところを元冒険者の老夫婦に助けてもらい、その後は子供のように育ててもらった。全ての知識は老夫婦に教わったのだ。

 その出会いがあったから森のなかで一人生活できていた。あの森の中の家は今頃どうなっているのか。結構貴重なアイテムもあったかもしれない。今となってはその場所すら分からないけどね。

「では、マリー。一緒に詠唱」

「うん」

「「炎の妖精サラマンデル。遍く世界に満ち満ちたるその御力の残滓よ、我が手に集いてその力を示せ。顕現せよ」」

 マリーの魔力を操作して、手のひらに集める。

「はい、ここで火が燃えるイメージを強く持って集中。目はつぶらない」

 マリーの体がピクッと動いた。きっと目をつぶっていたんだろう。

「では、一緒に。発動句。せいのっ」

「「ファイア」」

 マリーの手の中に小さな炎が揺らめいた。

「あっ」

 うれしさのあまり、魔力操作を手放してしまったため、炎はすぐに消える。

「自分の魔力の動き。分かったかな?」

「なんかもやもやっとしたものが・・・」

「うん、それを感じ取れたら大丈夫。さっきの炎はマリーの魔力。あとは練習あるのみ」

「すげぇ、俺たちにもできるんだ」

 勢いよく、「次っ」と言おうとして、思い留まる。

「はい、じゃあ・・・、みんな後でマリーに教わって下さい」

「「えー!!」」

「また、倒れてしまうかもしれないから・・・」

「「あー・・・」」


 肉が焼けたら、みんな魔法なんてそっちのけでガツガツ食い始めた。

 生焼けっぽいものを食っている奴もいる。大丈夫かよ。

 グレートボアの肉は、味はいいけど硬かった。そして少し獣臭い。


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