第六十三話 なんでダメなんですか?
矢附と笠原、それに小早志が学校の屋上についた頃には既に奈菜と斎藤の会話は済んでいた。奈菜が斎藤の横を睨みながら通り、ドアの前に立つ矢附達に一瞥する。
「すみません、退いてくれませんか?」
本来のイメージ通りの西生奈菜の態度に矢附は困惑する。この丁寧な応対が正しい他クラスの彼女なのだが、しかし、先程の斎藤を睨む様子の方がしっくり来るのも確かだ。
「西生さん、何処へ行くの?」
「高城さんの家です」
矢附はなんとなくはぐらかされるのではないかと疑っていたが、奈菜はすんなりと目的地を教えてくれる。
答えて奈菜は、再び斎藤へと視線を向ける。ここで答えをはぐらかしたところで、矢附達が斎藤へ問えば遠慮なく答えてしまうだろう。和美が鬼と化してしまっているならば、ついてこられるのは面倒だが、どうやらここまでたどり着いた時点で話は後手のようだ。
「ついて、来る気ですよね?」
奈菜は矢附と笠原の二人を見る。二人とも悩みながらも頷く。名前を呼ばれた高城さんという存在について、記憶がぼんやりとしたままだが、会わないといけない気がしていた。
矢附と笠原、その後ろに立つ小早志。
奈菜が視線をそちらに向けると、睨み付けるように視線を返してきた。
「行かせませんよ、先輩」
矢附と笠原にとっては意外な言葉、奈菜にとってはそう来るだろうと構えていた言葉。
「どうする気です、小早志さん?」
「力、使えないんですよね、西生先輩。だったら、一個上の同じ高校生。力ずくで止めるだけの話!」
小早志は下へと降りる階段の入り口で両手を広げ、通せんぼに徹する。奈菜よりは背が高いとはいえ、女子高生一人手を広げただけのその姿にどれ程の効力があるのか。しかし、小早志は大真面目に奈菜を止める気でいた。
「小早志さん、何で?」
「ちょっと、何してるのよ、小早志さん」
つい先程出逢ったばかりの下級生のその態度に、矢附と笠原は困惑するのみだった。何の理由があって奈菜を邪魔しようというのかわからないが、高城と呼ばれた人物の家に行く必要があることだけはわかったので、それを妨害されるのは二人に取っても邪魔でしかない。
「お二人はきっと忘れた記憶が元に戻る、胸焼けのような気持ちの悪い違和感から解消される。そう考えてるんでしょうし、それは間違いじゃありません。ですが、私にとって西生先輩が高城先輩に手を下すというのは、再び正太君を消されるということ。殺されるということなんです!」
「あの子は根から鬼と化してしまったんです。祓わなければもっと多くの人を殺してしまっていた。街で通り魔を繰り返すだけじゃない、あのマンションでの一時であっても彼は人を簡単に殺めてしまった。もう元には戻れないところまで行っていた」
小早志の嘆きに、何度目かの奈菜の説得。顔を合わせる度に恨み節のように言われ、その度に誠意を持って事情を説明する。こちらだって祓いたくて祓ったわけじゃない、殺したくて殺したくてわけじゃない。そんなことしたいはずがない。
「だけど、今は全てが無かったことになった! 高城さんの力で。そうですよね、斎藤先生!?」
「ああ、そうだね。彼女のお姉さんも死んでないことになってるし、君の大事なお隣さんも何の過ちも犯していない健全な小学生のままだ」
小早志に問われ、斎藤はいつも生徒達に見せる人懐っこい笑顔を作り答える。
「ほら、何でそれがダメなんですか? 正太君が殺してしまった人達も生きてるんでしょう? 生き返って何事もなかったように暮らしてるんでしょう? 先輩達が正太君を祓ったからってそこまで元通りになりました?」
奈菜は苦い顔をして首を横に振る。
笠沼正太は確かに緑鬼を呼び出すほど殺人への興味を抱いていたが、実際に通り魔として人を殺したのは鬼の力とは別の方法でだった。単なる暴力、単なる鋭利なナイフ。和美を追いかけ回した時に使った結界のようなものは使わず、いや使える段階にまで至ってなく、単なる通り魔として殺して回っていた。
故に、鬼の力外故に、都合よく元通りには戻れなかった。
「貴女達の管理範疇に無い元戻りは気に食わないからダメなんですか? そんな家の誇りか何かで死んだ人間をまた殺すんですか? 西生先輩、私はまた正太君を死なせたくは無いんです。あの子は、仲の良い普通の隣人で、それでいいんです!」
激昂する小早志に気圧され、口ごもる奈菜。皆が死なずに、皆がハッピーであればそれでいい。奈菜だって本当はそう思ってる。誰がどんな力で仕組んだ元通りだろうが、オールOKならば何の問題も無い。だけど──。
「そんな力、都合よく全てを変えてしまう巨大な力が、いつまでもたった一人で制御できるわけがない。高城さんは──和美はすぐにでもその生命力を使いきって死んでしまうか、力に飲まれ鬼と化して人々を喰らう存在になってしまうでしょう。私はそれを止めたい、和美を救いたいんだ! 小早志さん、そこを退いてっ!!」
大いなる力には大いなる代償が生じる。等価交換の原理。何だって都合の良いことだけが起き続けるわけがない。生命力の損失、奈菜はそれを身を持って知っていた。鬼の力を使いし一族、西生家である以上覚悟を要される話だ。過去に母親が奈菜と花菜を連れて逃げ出そうとした、その理由でもある。
誰かを救うのには、代償を支払う必要がある。
何度と説かれた、嫌な真実だった。




