第74話 オンリーワン
(結局、そのまま一泊してしまった……!)
初めて温泉、その翌日。ギルドの酒場にて、セシルは頭を抱えていた。時刻は朝、皆と共に朝食をとっているところである。ちなみに周りの冒険者達の空気は、例の如く悉く死んでいた。
「セシルさん、どこか体調でも悪いのですか?」
「むっ、それはいかん! エボン、急いで我が里秘伝で秘密な秘薬を!」
「ハッ、こちらに用意しております」
「い、いえいえ、そういう訳ではないんです! この通り、滅茶苦茶に元気です! ……えっと、本当であれば宿泊のお世話にまでなるつもりはなかったと言いますか、本当に何から何までお世話なって申し訳ないと言いますか……」
人差し指同士をツンツンさせながら、本当に申し訳なさそうな顔をするセシル。
「何だ、そんな事を心配されていたんですか? そんなの、全部モウマンタイ! 修学旅行みたいで楽しかったですし!」
「盛大なお泊り会、というやつですね。これでも私、結構楽しんでいましたよ?」
「だな! 私もセシルと親交を深める事ができて、とても良かった! エボンもそうだろう?」
「もちろんです。セシル様のお陰で、イータ様の笑顔がいつにも増して輝いていました。セシル様、ありがとうございます。心から、本当に、ありがとうございますッ……!」
「そそ、それは良かった、のかな……?」
ヒシッ! と、セシルの手を両手で握るエボン。あまりの熱意に、セシルは軽く引いていた。
「あっ、そう言えば昨日から少し気になっていたのですが」
山盛りのサラダを頬張りながら、甘露が別の話を振る。
「食事を共にしたというA級冒険者って、どんな方だったんでしょうか?」
「A級冒険者って、昨日のセシルさんの話にあった? そう言えば、あまり詳しくは聞いていなかったね」
「です。少し気になりまして」
甘露の質問を受けて、イータ、エボン、セシルの三名が顎に手を当て、考えるような仕草を取る。
「そうだな、一言で言うと…… 豪快なお嬢様、といったところだろうか? 性格も口調も変わってはいたが、実力も相当だと思ったぞ」
「ですね。どこかの国の没落貴族と自称されていましたが、そう名乗るだけの気品が感じられました」
「名前は確か…… デリシャ・ビスケットさん、だよね? 青髪がとっても綺麗だったのを覚えてるよ。胸もミミさんくらいあって――― ゲフンゲフン! ううん、何でもないの。全然ない!」
「「「「?」」」」
セシルは昨日の温泉の事を、まだ引きずっているようだ。
「しかし、デリシャさんですか…… やはり聞いた事のない名前ですね。大分遠くからいらっしゃったんでしょうか?」
「む、王都ギルドの所属ではないのか? このギルドにはA級冒険者が三人所属していると、以前ブルジョン殿が言っていたような気がしたが」
「ミミ様とカンロ様で二人、デリシャ様を入れて三人という計算ですね」
「ああ、いえ、それは絶対にないです。王都ギルドのA級冒険者、その最後の一人は―――」
甘露がその者の名を口にしようとした、次の瞬間。ギルドの扉が勢いよく開けられ、それと同時に何者かがゴロゴロと転がり込んで来た。
「―――やあ、皆! この僕、カールさんのご帰還だ! どうか盛大に出迎えてくれ!」
大胆な侵入を果たしたその男は、カールと言う名前であるらしい。シンと静まり返った酒場の空気もお構いなしといった様子で、声高に挨拶をかましている。ただ、あまりに突然の出来事であった為、冒険者達は動揺するばかりで、誰も声を上げる事ができなかった。
「……凄いタイミングですね。あの人がそのA級冒険者、カールさんです」
「カールさん?」
「カール殿?」
「カール様?」
甘露に紹介されたその男は、この世界では珍しいカウボーイハットを被り、その他も装備も世界観を間違えたんじゃないかと言わんばかりのものであった。言ってしまえば、全身がウエスタンスタイルなのである。
「おっと、僕を呼ぶ声を確かに発見! 見目麗しいガール達の下へと直行で行かせてもらおう! ……って、何だ。誰かと思えば超新鋭のミミちゃんとカンロちゃんじゃないか。あれ、パーティ増えたの?」
「はい、お陰様で」
ゴロゴロと地面を派手に転がり、美味達のテーブル席へと近付いて来たカール。しかし、そこに居るのが美味達だと理解すると、元から知り合いであったのか、普通に会話をし始めた。
このカールという男は、美味と甘露が冒険者として活動を始めるまで、王都ギルドでエースとして活躍していた、所謂凄腕の冒険者なのだ。また、クロウシスターズを恐れる王都冒険者達の中で、唯一まともに美味達と会話ができる冒険者でもある。そういった意味でも、他の冒険者達からは一目置かれている。
(おお、カールがクロウシスターズの所へ自ら行ったぞ!)
