赤い怒り 第百と二十話 緑の興味
同時刻、乃木市中央にある小山にて。
自身の身長の何倍という高さに跳躍した西生奈菜の飛び蹴りは、自我を持たずただ暴れるだけの赤鬼の巨体をぶっ倒した。神社までの舗装された道から外れた木々の中、豪快に倒れるその巨体は周りの木々を巻き込んでいき、折れた木々が足下に無数に現れていた小鬼たちを下敷きにしていった。
何体目の鬼を倒したのか、数えるのは止めることにした。キリのない戦闘に嫌気が増すだけだと言う部分もあるし、倒したのか再び起き上がっただけか判断に悩むということもある。奈菜が祓い師としての功績として語るには、曖昧過ぎて誇れるものでは無かった。
つまるところ、鬼を数体小鬼を数百体相手取るこれだけの連戦激戦──いや本家分家が大勢顔を出している大決戦を乗り切ってやっと功績として1なのである。大いなる1であり、乗り切れなければ0どころかマイナスである。だから倒した鬼の数など数えるのは無駄であった。
「ユルサナイユルサナイユルサナイ──」
小山の地面にめり込むほどの衝撃で倒れた赤鬼は、それでも意識を飛ばすようなことは無く小早志真里亞の言葉を真似して繰り返す。虚しいまでの傀儡だ。しかしそれが、一体だけならまだしも数体いる鬼、数百体いる小鬼が繰り返すとなると吐き気を催す呪言だ。共に戦い続けている分家の者の中には、この呪言に頭を狂わされ発狂してしまった者も出てきた。
「ええぃ、うるさい言うてるやろ!」
仰向けに倒れる赤鬼の顔面に、飛び蹴りの姿勢から宙返りした奈菜が踵で踏みつける。苛立ちをぶつけたところで、無数にスピーカーがある状況、一つ止めた程度で音が鳴り止む話ではなかった。狙うべきは小物や邪魔者では無く、頭である小早志真里亞一択。最初からわかっていて、この数時間とかかってる戦闘中成し遂げられていない目標。
鬼の気配が多すぎて、緑の残滓が小山に──乃木市に拡散しすぎていて小早志真里亞の居場所が把握出来ていないままだった。
決戦の場所として小早志真里亞のことを小山へと引っ張り出したのは、姉の花菜の策であった。別空間とか呼ばれる場所に隠れていたのを強引に引きずり出せるのは、花菜ほどの祓い師にしか出来ない術であり、またその引きずり出した小早志真里亞を小山にて閉じ込められているのも花菜が先導して結界を張っているからである。
奈菜を含めたこの場にいる祓い師には花菜との明確な力量の差があり、その力量の差は小早志真里亞を見つけきれていないという不甲斐無さに直結している。木を隠すなら森の中、ということわざ通りに拡散した気配の中に身を隠されてしまったのだ。
「ユルサナイユルサナイユルサナイ──」
奈菜が踵落としで顔面を踏み抜いたはずの赤鬼は、呪言を止めることはしなかった。
「まだ言うか、しつこいな!!」
鬼に対して単なる物理攻撃、殴る蹴るが効果的では無いことは奈菜も重々承知の上であった。踵落としも単なる蹴りの一種ではなく、脚に祓いの光を纏わせたものであった。それによるダメージが薄くなってる、効かなくなってるというのは長引く戦闘による奈菜の疲れによるものか──
「ユルサナイ、ゆるせへん、許せへん! 許せんよな、緑のっ!! この赤をっ、この赤を駒扱いにするというのは、許せん話しよなぁっ!!!」
自我を持てず力を充分発揮することを制限されていた傀儡の目覚め、怒りによる赤の覚醒。
「しまっ──」
覚醒した赤鬼、腕を振り回し奈菜の身体を薙ぎ払う。防御も受け身も出来ぬまま、奈菜の身体は軽々と宙へと飛ばされ、木々へとぶつかり、へし折り、次から次へとバキボキと骨か木なのか判別つかない折れる音を響かせ、彼方へと吹っ飛ばされた。
「くっ、西生の次代がやられたかっ!?」
分家の一人が異変を察し、赤鬼の前にと構えた。白の装束に麻の法衣、顎や鉤と同じ分家の者であり、決戦の場となる小山に選出されただけはある実力者。分家とはいえ奈菜と同等かそれ以上の祓い師としての力は持ち合わせていた。故に、自我に目覚めた赤鬼なれど単独で退治出来ぬわけではない、と構えた。
「邪魔するなや、雑魚がっっ!!! この赤の怒りは今、緑のたわけだけに向けられとるんやっっっっ!!!!」
大気を揺らすほどの赤鬼の怒声、分家の者の身を震わせる。しかし意志と決意は固く、右手で刻むは木の葉の揺れ。天より堕ちる、祓いの光。
「ふるべ、ゆらゆらと、ふる──」
「だから、邪魔や言うとんねん!!」
仰向けに倒れていたはずの赤鬼。起き上がる前にとけしかけた祓いの光。目に捉えることもままならぬコマを削ぎ落としたような一瞬。赤鬼はその巨体をいつの間にか起き上がらせて、分家の者が構えた祓いの光諸共殴り飛ばした。
地面を抉る踏み込みに下から突き上げるその拳の様は、まさにアッパーカットであった。
生える木々の高さを超えて宙へと殴り飛ばされる祓い師を見て、小早志真里亞の分体は微笑んでいた。
「面白い。赤の鬼、私と殺し合う気? ねぇ、そうなったらどうなるんだろう、私たち。鬼同士殺しあってさ、それで勝ち残ったらどうなっちゃうんだろう?」
答えは返ってこない。鬼として共有の知識があれど、その答えは、返ってはこなかった。




