第九十四話 玄武への道
齋藤の説明が一段落すると、「ほないこか」と花菜が急かすように手招きし、和美と矢附はカウンセリングルームを後にした。花菜の先導で、三人はグラウンドの中央を目指して廊下を進んでいく。
「花菜さんは、四神の力の授かり方をどの程度把握してるんですか?」
「んー、大体わかっとるよ。そのミニチュア錫杖に力込めるの、今回が初めてってわけやないし」
巫女装束姿で歩く花菜の姿は、否応なく注目を集めた。校内の生徒や教員たちは、小早志真理亜の幻影や幻聴に怯え、混乱の余波がなお続いている。そこに白昼の廊下を巫女が歩けば、さらなる不安を煽るのも当然だった。だが当の花菜は周囲の視線など意に介さず、淡々と足を進めていく。
「それなら何故、齋藤さんに説明を任せたんです?」
「何? スクールカウンセラーか何か知らんけど、あのオッサンに気ぃ使って“さん付け”せんでもええんやで。アレは鬼やねんから、齋藤って呼び捨てしたったらええのに。何の敬意なん、それ?」
「……学生としての、気遣いですかね」
図星を突かれ、和美は戸惑った。確かに、もはや齋藤に敬意など抱いていない。ただ校内という場で教員を呼び捨てするのは世間体が悪いし、そう思われたくもない。それで「さん付け」を続けているだけだった。
「ふーん、学生身分も面倒やね。――あ、質問の答えやけど、アレは齋藤に自分の立場を背負わせたかったってのが大きいかな。ウチらがどこまで把握してて、協力せんと困るやろ? って思い知らせる意味合いや」
それなら説明させなくても伝えられるのでは――そう和美は思ったが、花菜は続けた。
「齋藤の口から“協力してる”って言わせたら、それだけで小早志さんへの牽制になるんよ。あーだこーだ言うより、わかりやすい敵対関係が成立するやろ? 元から小早志さんは齋藤を狙っとるけど、一方的な狩りやなくて、互いに狙い合っとるって教えてやったわけ」
花菜が無理やり狭間から引きずり出したことで、市中に溢れていた幻影は一度は消えた。だが、それは小早志の力が絶えたという意味ではない。乃木市のあちこちで緑を中心とした小鬼が新たに現れ、目に見えぬ幻影の残滓が空気に滲むように漂っていた。
「校内には小早志さんの幻影も小鬼の姿もありませんが……今はどういう状態なんです?」
和美が白鬼の力を使った時には、小早志の力の残滓に触れ、小鬼が校内へ溢れ出していた。だから今もまた逃走劇になるのではと身構えていた矢附は、あまりにあっさり廊下を進めることに拍子抜けしていた。
「今、この坂進高校は校舎ごとウチの光界で覆っとる。せやから小鬼は防げるし、小早志さんの干渉も届かん。まぁ、それもほんの束の間やけどな」
話しながら三人は校舎の中央に辿り着いた。カウンセリングルームから出ればすぐにグラウンドへ行けるのに、花菜がわざわざ遠回りをしたのには理由があるらしい。
「わざわざ回り道してきたんはな……鳥居の真ん中は神様の通り道やろ? 正中っていうんやけど、今回は逆で、その通り道を歩かんと四神の力は授かれへんのよ。この学校やったら――下駄箱から真っ直ぐグラウンドに続く道。それが正中になっとる。偶然か計算か知らんけど、そういう造りなんよ。安心しい、ひとつでも四神の力を授かれば、錫杖が次の正中を指し示してくれるから」
そう言って花菜は紳士のように和美へと手で道を譲った。
時間にして普段なら一時限目。グラウンドには体育を受ける生徒しかいないはずが、今は幻影の混乱で逃げ出した生徒たちで混雑していた。
「こんな中でやるんですか?」
「何を今更。他人の目なんか気にしてられんやろ? どうせ終わったら、全部何もなかったことになるんやから」
ほらほら、と花菜は親指でグラウンドの中央を差し、和美を急かした。




