表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
焼きそばパン大戦争  作者: 清泪(せいな)
第四章 くるみパン大人形

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/146

第六十四話 マイナスの話 プラスの話

 小早志は、まるで糸が切れたかのように立ち尽くし、奈菜に道を開けた。

 視線の先、不敵な笑みを浮かべる斎藤を、ただ呆然と見つめている。

 奈菜は小早志の異変に気づき、声をかけようかと一瞬迷ったが――また斎藤と問答になるのは面倒だと思い直し、黙ってその横を通り過ぎた。


 矢附も小早志を一瞥するが、何も言えず、小さく首を振って奈菜のあとに続いた。


 


「……高城さんが死ぬとか、鬼になるだなんて、聞いてませんよ、斎藤先生!」


 小早志の怒りを孕んだ声が、空気を震わせる。


「うんうん。そりゃあ、聞いてないはずだ。僕は説明を省いたからね。いや、正確に言えば“あえて”省いたと言っていい。君なら、薄々気づくんじゃないかと思ってたものでね」


 斎藤は肩をすくめ、気楽そうに言った。


 和美が死ねば、当然その力も失われる。

 では、彼女が世界を“元に戻した”という結果は、どうなる?

 命が尽きれば、それすらも消えるのだろうか?


 ――いや、そんなこと、奈菜はもうわかっているのだ。


 和美を止めに行くということは、つまり、世界を再び“作り変えさせよう”としているわけじゃない。

 修復の回収でも、再生でもなく、“停止”。

 無かったことを、無かったことのままで終わらせるためには、また力が要る。

 継続するにしても、やり直すにしても。

 すべては力が必要であり、力は生命を削る。

 死ねば、消える。


 ――正太の“存在”が、どこまでいっても本来のものとは程遠い“まやかし”だったのだと、小早志は今さら理解した。


 


「で、申し訳ついでに、もう少しだけ踏み込んで説明しようか。『鬼になる』っていう話――確かにそうなる可能性はある。でもね、『僕のように、ある程度まともな形で意識を保ったまま、都合よく人間のふりをしていられる鬼』になる確率なんて、極めて低いんだ。ほんの、一握り以下」


 斎藤はいつもの調子で語り始める。


「仮に、高城和美さんが異常なまでに希少な力を持っていたとしても、普通はね、呼び出した鬼に喰われて“同化”するか、もしくは“まるで別人のような、全く別の鬼”になってしまうのが関の山さ。その場合、彼女の“誰かを助けたい”という歪んだ願いだけが突出して残り、他のこと――世界を元に戻したとか、誰かを甦らせたとか、そういう意識は吹き飛んでしまう。つまり、力の維持も、当然期待できないだろうね」


 斎藤は大げさに息を吐くと、おどけたように肩をすくめてみせた。


「いやいや、残念だったねぇ」


 深刻な内容をわざと軽く語る。それが、彼なりの“カウンセリング的”なテクニックだというが、斎藤自身はその繊細な効能を正確に理解していない。ただ、習ったから使っているだけだ。


 


「……ぬか喜びさせて、楽しかったですか?」


 小早志が鋭い眼差しを向ける。


 正太が“生きている”と知らされたとき。

 状況が理解できずに困惑していた彼女に、先んじて状況を語ったのは斎藤だった。

 求めたわけでもないのに、与えられた“希望”。

 それが、結局は虚構に過ぎなかった。


「ぬかでも、喜べたなら良かったじゃないか。混乱だけして、彼の“存在”を見過ごしてしまった方が良かったかい? 彼の死を、彼の“殺し”を止められなかったと、ただ後悔するだけの君が――本当に欲しかったのは、そんな結末だったのかい?」


「私はっ……!」


 言い返そうとしたその声は、喉の奥で詰まり、言葉にならない。

 ただ、自分が――何の犠牲も、痛みもないままに、都合のいい奇跡だけを願っていたのだと、小早志は痛感していた。


 


「……斎藤先生」


 不意に、笠原が口を開く。

 それまで二人の会話を黙って聞いていたが、その表情にはわずかな迷いと、戸惑いが見えた。


「笠原さん、君は西生さんたちにはついていかないのかい?」


 斎藤が問いかける。


 笠原は一瞬、言葉に詰まった。

 正直言えば、いま自分が何をすべきか、何ができるのか、すらわかっていなかった。

 ただ一つ、どうしても気になることがあった。


「斎藤先生。私に、《お手伝い》を頼れって言ったのは……高城さんの力を目覚めさせるためだったんですか?」


「へぇ……意外と勘が鋭いじゃないか、笠原さん。ご明察。実に見事な読みだよ」


 斎藤はにやりと笑う。


「高城和美さんはね、“誰かを助けたい”っていう願いに、尋常じゃないほど固執していた。その願いを叶えれば叶えるほど、彼女の中で目覚めかけていた力も、着実に育っていったんだ。ほんの僅か。巫女も、小鬼たちも気づかない程度の、ごくごく小さな芽だけどね」


 西生の力の影響を受けずに記憶を保持し続け、小鬼も視認できる。

 和美には、確かに力の片鱗が見えていた。


 笠原がカウセリングを受けたのは、ただの愚痴をこぼすためだった。

 アルバイトの不満、将来への不安。そこで紹介されたのは、高城和美だった。


「……斎藤先生。じゃあ、先生は高城さんをどうするつもりなんですか?」


 自分のせいで、和美が苦しみ、死ぬかもしれない。

 そんな想像に、笠原の胸がわずかに締め付けられる。


「どうするもこうするも……彼女には“餌”になってくれても、“鬼”になってくれても、どっちでも助かるよ。彼女の力は極めて稀有で、彼女がただそれを使ってくれるだけでも、僕たちにとっては貴重な“知識”になるからね。僕たち鬼はさ、個別の存在でありながら、全体でもある。得た知識はすべて共有され、集合体の力になる。つまりはね、彼女の力をどう使うかは、将来的に僕たちが“人間に取って代わる”ための大きな一歩ってわけさ」


 斎藤は両手を大きく広げた。

 ふくよかな身体が、さらに大きく見える。


「宿願、なんていうほど立派なものじゃないけどね……“未来の素材”としては、実に有望だよ。高城和美さんは」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