第九十六話 光の刀
和美を助けに行こうと駆け出す生徒もいた。
グラウンドの中心で同級生が四体の巨大な亀に襲われている。正気で状況を受け止められる者の方が少ないだろう。度重なる恐怖の中で、それでも正義感から反抗しようとする気概は、決して嘲笑されるものではない。
だが、彼らは見えない壁に弾き返され、次々と倒れ込んだ。
「え、何です? あの……壁みたいなのがあるんですか?」
一階の校舎窓から状況を見ていた矢附が花菜に尋ねる。ここからは安全圏らしく、パニックに巻き込まれる様子はない。校舎で幻覚や幻聴に追い詰められた生徒たちは、むしろ離れようと外へ散っていた。その中で矢附の視界に、見えない壁にぶつかって倒れる生徒が映る。
「そらそうやろ。資格あるもんしか試練は受けられへん。誰でも近づけるわけないし、資格のない者の助力も許されへん。高城さんには余計な邪魔の入らん、ええ処置やろ? 手助けどころか守るもん増えるとこやったしな」
花菜の説明を聞いて、矢附は自分も助けに行こうと考えていたことを胸の内で誤魔化した。ここでただ見守るのは気が進まないが、和美の奮闘を目を逸らして済ますこともできない。――もう、知らぬ間に救われていました、で済ませられるほど関わりは浅くなかった。
和美は偽玄武たちの尻尾攻撃を避けるのに精一杯だった。四方から飛び交う蛇の突進。飛びかかる前に必ず「キシャァー」と鳴くため反応は遅れないが、《遅れない》が限界だ。反撃に転じる隙はなかった。
齋藤が絡んでいるというこの偽玄武たちが、どういう存在なのかは不明。体力勝負に持ち込むにも見通しが立たない。
問題はリーチだった。蛇の尻尾と和美の拳では、圧倒的に尻尾に分がある。拳や蹴りを当てるには一歩踏み込む必要があり、その一瞬の隙を作るのが極めて困難だった。
和美はステップのように左右に身をさばきながら前後からの尻尾を避け続ける。前後の攻撃をぶつけ合うことを狙って軌道をずらしても、尻尾同士は決して交錯しない。
そこに妙な知性を感じた。――ただの巨大な化け物亀ではない。齋藤の影響が色濃く出ているのだろう。
「高城さんも、律儀によう頑張んなぁ」
「律儀に……って、何か別の方法があるんですか?」
花菜が誰にともなく零した言葉を、矢附が即座に拾った。拾いよったな、と花菜がニヤリと笑う。
「別の方法ってほどでもないんやけどな。高城さん、律儀に白鬼の力を使わんて決めとるみたいやろ? あれでどこまで行けるんか見ときたい気持ちもあるんやけど……まぁ、そんな時間かけとったら奈菜が困るしなぁ」
しゃあない――花菜は片手を口元に添え、騒乱の中で和美に届くように声を張り上げた。
「高城さーん! 白鬼の力、一部だけなら使うてええでぇ! 奈菜とやりあった時の光の刀ぐらいやったら見逃したるから、ちゃっちゃと済ましたりぃー!」
花菜の声が届き、和美は蛇の突撃を避けながら手に力を込めはじめた。
一部だけ使っていい――そう簡単に言われても、細かな制御が本当に可能か試したことはない。もし失敗して暴走すれば、また《無かったこと》にしてしまい、今度こそ祓いの対象にされるだろう。
それでも、刀を作り出すイメージだけは掴んでいた。全身に潜む力を少しずつ手の先に集める。
もちろん、偽玄武たちが易々と見過ごすはずもない。隙は作らせぬとばかりに尻尾の猛攻は続いた。だが和美は、避けた後に生まれるほんのわずかな間を集中の時間に変えていく。
やがて、光が不安定に明滅しながら刀の形を成し始めた。
徒手空拳では届かないリーチを補う長さが手に宿り、和美はその光の刀を強く握り締めた。実体はなくとも、確かに手応えがあった。




