第81話 ヘカトンアヒージョ
甘露が調理をしている間、美味達はオアシスにてせっせとテントの設営を行っていた。尤もテント本体はサーカスなので、やる事と言えば、携帯用のテーブルや椅子を並べる事くらいである。
「ぶったまげましたわ! このテント、ミミックですの!?」
「フフッ、実はそうなのだ。テントの内側は敏感肌だからな、丁重に扱ってやってくれ」
「はえー、このような不思議生物が存在するのですね…… それで、味の方はどうなのです? 非常食なのですよね?」
「ニャニャッ!?」
ジリジリと迫り寄るデリシャに恐怖するサーカス。相当に腹が減っているせいなのか、生のまま食べてしまいそうな気迫であった。
「デリシャさん、サーカスは私達の大事な仲間なんですから、そんな言い方をしたら駄目ですよ~。そして残念ながら、サーカスに食べられる部位はありません! 甘露ちゃんがそう断言したので、これは絶対です!」
「ああ、絶対なんだ! 残念だったな! 私も残念だ!」
「そ、そうなのですか…… 残念ですわ~……」
「………」
やたらと残念を連呼され、サーカスから何とも言えない気持ちが伝わって来る。しかしながら残念な事に、その気持ちが伝わるような人物は、この場には居なかった。セシルでも居てくれれば、サーカスはその感情を共有できていたかもしれないのだが…… 本当に残念である。
「皆さん、そろそろ出来上がりますよ。運ぶのを手伝ってください」
「おおっ、待ってました! お姉ちゃん、率先して運んじゃうよ~!」
「早くも良い香りがここまで…… デリシャ殿、沢山食べる覚悟はできているか?」
「あたぼーですわ! 働いた分はキッチリ食べる! それがビスケット家の家訓なのですから!」
甘露の呼び声に全力疾走で応え、料理を我先にと運ぶ美味達。こうして今夜の食卓は、スピーディーにセッティングされていくのであった。
テーブルに並べられた料理は種類豊富で具沢山、あまりに多過ぎてテーブルからはみ出し、一旦保管ポーチの中にしまう必要があるほどである。
「おおっ、ご馳走がたっくさん! やっぱり四人ともなると、料理で周りが圧迫されちゃうね。もっと大きなテーブル、王都のお店で注文した方が良いかな?」
「今使っている携帯テーブルも、店売りの中では一番大きなものなのですが…… これはオーダーメイドで頼む必要があるかもです」
「カンロさんもミミさんも、何を悠長に構えていやがるのです! 今はテーブルの事なんかよりも、出来立ての料理を頂きましょう! 出来立ての料理は、何よりも優先されるべき事柄なのです!」
「うむうむ!」
欲望に塗れたデリシャの言葉に、イータが力強く何度も頷く。
「それもそうですね! お姉ちゃんもすっかりお腹がまいっちんぐ! さあ、一緒にいただきますを―――」
「―――ああ、待ってください。いただきますをする前に、本日のメインを出しますので」
「はえ?」
そう言って甘露はテーブルの中央にスペースを作り、次いで巨大なスキレット運んで来た。
「か、甘露ちゃん、これがメイ~ンディッシュ……!?」
「と言いますか、やはりと言いますか、まだ姿を見ていなかったので、密かに期待していたと言いますか……!」
「そ、率直に聞こう! これがヘカトンスコルピウスを使った料理なのか!?」
「ええ、その通りです。二つのイワカムで二倍美味しく仕上げられた、至高の食材ヘカトンスコルピウス――― それを懇切丁寧にアヒージョとして調理しました。名付けて、『ヘカトンアヒージョ』です!」
「「「ヘ、ヘカトンアヒージョ!」」」
スキレットの中に広がっていたのは、黄金色のオリーブ海。そしてその海には、真っ赤な殻を纏った、ぷりっぷりのヘカトンスコルピウスが詰め込まれているではないか。アヒージョとはオリーブオイルで食材を煮込んだ料理、今回はそのヘカトンバージョンという訳だ。元があの巨体であった為、具のサイズ感が凄まじくバグってはいるが、その点さえ気にしなければ、それは最早でかいエビそのものであった。
「こ、こいつぁ堪んないよぉ。辛抱堪らんよぉ……!」
「ゴクリ! た、確かに……! だが、むむっ? 何やら殻の色合いが変わっていないか? 確かヘカトンスコルピウスの殻は、真っ黒であった筈だが?」
「ですわですわ! 真っ赤っか、ですの! それにです、あれだけ強固であった殻を丸ごとぶち込んで、料理として大丈夫なんですの? 私様、舌に続いて歯まであいたたなんて、したくありませんわよ?」
「大丈夫ですよ。殻はカリッカリの状態ですし、歯もあいたたしません。私の『鑑定眼(食)』で食材の調理法を確認したところ、ある一定温度で一定時間焙る事で、殻が黒から赤へと変色し、食べやすく、更には香ばしくなる事が分かったんです。温度と時間の僅かな誤差でご破算となる、大変に難解な調理法でしたが…… 食欲の果てに技術を磨いた私は、これをやり遂げたのです」
グッと拳を固め、小さくガッツポーズを取る甘露。表情は硬いが、そこには甘露なりの笑顔があった。
「か、甘露ちゃーん!」
「カンロ、頑張ったんだな! うん、うん!」
「シェフ、シェフをお呼びになってぇー--!」
そんな彼女に対し、美味達は一斉に抱き着き始めた。勝者を称える、或いは感謝を示す抱擁である。この間、全員腹の音が鳴っていたりもするが、その点さえ気にしなければ、それは何とも美しい光景であった。
「あ、ちょっと、息苦しいですって……! それに、シェフって何なんですか…… 目の前に居ますし、そもそも食後に使う言葉では?」
「こまけぇこたぁ良いのです! 私様は逸早く感謝の言葉を伝えたいのです! つまるところ、ありがとう……! 貴女が真の英雄でしてよ……!」
「だってぇぇぇ! 甘露ちゃんが私達の為に、そんなに苦労して調理していたのかと思うと…… お姉ちゃん、嬉しくって嬉しくってぇぇぇ!」
「カンロを育んでくれたこの大自然に、改めて感謝を捧げねば……!」
思い思いの言葉を述べる三人。抱き着いた両腕を緩める様子は一切なく、抱擁は尚も続いている。
「だからって、抱き着く必要はないでしょうに…… これは私が食べたいから、頑張った結果でもあるんです。それに、その後の調理は簡単なものでしたから、まあ労力はトントンというところですよ」
「む、そうなのか? 見たところ、煮込み料理の一種である事だけは分かるが……」
「ええ、ガーリックオイルにちぎった火炎唐辛子と魔海の塩を加え、ふつふつとなるまで煮込んで、そこに先ほどの処理を施したヘカトンスコルピウス、あとは森マッシュなどを投げ込んだだけですからね。仕上げに刻んだ森パセリを降り掛ければ――― はい、これでヘカトンアヒージョの完成です。こちらに軽く焼いたバゲットもありますので、浸して食べるなども試してみたください」
「「「………」」」
香ばしい匂いを漂わせる大量のバゲットパンが、ヘカトンアヒージョの隣に並ぶ。そしてその組み合わせは、誰がどう考えても美味しいにしか繋がらないもので―――
「「「―――いただきますッ!」」」
「あ、はい、どうぞ」
直後に甘露を解放した美味達は、無意識のうちに手を合わせ、そんな言葉を発していた。




