後始末
ゴブリンは、討伐証明として右耳を切り落とされ、心臓辺りにある魔石をくり抜かれて、地面に埋められた。肉はまずくて食えないらしい。
討伐依頼の報酬と魔石の売却で、ゴブリン1匹あたり30Cr。3000円くらいの感覚だろうか。5人が一日、命がけの仕事で9000円・・・。絶対にこんな仕事やらないぞ。物価が違うから分からないけど。槍も木剣も折れて、ジョンは木の楯も持っていたらしいが、持ち手の辺りが壊れたとか。大赤字間違いなし。
グレートボアは私が解体しましょう。体の記憶を使って。腰の後ろに左手を回せば、ベルトに解体用ナイフが固定されていた。さっきは気が付かなかったけれど持っていたんだね。
みんなに手伝ってもらい血抜きをした。袋を一つもらい、魔石、毛皮、牙、それと肉を10Kgほど詰め込む。合計で30Kgくらいあるけれど以外にも持ててしまう。女なのに細マッチョ。すごい身体だな・・・。
残り140Kgの肉がアイアンイーグルの取り分。
男4人で35Kgづつ。リュックサックのように担げればまだいいのだが、体形が大人になりきっていない男の子達にとっては結構重そうだ。
マリーの袋はもらってしまったので彼女の荷物は無い。
みんな素材回収用の袋を持っていたからそのまま詰めていたけど、衛生面とか超気になる。
薬草が少し入っていたのに、気にする様子もなくその上から詰め込んでいた。いいのかそれで。街中で肉を食べるとこの肉が出てくるのか・・・、先が思いやられる。
自分の分は毛皮に肉をくるんだ。
1Kgで20Crは堅いらしく、これで2800Cr。28万円。計算してあげたら待遇がVIPになった。なかでもマリーはご機嫌で口が止まらない、片時も傍らを離れずついてくる。解体も見て勉強していたようだ。
残りの内臓とか骨は穴に埋めて処分した。
この穴を振る作業もばかにならないほど時間がかかる。スコップがほしい。
穴掘りも男の子たちが全部やってくれたんだけどね。ゴブリンの分とグレートボアの分。4人で分担して2時間以上かかっていた。
これは冒険者ギルドで奨励されているようで、みんな真面目に従っている。
理由は教えてもらっていないらしい。
理由は重要だよね。モチベーションにつながるし。
しかし、自分でやらなくてはならないとしたらこれは重労働だ。はっきり言ってやりたくない。
その間マリーと二人で休憩・・・ではなくて、周辺警戒。
矢も全て回収。矢じりは鉄製なので折れた矢も再利用する。矢も自分で作るのだ。毎回購入していたらお金がいくらあっても足りない。
マリーも回収しようとしていたが、遠くに飛んで行ってしまったらしく、ほとんど見つからなかった。獲物にあたらなければ矢は遠くまで飛んで行ってしまう。どの辺に飛んで行ったのか緊張のため全く覚えていないらしい。加えて草が生えているので、近くにあってもわからない可能性が高い。
聞けば初討伐だったらしく、いままでは薬草採集ばかりしていたとか。それでこんなにも手際が悪かったわけだ。
それにしても、武器を買ってたいして練習もしないのに実戦って、みんな命が惜しくないのだろうか?
マリーに弓の構えを見せてもらったら、あまりにもひどいので練習することにした。
草を刈って束ねて近くの木に固定する。
体の記憶を思い出して基礎的なことから教えていった。そして自分も勉強になる。これは一石二鳥。
記憶は頭の中を切り替えるようにすると、自分の記憶も体の持ち主の記憶も思い出せた。一度思い出すと切り替えなくても普通に思い出せるようになる。そして体の動きは体の持ち主の動きのみ。小枝を二本拾って箸のように使ってみようとしたら、うまく使えなかった。手続き記憶と呼ばれるもの(小脳記憶)は、100%体の持ち主のもののみということのようだ。おかげで弓の腕前に不安は無い。グレートボアも倒せたし。
しかし、魔法も手続き記憶なのかね。それとも無意識領域?
