第九十一話 ミニチュア錫杖
「な――」
和美と矢附、そして齋藤も思わず息を呑んだ。カウンセリングルームに現れていた小早志真理亜の幻影が、突如身震いしたかと思うと掻き消えたのだ。耳にこびりついていた小早志真理亜の声も、跡形なく消え失せる。
何が起きたのか――そう言葉にしかけた瞬間。
ガラガラ――ドンッ。
スライド式のドアが豪快に開き、巫女装束の女性が姿を現した。
「邪魔するでー」
和美は驚きに目を丸くした。
矢附は心当たりのある人物とは違う装束に首をかしげ、齋藤の微笑みはわずかに引きつった。
「この部屋には、招待した人物しか入れないはずだったんですが……無視できるとはね、西生花菜さん?」
「無視やないよ。こんな小細工しはるから、高城さん探すのに余計時間かかったわ」
鬼の結界が効かない体質? いや、そうではない。力でこじ開けて侵入してきたのだ。齋藤の笑みはさらに引きつる。
「私を、探してたんですか?」
「そうや。奈菜を手伝ってほしい思てな」
――奈菜の仕事に首を突っ込むな。以前突きつけられたのは忠告ではなく、警告だった。言うことを聞かなければ力づくで阻む。そんな意味合いのはずだった。
それが一転、手のひらを返したような提案。和美は呆気にとられる。
「白鬼の力が必要ってことですか?」
「あ? いやいや、勘違いせんといて。鬼の力を便利道具みたいに扱う気はない。アンタに頼みたいのは尻拭いや。こんな事態になったんは、アンタが余計なことしたせいでもあるやろ?」
「余計なこと?」
「さっき言うてた白鬼の力や。余計な巻き戻しに、余計な蘇り。それで生まれた僅かな希望が、かえって小早志真理亜を狂わせたんよ」
わかっとるやろ? と花菜は続ける。
「そこのオッサンは西生家の失態やなんや言うとるかもしれん。でも、不用意な巻き戻しが残滓を顕にして、それが覚醒につながったんは事実やろ? アンタが姉さんのことを受けとめて、何もかも助けようなんてアホなこと考えんかったら、こんなことにはならんかった」
突きつけられる言葉に、和美は返す言葉を失った。
「あの、それはちょっと――」
「いいの、舞彩」
庇おうとした矢附を、和美は制した。責任の押し付け合いに意味はない。
「それで、花菜さん。私がやる尻拭いって?」
「まぁまぁ、言い方がキツかったのは認めるわ。そんなケンケンせんでええ。高城さんがいつもやっとる《お手伝い》感覚でやってくれたらええんよ」
そう言って花菜は腰の巾着から掌サイズの錫杖を取り出した。
「何ですか、それ……ミニチュア?」
「よう出来とるやろ。ウチの神社のお土産として人気の品や。ご利益もある、れっきとしたもんやで」
ほら、と花菜はミニサイズの錫杖を放った。和美はしっかり受け取り、掌の上でまじまじと見つめる。
「神社に錫杖……? 錫杖って仏教の道具じゃなかったですか?」
先ほどは止められた矢附が、思わず口を挟む。
「おお、矢附さんは詳しいな?」
名前を呼ばれ、矢附は動揺した。把握されていたことに驚いたのだ。
「いえ、ちょっと聞いたことがある程度で……」
「そもそもウチらの家は神道でもなけりゃ、仏教でもない。世間体のために形だけ真似しとるだけで、どっちつかずの立ち位置なんよ」
巫女装束をひらりと揺らしながら、花菜は淡々と語った。




