第九十七話 刀の斬れ味
キシャァー、キシャァーという鳴き声に合わせて、和美は前へと踏み込んだ。
飛びかかってくる尻尾――蛇の頭を、前屈みになって潜り抜け、形成された光の刀で切り払う。
ズシャッという音と共に蛇の頭が飛び、尻尾は勢いを失って萎れるように項垂れた。切り口から血が飛び散ることはなく、蛇の頭は宙に粉々に散って溶けていく。
――まずは一つ。
そう手応えを感じた和美は、横払いに動かした刀を手首でひねり、刃先を下にして垂直に振り下ろす。
偽玄武の頭――亀の頭部を突き刺した。
キジャァ、と不気味な悲鳴を上げて悶えた後、偽玄武の一体が粉々に散っていった。
突然始まった和美の反撃に、見えない壁にぶつかり助けられないという絶望に沈んでいた生徒たちは、驚きと共に歓喜した。
偽玄武が一体粉々に砕け散るのを目にして、小さな歓声が上がる。その声に反応するように、グラウンドの中心へ近づこうともしなかった生徒たちの注目も徐々に向き始める。波紋のように――恐怖を越えて立ち上がる者の存在が伝わっていった。
「何や、ヒーローごっこになってもうて申し訳あらへんな。高城さんの《お手伝い》って、目立ちたいからやなかったやろ?」
花菜は肩を竦めながら言った。
周囲の注目を集めるのは仕方ないにせよ、“英雄”という縋る対象に祭り上げられるのは違う――そう思う。祓い師の仕事もまた、頼られるためではなく、ただ果たすためにある。
「確かにそういう気持ちは無かったでしょうけど、目立ってしまうのも頼られてしまうのも……もう慣れてしまったんじゃないですかね。和美は、そういうのを踏まえた上で“助ける”という行為に依存してきたんですから」
「依存ねぇ。その依存先は矢附さんらに移ったんやっけ? せっかく解き放たれたのに、また縋られるんやとしたら、それは――いや、今はやめとこ。他人の推測で決まる話やないし、本人に聞かなあかんことやし、何より、興味もないわ。ごめんごめん」
花菜は片手を顔の前に掲げ、軽くジェスチャーで謝る。その「興味がない」という言葉にわずかな違和感を覚えたが、矢附は何も言わなかった。
「それにしてもあの娘、剣道やってたとかちゃう? だいぶ独自な刀の振り方やけど」
「剣道とか空手とか、武道やる人って……ああいう化け物を相手にしても型を守るものなんですか? 私、格闘技とかはさっぱりで」
「いやぁ、場合に合わせて崩すことはあるやろうけど、それも“型”を基にした崩れ方やと思うねん。高城さんのは……踏まえてるようで踏まえてへん、変に実戦向きというか。まぁ、良く言うて臨機応変やな」
花菜がそう語る間にも、和美は二体目の偽玄武の蛇の胴体を斜めに切り払った。力の制御にまだ慣れきってはいないが、斬れ味は確かだ。
蛇の皮膚に滑ることも弾かれることもなく、光の刃は吸い込まれるように通る。
一体目と同じく尻尾を切り落とし、流れるような動作で亀の頭を突き刺す。瞬間、偽玄武の体は粉々に砕けて消えた。
左前と右後ろ――対角線上の二体を倒した今、残りは容易だった。
仲間を失っても、偽玄武たちは怒り狂うでもなく、ただキシャァーキシャァーと鳴きながら蛇を飛びかからせてくる。
警戒すべき相手が減ったことで、避けに割く神経が軽くなる。
和美の胸に、一つの欲が芽生えた。
――あの甲羅、斬れるだろうか。
刀の軌道は半円を描き、まず蛇の頭を切り落とす。
そのまま下弦を描いて振り抜いた刃は、偽玄武の甲羅を難なく両断した。
悲鳴を上げることもなく、四本の足を一瞬ばたつかせたのち、粉々に砕け散る。
――三体目。
「おーおー、力持つと強気になるから怖いわ。高城さぁん、力、暴走させんようになぁ。ネチネチうるさいかもしれんけど、こっちも役目あるからさぁ」
花菜の注意に、和美は反応する余裕もなく、ただ苦笑いを浮かべ、すぐさま次の一撃へと身を翻した。