メインの記憶が自分の物なら男性恐怖症は無いだろう。
時間があったら自分の記憶を思い出すようにしよう。
それだけで症状が緩和するかもしれない。
帰還前に小休止となった。
男の子たちは穴を掘って埋めて汗だくだ。
それも木の枝とかで。
初討伐でその辺のことに全く気が回っていなかったらしい。
汗臭いにおいが漂ってくるので風上に座る。
そういう自分は大丈夫なのかと、こっそり嗅いでみたがよくわからなかった。
記憶をたどると死ぬ直前に新調した革鎧らしい。
男の子たちは防具をほとんど付けていない。
ゴブリンに棍棒でちょっと殴られて骨折。戦闘不能からの、死亡。足だったら帰還できずに死亡。腕なら治るまでに2か月・・・貯金が無ければ餓死だな。
パーティで活動しているからカバーできるのかもしれないが、ソロなんてかっこつけていたら死亡フラグが立ちまくる。
危ういなぁ、この子たち。
後々、誰かが死んだなんて耳に入ったら寝覚めが悪い。
こちらからお願いして、ソロが危ないからという理由で何回かだけでも討伐に参加させてもらおうかな。
「どうぞ」
そんなことを考えていたらマリーが水筒を手渡してくる。
みんな回し飲みをしていたようだ。
水筒を持っていないことは見ればわかるので、気を使ってくれたのだろう。
「ありがとう」
使い古した皮の水筒に、みんなで回し飲みしていた注ぎ口。関節キッスとかいう問題じゃなく日本人としては清潔感が気になるわけで。少し口から離して飲んでみた。
「うぐっ!ゴホッゴホッ!」
豪快にむせた。
水だと思ったら水じゃなかった。
これはエールというものだろうか。
まずかったのではなくて、水だと思って飲んだのに違う味がしたら驚くじゃん!
また視線を集めてしまったよ。
「ゴメン。水だと思ったからびっくりしちゃった」
「最初は水を入れていたんだけど、水筒からすごいにおいがしてきてさ。今は、朝、毎回エールを買っているんだ」
ジークが真顔で言う。
お前そんなことも知らないのかよって顔だな。
思い出した。ステンレスの水筒を毎日洗いもせずに使っていたら、すごいにおいがしてきたことあったな。パッキンなんてカビで真っ黒になっていた。皮の水筒なんて中を洗えるのか?そりゃアルコール類を入れておくのは当然か。
潔癖症というわけじゃないんだけどね。拒否反応が・・・。
「ありがとう。でも大丈夫」
水筒をマリーに返すと、両手で水をすくうような形を作り、目を閉じた。
いつもの動作を思い出す。水を作る魔法。
手のひらが濡れる感触を感じ、目を開くと水が溜まっていた。
まず手を洗う。
「えっ」
マリーが目を丸くして驚いている。
それを無視して、また魔法で水を出し、それを飲み干す。
冷たく無いけれど、うん、おいしい。
いろいろあって気が付かなかったけれど、ずいぶんのどが渇いていたらしい。
手のひらに水を出しながらそのままゴクゴク飲み続けた。
幾筋かこぼれた水が腕を伝う。
のども伝う。
胸元は・・・鎧で隠れて見えないはずだ。
それなのに男の子たちはそれぞれの表情で生つばを飲み込んでいた。
「ぷはっ」
生き返ったような笑顔で大丈夫をアピールしてみたが、みんな唖然としていた。
「それっ、ま、魔法ですよね!」
マリーは興奮状態だ。
水を作る、火をつける、といった簡単な魔法は生活魔法と呼ばれ、ほとんど誰にでも使えるようなるものだ。しかし、教えてもらわなければ読み書きできないのと同じ。識字率と同じように使える者は少ないようだ。
「飲む?ただの水だけど」
「うん」
水の配給はマリーだけで終わるはずも無かった。コップが無かったから手で水を受けるしかないのだが、男性恐怖症もあるのでなるべく触らないように、触らないように、気を付けながら水を生成し注いでいく。
みんな赤い顔をしているのは暑いからかな。いや、魔法に興奮しているのか。
5人で2~3Lくらい入るように見える革袋一つ。
のどの渇きはみんな我慢していたらしく、けっこう飲んでいた。
エールのお金も節約していたらしい。