(なんて命知らずな男なんだ、カール!)
(性格は正直面倒臭いけど、やる時はやると思っていたわ、カール!)
(最悪、俺が骨を拾ってやるぞ!)
(いや、俺が拾ってやる!)
(いやいや、俺が俺が!)
―――信頼のされ方が独特であるが、信頼は信頼なのだ。
ちなみに、S級のエスタは殆どギルドに顔を出さない為、周囲から謎多き存在として認知されており、ギルドのエースとしてはあまり認識されていない。どちらかと言えば、ギルドの黒幕的な存在として思われているようだ。
「ああ、そうだ。改めて紹介しますね。こちらが王都ギルドの最後のA級冒険者、自称『一匹狼』の二つ名を持つカールさんです」
「おいおい、カンロちゃん。最後のA級冒険者って何の事だい? このギルドにA級冒険者は僕しか居ないだろう? むしろ、僕が最初のA級冒険者さ!」
「あ、すみません。つい先日、私と美味ねえもA級冒険者に昇格したものでして」
「えっ、そうなの?」
「はーい、頑張って昇格しました~♪ ちなみにですが、こちらのイータさんもA級冒険者に昇格済みです!」
「うむ、何だかんだでA級冒険者になったイータだ。同じA級冒険者として、よろしく頼むぞ」
「へえ、何だかんだで…… って、僕が依頼をクリアしている間に、A級冒険者がすんごい増えてる!?」
何かにショックを受けたのか、カールはゴロゴロとギルドの入口付近まで、転がりながら戻って行った。それにしても、よく転がる。
「カール殿!? 一体どうしたんだ!?」
「だって…… だってぇ! 少し前までA級冒険者は僕だけだったのに、今や四人!? こ、これじゃあ、『一匹狼』の名が廃っちゃうよ! 普通の狼になっちゃったよッ! うわぁぁーーーん!」
「……は?」
カールはある程度転がり続けた後、悔しそうに床に拳を叩きつけていた。顔を歪ませ、大粒の涙まで流している。
「そ、二つ名を悔しがっていたのか……?」
「と言いますか、そもそも二つ名の使い方が間違っていませんか?」
「カールさんは独特の空気を持つ方なので、深く考えず、こちらから適度に合わせてあげてください。まあ、悪い人ではありませんので」
「そうなのか…… 何と言うか、変わった御仁なのだな?」
「以前、ブルジョンさんから聞いた事があるのですが、何でも高位の冒険者は、世界的にそういった傾向があるんだとか」
「そういった傾向って、どういう意味?」
「端的に言ってしまえば、変わり者が多いって事です」
「か、変わり者……」
「まあ、あながち間違いじゃないのかもしれませんね。ブルジョンさんとエスタさんも、独特ではありますし」
「つまるところ、オンリーワンって事だよね! いっつもゴロゴロしているカールさんも、例に漏れずにオンリーワン!」
「なるほど、確かにそうだな!」
「イータ様の仰る通り、個性的な方かと」
「………」
それは皆もそうなんじゃ…… と、心の中でこっそり思うセシルであった。




