第97話 アンバースライム
アンバースライム、A級モンスターに指定されるゲル状モンスター。暗い空間を好み、洞窟や地下などの奥深くに生息している。昼夜問わず地上に現れる事がない為、そもそも人の目に触れる事自体が珍しい。但し、自らのテリトリーを侵される事を非常に嫌っており、たとえその相手が格上の実力者であったとしても、容赦なく襲い掛かる凶暴性を有している。また、スライムの体は自在に硬度を変える事が可能であり、時にゴムの如く衝撃を吸収し、時に金属となって斬撃を弾き返す。もちろん、この特性は攻撃においても有効で、伸ばした触手を金属の鞭に変えたりなど、豊富な攻撃手段を持ち合わせる。
―――ヒュッ!
アンバースライムが先頭を走っていた美味に対し、無数の金属鞭を叩きつける。その過程で接触した洞窟の壁は大きく抉り取られ、その威力が如何に凄まじいかを物語っていた。
「おっと!」
しかし、肝心の美味には掠りもしない。前進しながらもギリギリを見極め、あらゆる方向から迫る鞭を完璧に躱していた。
―――ダァン!
「ほっと!」
しびれを切らしたアンバースライムは、更に自身の体を一部を弾丸の形に硬化させ、それを体外へと放出。言うなれば即席の銃撃を攻撃に加える――― が、やはり当たらず。美味はその攻撃を目にした上で、余裕を持って回避していた。
これまでの美味であれば、鞭攻撃をいくつか貰い、銃撃も半々ほどの確率で受けていただろう。『理武』状態であれば話は別だったかもしれないが、今の美味は何の技も使っていない素の状態だ。
(わあ、よっく見える~。まるで鞭と踊ってるみたい! バッリィアーモ!)
単純な戦闘力の強さで言えば、アンバースライムはヘカトンスコルピウスに匹敵している。だと言うのに、美味がこのような鼻歌交じりの前進を可能としているのは、やはり進化による影響が強いのだろう。以前とは比べ物にならないほどにステータスが上昇したのはもちろんの事、各固有スキルが発揮する能力の強さも、これまた以前とは比べ物になっていない。要するに、以前とはレベルが違うのだ。
「鬼流!」
すれ違い様に相手を両断する、高速の一撃。一切の狂いもなくアンバースライムのコアを両断――― した分のダメージを与え、この瞬間にアンバースライムは絶命する。もちろん、魔剣イワカムの力が働いている為、コアは全くの無傷だ。
「お姉ちゃん、大勝利~♪ ねえねえ、見てくれてました? 例のコアもこの通りです!」
「私達の出番が……」
「皆無、でしたわ……」
「グッドです、美味ねえ。お二人も意気込みは凄かったですよ。それに、安心してください。おかわりはまだ一杯あります」
「「へっ?」」
イータとデリシャが辺りを見回す。すると、ああ、何と言う事だろうか。周りにある全ての通路から、新たなアンバースライムが大量に出現しているではないか。これは大変に危機的な状況である。
「……おっしゃ! 私様の期待に応えるとは、なかなか骨のある奴らですの!」
「スライムに骨はないと思うが?」
「そういう意味じゃねぇでしてよ!」
「ククッ、分かってるさ。どうやら、私も興奮を抑えられそうにない。これが全て高級食材、そう考えるだけでもご飯が何杯もいけそうだ。大自然よ、本当にありがとう!」
……アンバースライムは格上の相手であろうと、恐れを知らずに戦いを挑む。そして、そんなスライム達の目の前に立ち塞がるは、進化を経て更なる食欲の権化へと至った者達だ。今日、彼らは全滅へと追い込まれてしまうかもしれない。これを危機的な状況と言わずして、何を危機的と表現しようか。
「保全の為にも半分ほどは自然に帰す! 皆さん、くれぐれもこの事を忘れないでくださいね? これ、黒鵜の五戒との約束です」
「「「了解(ですの)!」」」
かくして、蹂躙は始まった。
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―――十数分後。
「デリシャ殿の『食前剛力』は凄まじかったな! まさか純粋なパワーのみで、スライムの軟体に打ち勝ってしまうとは! シンプルな能力であるが故にシンプルに強いとは、正にこの事だ! 私には絶対に真似できそうにない!」
「そう言うイータさんだって、洞窟という欠片も大自然要素のない環境を利用して、岩の矢やら闇の矢やらをドカンドカンとぶっ放し、スライムの体を爆散させていたではありませんか! 私様、ああいう派手な演出はド好みでしてよ! それでいてコアも全て無事でしたし! あの狂った精密さは、私様は真似できそうにねぇでしてよ!」
戦闘を終えたイータとデリシャは、大変に上機嫌な様子であった。自分達が活躍しただけでなく、アンバースライムのコアを大量にゲットできた事が、余程嬉しかったのだろう。戦闘を終えてからもう十分以上は経過していると言うのに、未だにお互いの功績を称え合っている。
「あはは、まだやってる~。よっぽど爽快だったんだね!」
「ですね。お陰で私の出番が全くなかったくらいでした。まあ危なげない戦闘に終わり、ホッとはしています。ただ、イータさんが倒した分のスライムについては、イワカムで止めを刺した訳ではないので、多少味が落ちる事になると思いますが」
無表情のまま、すんとそんな事を口にする甘露。心なしか、少しだけ機嫌が悪そうだ。
「あっ…… 甘露ちゃん、ちょっと怒ってる?」
「怒ってませんよ」
これは確実に怒っている流れである。
「いや、その、すっかりその事を忘れていたと言うか…… カンロ、すまんッ!」
「……いえ、私も事前に注意喚起していませんでしたし、流石に仕方なかったですね。エスタさんの新装備は流石の出来でしたが、贅沢を言えばイワカムの弓版が欲しいところかもです」
「それか、止めを刺す時は私かデリシャさん! って感じで、注意して戦わないとだね。特に美味しそうな相手の時は!」
「うむ、今後は気を付けよう」
「忘れないよう、この経験を心にぶち込んでおきますわ!」
食事を第一にする一同だからこそ、その過程で起きた失敗は真摯に反省。恐らく、もう彼女らが同じ間違いを起こす事はないだろう。多分、恐らく、パハップス。
「ですが、あのスライム愚連隊もなかなかの根性でしたわね! どんなに痛めつけても向かって来やがりますから、勝つ事よりも自然に帰す方が大変でしたわ!」
「最後は甘露ちゃんが薄~く眷属化して、やっとこさ帰ってもらいましたからね。食材として自らを提供する、あの立派な姿勢――― あっぱれです!」
「自ら提供って割には、発してる殺意も凄かったですけどね。まあ、一時間もしたら眷属化も解けて、元の生活に戻ってくれる事でしょう。それよりも、今はこの食材を入手できた事を、素直に喜びたいです」
そう言って甘露は、狩猟したスライム達から抜き取った、あの琥珀色のコアを取り出す。ゴムのような膜で覆われたそれの中には、何やら液体が詰まっているようだ。
「沢山手に入ったけど、結局それって何なの? 水風船? お姉ちゃん、未だにクエスチョンマークが爆誕中です」
「うむ、実は私も気になっていたんだ」
「私様もッ!」
キラキラと瞳を輝かせながら、三人は甘露の言葉を待った。
「そうですね…… 今はスープの一種、とだけ言っておきましょう。詳細は食事の時にと言う事で」
「「「ええーッ!?」」」
謎のスープ(?)を手に入れた美味達は、いよいよ本丸のムーンキャロットを目指す。